「……み、みんな……」
「よぉーし! じゃあ青葉を着せ替えだー!」
「えっ。そういう流れだっけ……」
こちらの確認の暇もなく、エルニィたちによって次から次へと服飾を試されていく。
「セクシーなのにする? それともキュート?」
「やっぱしさ、ちょっと肌を見せたほうがよくないか? 普段着でほとんど肌が見えてないし……ギャップってのかなぁ……」
「青葉ちゃん、せっかく綺麗な黒髪してるんだから。それをメインにしよう!」
自分の意思はまるで無視して様々な服が試されては、またしても試行錯誤に陥る。
「ちょっと高いのも試しとく? せっかくだしさ」
「おっ、いいな、それ。高級品が大人のためだけの嗜みだとは限らないしな!」
「うんうん! それならこっちもどう? 大人っぽくって」
ドレスのような服を纏って、ひらひらする意匠に青葉は困惑している間にも次が試されていく。
「……うぅーん、お姫様ってのはちょっと違うかも……」
「もっと活発にしてみるか? あっ、それかいっつも流してるから、ポニーテールとかにするとか?」
「シールちゃん、その案いいかも! 長いんだしツインテールも試せそう!」
手を叩いた月子によって髪型も変えられ、青葉は目が回るように忙しく服に着られていく。
「うぅ……っ、頭がくらくらする……。慣れてない髪型だから……」
「やっぱし青葉は黒髪ロングじゃないか?」
「意外と他を試してみるとこれが正解かもねー」
「じゃあ黒髪ロングをメインにして、今度は水着も見てみない?」
今度は水着に消え替えられていく。
ビキニタイプから、ワンピースタイプやあるいは紐のような水着まで、あらゆるものを着込んでいるうちに、三人がさらに話し込む。
「……やっぱりさ、普段着とのギャップだって。高級で、なおかつ質素に見えないのがいいと思うな」
「そうなってくると、青葉の普段着とは正反対の色がいいはずだよな。青と白だから、黒か?」
「黒は大人っぽく見えるし、ピッタリかも!」
全員がそれぞれの推しの服を携え、試着室の青葉へとじりじりと肉薄する。
青葉は後ずさりつつ、嫌な汗が伝うのを感じていた。
「あ、あの……皆さん?」
「問答無用! ボクのを着るよね? 青葉!」
「いんや、オレのだな。青葉」
「私の選んだのも着てくれるよね? 青葉ちゃん!」
全員へと返答することもできず、青葉は試着室から逃れようとしたところで三人に押さえつけられていた。
「――いやー、買った買った!」
めいめいに買い付けた買い物袋を手に、夕方の街を歩き回る。
青葉は三人に選んでもらった服を携えてどこかふらついていた。
「つ、疲れた……。ブティックってこんなに疲れるものなの?」
ぜいぜいと息を切らしている自分をエルニィは笑う。
「青葉は大げさだなぁ。何だかんだで気に入ったのは買ったんでしょ?」
「……そりゃ買ったけれどでも……こんなのいつ着るんだろう……」
疑問符を浮かべた青葉に月子が振り返って言いやる。
「何言ってるの、青葉ちゃん。小河原君の前で着るんじゃないの?」
思わぬ言葉に青葉は面食らう。
「両兵の前で? い、嫌だ嫌だ! 絶対嫌ですってば!」
「何で? ボクは両兵の前で着ちゃうもんねー」
「え、エルニィってばズルい……じゃなかった! 私、そんなつもりで買ったんじゃ……」
「でも、服ってのは見てもらうために買うものだから。それに、青葉ちゃんは小河原君に見てもらうの、そんなに嫌?」
「……し、正直言うとその……恥ずかしくって……」
もじもじとする青葉にシールがケッと毒づく。
「色気づいちまって。でもまー、女なら男に見てもらうために一回や二回は着飾るものなのかもな」
「シールちゃんもグレンさんに見てもらうんだよね」
「あっ、バカ、月子! 余計なこと言うんじゃねぇよ! ……その腹黒さ、カナイマのデブに言ってやる……」
「あっ、シールちゃん、それだけは……!」
お互いに言葉を交わしつつ、月子とシールは楽しそうに帰路につく。その背中を眺めながら、青葉はぼんやりと考えていた。
「……好きな人ができたら、あんな風に笑えるものなのかなぁ……」
「えっ、青葉ってば、両兵のこと、好きなんじゃないの?」
想定外のエルニィの直球な質問に青葉は赤面していた。
「そ……そんなこと……ないと思うけれど……」
