JINKI 91 アンヘルとお菓子のオマケ

「そっ。アンヘルの資金源にしたいから、そうやって売り出すことにしたんだ。ちっこい人機消しゴムとしてね」

「へぇ……何か、よく見ると結構細部まで作り込まれているんですね。あっ、銃を持ってる……」

 手の中で転がしているとエルニィは次の箱へと取りかかっていた。既にテーブルの上にはラムネ菓子が散乱している。

「もうっ、立花さん。駄目じゃないですか。お菓子はきっちり食べないと」

「えーっ、だってラムネ菓子なんてそんなに食べたら飽きちゃう……。赤緒が食べなよ。勿体ないんでしょ?」

 その言葉に赤緒はラムネ菓子を口に放り込んでパッケージを見やる。

「……全二十種類……すごいですね。何だかんだで揃えるのに時間がかかりそう……」

「まぁね。その辺りは南もねじ込みにかなり苦労したって聞くし、それに金型もオリジナルの物を使ったらしいから割とガッツリと噛んでいるみたい。……あー、何だ。《バーゴイル》じゃん」

 机に置かれた開封済みの人機消しゴムを赤緒は目にして仰天する。

「……キョムの人機も、あるんですね……」

「そりゃ、アンヘルだけで二十種類は無理でしょ。まぁ、一応資金源としちゃこっちの物だから、気分の問題だね、それは」

「……何か複雑ですね……」

「別にいいじゃん。コレクションとしちゃ、難易度の高いほうが燃えるし。にしたって、《バーゴイル》とナナツー出過ぎ。ハズレばっかじゃん。ボクのブロッケン、まだ出てこないんだよねー」

 並べられた十個以上の人機消しゴムを赤緒は順繰りに見やっていく。

 人機消しゴムと一緒に同封されているのは、一枚のカードであった。

 表にはマスで仕切られた緑地帯や、都市部、荒野が描かれており、裏にはその人機の能力がパラメーター方式で書かれている。

「……必殺技まで書いてある……」

 なかなかに手が込んでいることに赤緒は感心しながら、エルニィへと視線を移していた。

「どうやって遊ぶんですか? これ」

「表がフィールドで、たくさん集めれば集めるほどに広げられるわけ。裏がその人機のステータスね。で、基本は表面のフィールドを繋げて遊ぶんだけれど、人機ごとに固有の移動スピードがあって、自分のターンに移動できるマスは限られている。その移動範囲内でサイコロを振って移動、それから射程内の相手に攻撃って感じかな。自分のターンは三機まで人機を動かせるっていうルールみたい」

「へぇ……本格的なんですね。お菓子のオモチャなのに……」

「あれ? 赤緒ってば、ちょっと馬鹿にしてる?」

「し、してませんよぉ……。ただ、馴染みがないだけで……」

「おかしいなぁ。日本人ってこういうの好きでしょ? オマケのほうが本命の……何て言うんだっけ?」

「食玩……ですか」

「そうそれ。食玩って日本だけじゃない? 他の国にもある? ボクの故郷にはなかったなぁ、こういうの。ラムネ菓子を形式上は付けておいて、一応はお菓子ですよーって断っておきながら、中身はオマケがほとんど占めているって言うの。何か、南はこれを通すのに公正取引委員会と一悶着あったって言うし、案外闇が深いのかもね」

