JINKI 255-17 夜明けへ


 乗機である《シュナイガートルーパー》の大破。
 そして、命を長く設計されていない己への諦めはとっくに付いていた。
 砂浜にて、仮面越しに世界を見据える。
 ざざん、と波音が間近で生じていた。
 この世界はどこまでも醜悪で、そして自分はどこまで行っても――脆く、弱々しい。
 超越者が生み出した命でしかない自分の生死は、最早、投げられた駒でしかない。
 衆愚の感情。
 醜態を晒すばかりの、量産型の命脈。
 生きていたいなど、そう感じることでさえ「設計」の外だ。
 だから、自分はここで死ぬのだろうと、そう醒めた意識で感じていたのだが、不意に影が差す。
「発見しました。やはり、そのようですね。《シュナイガートルーパー》に乗っていたのは、女型の“Jの刻印”。なるほど、ドクターオーバーは既に量産に乗り出していたと言うわけですか」
「それは吉報と呼ぶべきなのかな? いずれにせよ、確保できたのは、彼女だけかい?」
「ええ、この個体だけのようで。他は乗機と共に海底に沈んだか、首都圏で迎撃されたようですね」
 二つの影が何やら言葉を交わしている。
 自分には何のことなのだかさっぱり分からない。
 被らされた仮面の視界は劣悪で、今は漆黒の面を被っているように映る男と、そしてもう一人。
 白い服飾に身を纏った、余裕のある笑みを浮かべた青年の姿がぼやけている。
 彼は手を差し出していた。
「生きたいかい? それとも、ここで死ぬほうがいいのなら、君には死を与えよう。何一つ人並みに与えられなかった、“Jの刻印”。グリムの尖兵よ」
 分からない。
 多くのことを考えるようには「設計」されていないのだ。
 だから、ここで思い浮かべたのは、ただ一つ。
「いき……たい……」
 枯れ果てた喉を震わせたのは自分でも想定外の感情であった。
 人機に乗って相手を捕殺することしか思考の上に成り立っていなかった自分の、はじめての感情と呼べる代物。
「そうか。君の名前は……女型のJでは呼びづらいが……」
「J……J……」
 何度も相手の言葉をおうむ返しにする。
 言葉を知らない赤子のように。
 その返答に、彼は満足げに頷いていた。
「なるほどね。――J・J、それが君の名前なら、うん、ちょうどいいのかもしれない。D・D、彼女を回収する」
「正気ですか。露呈すれば米国を追われますよ。――ビットウェイ様」
「なに、これは直感だね。彼女を擁していれば、そのうち舞い込んでくるはずさ。運命と言う奴が」
「……では、この個体を我々の直属に。それにしても……運命とは酷な道を強いる……」
 どこか、憐憫の情を抱いたかのように呟く仮面の男はこちらを覗き込んで、自分に被せられていた仮面を外す。
「……驚いた。見た目も同じとは」
 何のことを言われているのかはほとんど不明のまま。
 砂浜へと陽の光が差し込んでくる。
 自分にとって新しい朝が来たことだけは、確かな鼓動として伝わっていた。

「――聞いたよ。明日には日本を離れちまうんだな」
 勝世はダイクンへと呼びかける。
 彼と自分は同じく包帯まみれで、傷だらけの顔を晒していた。
「……酷い顔なんだな」
「お互い様だろうよ。ほれ」
 投げたのは缶コーヒーで、ダイクンは何度もプルタブを起こそうとしては失敗していた。
「開けられないんだな……! よし、変身して……」
「アホ。そんなことで変身してたら、缶が潰れちまうよ。貸せ、ったく。……ぶきっちょな女性をエスコートするんならまだしも、何だってオレがこんな短足デブを」
「た、短足デブって言うな! だな!」
「分かったよ。ほれ、開いた」
 缶コーヒーを飲みながら、《ビッグナナツー》の艦内で勝世は身を屈めさせていた。
「……いいのか、だな。他のアンヘルメンバーと一緒に行動しなくって……」
「何を気にしてんだか知らねぇが、オレは元々諜報員でな。前に出るほうがどうかしてんだよ」
「……お、お前は何で、オラに突っかかって来るんだな……」
「悪いかよ。つーか、オレが悲しいのはアキラさんとしばらく会えないことであって、てめぇじゃねぇ。そこんところ間違えんな」
 結局、ダイクンと出撃して《空神トウジャCX》にて活躍したはいいものの、慣れない前線装備で怪我をしたのだから笑えない。
 その後にアキラから直接治療を受けたようなのだが、生憎と意識がなかったのが悔やまれる。
「……オラは……怖がられることには慣れていたんだな」
「そうか。まぁ、変身するとあの両兵だって手を焼くほどの怪力だ。そりゃビビられるだろうぜ」
「……でも、お前は何で……オラを怖がらないんだな」
「……何でだろうな。アキラさんの好感度が下がるから……じゃねぇか?」
「何で疑問系なんだな。自分で言っているんだから、少しは自信を持つんだな」
「いや、オレも正直……よく分からんままなんだよ。お前に構ったって、別にアキラさんからよく見られるわけでもねぇし」
「不思議な奴なんだな……」
 コーヒーをぐびぐびと飲むダイクンを横目に、勝世は不意に思い出が横切ったのを感じていた。
「……あー……これは聞かないでいい話なんだがよ。南米で、オレの相棒が居たんだ。そいつと軍の基地で、毎日のように操主訓練の日々ってのがあってな。オレもそいつも、随分と参っちまう時期があった。だが、こうして……お互いに訓練明けのコーヒーブレイクだけを楽しみにしていた……そんなことを今……何でもねぇんだが思い出しちまったよ」
「そいつは随分と酔狂だったんだな」
「まぁな。今にして思えば、年上だからとか言ってオレが救いたかったんじゃねぇ。二人で、違う景色を見たかったんだろうな。そのために、毎日毎日、本当にしんどい訓練を乗り越えてきた。……お前は、よ。未熟だった頃のあいつに、ちょっと似ていたのかもな」
「そいつは……今はどうしてるんだな」
「今は立派に操主さ。やりてぇことを自分で見つけた……一端の男の顔だったのを、覚えてる」
 そうだ――こうして広世のことを思い出すのは、後にも先にも三年前――諜報員に転属する直前であったか。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です