「そーなんだ。でもボクは両兵のこと好きかなぁ」
てらいのない好意に青葉は自分でも覚えず反論してしまう。
「……わ、私のほうが付き合いは長いもん……」
「サッカーの練習にも付き合ってくれるし、馬鹿で粗暴だけれど優しいからねー。ボクはそういう両兵のところは好きかなー」
「……あっ、好きってそういう……」
「えっ? 青葉はそういうところが好きなんじゃないの?」
改めて自分の愚鈍さに顔を覆う。紅潮する頬を感じつつ、青葉は問い返していた。
「……エルニィは、さ。好きな人ってできると思う?」
「んー? まぁ、ボクはじーちゃんは好きだったかなぁ。それにサッカーチームのみんなも! もちろん、今ここで人機と向かい合っているアンヘルのみんなのこともね! ボクは月子もシールも、それに青葉も大好きだよ!」
「……そっか。そういうものなのかもね」
呟いたところでシールが肩を組んでくる。
月子もご機嫌な様子で足並みを合わせてきた。
「何話してんだ、青葉。……両兵に見せんだろ」
「青葉ちゃん、頑張って!」
二人分の応援を受け、青葉は満天の笑顔で頷いていた。
「うん! ……何か今日はちょっとだけ、大人の階段を上ったのかな……」
「なぁーに、言ってんだ、青葉。これからだろ?」
「そうそう! これから青葉ちゃんは何度だって、いい経験を積むんだから! きっとそのうち、一人で買い物もできるようになるし……。あ、でもその時にもまた、私たちのことを誘ってくれると嬉しいかな」
月子の提言に青葉は買い物袋に目線を落とし、一つ呼吸をつく。
「……こうやって、女の子になっていくんだなぁ……。日本じゃ、考えられなかったかも……」
日本に居た頃は自ら心を閉ざし、交友の幅も狭めていた。
だが南米に来て、人機と出会えて、そして変われた。
心の底からいい出会いであると思える友人たちに巡り会えた。
きっと、これもモリビトの紡いでくれた邂逅の一つに違いなかった。
「……私、ここに来てよかった。人機に出会えて、多分……とてもよかったんだと思う」
その嬉しさだけは、今は心の奥底から噛み締めて――。
「おーい! 青葉。モリビトの操縦点検に行くぞ。なぁーに、手間取ってんだ。五分遅刻!」
扉を叩いた両兵は中から青葉の「もうちょっと待って!」という声を聞いていた。
「……何を待つ必要があるってんだ、ったくよ」
「……あの、……いいよ、開けて」
「おう。昨日ペダル重かったろ? その辺の操縦をダイレクトに反映するように、立花に言っておい――」
そこで両兵は言葉を切る。
部屋の中心で黒い衣服を身に纏った青葉と、両兵は対面していた。
「ど、どうかな……? 自分では気に入ったんだけれど……」
照明を照り受けて輝く高級感溢れる生地と、長いスカート。舞踊を踏むかのような雅なブーツ。どれもこれも、今から人機に乗るとは思えない輝きと女性としての自信に満ちていて、両兵は言葉を継ぎかねる。
「あーっ……っと、何つーのか、それ……。あれだ、あれ」
「あれって……?」
自分の中で必死に言葉を探そうとして、両兵は苛立たしげに後頭部を掻いたところで、はっと閃く。
「そうだ、酢こんぶだ。酢こんぶみてぇで……その……」
「す……酢こんぶ?」
自分の中の乏しい表現ではその程度しか出てこない。だが、似合っていると言葉を継ごうとして、青葉は涙ぐんでいた。
「あっ、おい!」
「し、知らない! もう……! 両兵の馬鹿……」
「な――っ! バカとは何だバカとは! アホバカに言われたかねぇよ!」
「普通酢こんぶなんて思いつく? ……やっぱり、ブティックは嫌い。もう行かないんだからー!」
青葉はそのまま駆け出して行ってしまう。その背中を追いかけて両兵は背後に三人分の殺気を感じ取っていた。
「小河原君……酢こんぶは、どうかな……」
「両兵、青葉を泣かせやがったな……!」
「あーあ。あれ、ボクもお気に入りだったのになー」
「あっ! てめぇらだな! 青葉に余計なことを吹き込みやがって!」
「余計はどっちだ! 歯ぁ、食いしばれ!」
シールの拳が顎に向かって飛ぶ。両兵はタコ殴りにされながらも、青葉へと手を伸ばしていた。
「……一応、似合ってるって言うつもりだったのに……」
がっくりと肩を落とす。
――この日から、青葉はブティックに寄りつくことはしなくなったと言う。