 食玩はスーパーで見かけたことはあっても買う身分になったことはない。

 いざその現物を目にすると、細かいこだわりが垣間見えてくる。

「あのぉー、立花さん? 私も開けていいですか?」

「いいけれど……何なら開けた人機で対戦する?」

 赤緒は早速、食玩に手を付けていた。箱を開けると、出て来たのは真っ赤なトウジャである。

「あっ、これ……《トウジャCX》ですか?」

「おっ、引き運いいじゃん。そいつ、飛べないけれど陸地を進む速度は速いんだよね。斥候とかにピッタリ」

 赤緒がラムネ菓子を口に含むとエルニィは怪訝そうにする。

「……赤緒。一個開けるごとに食べてたら、お腹持たないよ? どうせラムネ菓子なんていくらでも賞味期限が持つんだからさ。後でいいじゃん」

「駄目ですっ! そういう姿勢だと、お菓子が可愛そうじゃないですか」

「お堅いなぁ、もう……。こういうものなんだって割り切らないと。おっ、今度は《ナナツーウェイ》の長距離砲撃仕様か。何だかハズレばっかりだなぁ……」

「えっと……私のは……。あっ、これ、モリビトじゃないですか?」

 取り出した青い消しゴムにエルニィが身を乗り出して、仰天する。

「あっ! 赤緒ズルい! モリビト出てるじゃん。こっちは《バーゴイル》とナナツーばっかなのに……。トウジャとモリビト出されたら、勝てっこないよ」

 ガラにもなくはしゃいでしまう。こういう射幸心を煽る商品はあえて避けてきたがいざ当たると嬉しいものだ。

「食玩の魅力、分かってきたかもしれません」

「くっそー、いいなぁ、もう。まぁ、こういうところで引き運使うタイプなのかもね。……おっ、ようやく出て来たか。ボクのブロッケン」

 エルニィも黄色の《ブロッケントウジャ》を引き当て、それをテーブルの上に並べている。

「でもこういうの、ちょっと問題あるんじゃ? だってキョム陣営の人機もあるって……」

「しょーがないよ。商品としちゃ、アンヘルだけだと弱いからね。敵陣営も揃えなくっちゃ、意味もないし」

「……これに不服とかでキョムが襲ってくるとか……」

 こちらの不安にエルニィは快活に笑って言い返す。

「ないない! そんなことしてくるんだったらどれだけ器量が狭いんだか! あっ、また《バーゴイル》。……しかも《バーゴイルシザー》じゃん」

 濃紺の《バーゴイルシザー》を並べてから、エルニィはお茶を飲み干してこちらと向かい合う。

「じゃあまぁ、一戦、行っとく?」

 赤緒は自陣を俯瞰する。

 何よりも《モリビト2号》が居るのだ。負ける気はしなかった。

「いいですよ。じゃあちょっとだけ遊びましょうか」

「お茶が入りましたよー、ってあれ? どうしたんですか? 赤緒さん……。突っ伏しちゃって……」

 さつきが居間に入って来るなり、自分を認めて驚愕する。赤緒は涙目で応じていた。

「うぅ……何でだか勝てない……」

「赤緒、モリビトに頼り過ぎだよ。リバウンドフォールがあるって言っても、他の人機の動きが弱過ぎ。……もしかしてこれ、いい感じにシミュレーションになってるんじゃないの?」

 カードの上に並べられた陣営は総崩れになっており、赤緒の側の人機は全滅であった。

「……おかしい。だってモリビトですよ? なのに……そっちはナナツーと《バーゴイル》ばっかりじゃないですかぁ……」

「見た目に誤魔化されちゃいけないね、赤緒。こっちのナナツーは近接から長距離までこなすし、それにボクのブロッケンを切り込み役にしてるんだから、そりゃ勝つってば。赤緒の陣営はバランスが悪いんだよ。モリビトで相手の攻撃を待っての反撃をしたいのは分かるけれど、他の人機の動かし方がなってないし、近接ばっかにこだわって結局モリビトが孤立してるじゃん。陣営を組み立てる時には、バランスを考えないと」

「……これ、ゲームの話ですよね? 何だか普段の行いを言われているような……」

「あの……お二人とも何を?」

 窺うさつきにエルニィが声を投げる。

「さつきもやってみる? 人機消しゴムでゲーム」

「……私、そういうの弱いですし……」

「遠慮しないでってば。まだ五十箱くらいあるし、全然大丈夫だよ」

 エルニィが段ボールにみっしりと詰められた在庫を差し出す。

 さつきは、じゃあと何個か手に取っていた。

「これって……食玩、ですよね? ……私、こういうの買っちゃ駄目って言われていたんで、何だか新鮮……」

「そりゃ何で?」

「えっ……だってこういうのって、家にあってもすぐにブームが過ぎちゃうから、無駄な買い物だって怒られちゃいますし……」

「なるほどね。さつきらしいや。こういうクジとか、やらないタイプでしょ?」

「だって、中身何が入っているのか分からないじゃないですか。……あっ、この緑色の人機って、もしかして……?」

「おっ、さつきも引き運いいじゃん。《ナナツーライト》だよ、それ」

「私の人機も……オモチャになっていたんだ……」

「さつきちゃん……。どうしたって立花さんの陣営に敵わないから……」

「赤緒は勝負運がね、うん、悪い。引きに全運勢を使ったの? って言う。何ならさつきが赤緒の陣営を引き継いでボクと戦ってみる?」

 その提案にさつきは当惑する。

「えっ、でも……赤緒さんのゲームなんじゃ?」

「いいんだってば。赤緒は一回負けてもう懲り懲りって感じだし。さつきが次の勝負に就いてみてよ」

「さつきちゃん……後は頼んでいい?」

「あ、はい……。じゃあその、ルールだけは教えてもらって」

「ゆっくりレクチャーすれば? ボクのブロッケンをメインにした陣形に敵うのならね!」

「……さつき、夕飯は? ……何やってるの。自称天才と、それにさつきも」

 ルイが居間に入ってくるなり、真剣な面持ちで対峙するさつきとエルニィへと疑問を振っていた。

 赤緒はさつきの後ろで説明する。

「今ちょっと一戦中なので……」

「……呆れた。オモチャじゃない、これ」

「オモチャでも……真剣になるもんなんだよ……。これだ! 《ナナツーウェイ》の長距離砲撃で《ナナツーライト》を攻撃!」

「えっと……命中率の判定はサイコロで、っと……。あっ、1が出ましたね。この場合は……えーっと……。命中判定は無効で、《ナナツーライト》のリバウンドの反撃が入ります。で……立花さんの陣営は全滅……ですね」

 その勝負にエルニィがムキーと声を上げて悔しがる。

「ボクのブロッケンがー! ……って言うか、さつきの《ナナツーライト》強過ぎ! バランスおかしいんじゃないの?」

「おっ、おかしくないですよ……。立花さんがファンブルばっかり出すから……」

「反撃性能が強過ぎるんだよ。攻撃して判定ミスったら、全部跳ね返して来るとか……」

「……何やってるの、さつきも。夕飯の支度は?」

「あっ、ルイさん。ちょっと夢中になっちゃって……今、支度しますね」

 立ち上がりかけたさつきの手をエルニィがむんずと掴む。

「……勝ち逃げは許さないよ」

「えーっ……でも夕飯ですし……」

「こうなったら、アンヘル総出でトーナメントしようよ! 食玩人機の王者を決めるんだ!」

 言うが早いか、エルニィはホワイトボードにトーナメント表を書き出す。それを目にして赤緒は諌めていた。

「立花さん……そこまで意地にならなくっても……」

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