「いーやっ! これは意地だね! ……ボクも開発に少しは手を貸した商品なのに、負けるのはおかしいじゃん! こりゃ最強を決めないと納得が行かないよ!」
どうやら本当に優勝を決めるまで納得するつもりがないらしい。赤緒は嘆息をつきつつ、ルイへと目線を振っていた。
「ルイさんも、何か言ってくださいよ……」
ルイは並べられた人機消しゴムを手の中で転がしつつ、ふぅん、と言いやる。
「こんな馬鹿みたいなの、日本じゃ売ってるのね。でも、私の人機がないじゃない」
「あっ、そうですね。まだ《ナナツーマイルド》は引いてなくって……」
「……何だか、納得いかない。ここから引いていいのよね?」
ルイが箱詰めの在庫を手に取り、早速開け始める。
「箱を開けたってことはエントリーね! ……後は……そうだ! メルJも!」
庭先へと呼びに行ったエルニィの背中を眺めつつ、赤緒は自陣の頼りない編成へと視線を移す。
「……私、最弱かも……」
「あの、私はちょっと運がよかっただけなので……。そこまで意地になるほどじゃ……」
「でも、ああ言ったら立花さん、絶対に譲らないだろうしなぁ……。食玩で勝負なんてしていたら……晩御飯が遅れちゃう……」
それだけが懸念であったが、エルニィは射撃訓練をしていたメルJを無理やり連れ込む。
「……何だ、何かと思えば遊びじゃないか」
「遊びでも、本気なんだからね。とにかくメルJも引きなよ。まだシュナイガーは出てないし」
その言葉にメルJがムッとする。
「……私のシュナイガーが出てないのか? ……不公平だな」
「えーっ……そこに噛み付いちゃうんだ……」
メルJも箱を開いて自分の陣営を固めていく。エルニィがトーナメント表をばんと叩いていた。
「よぉーし! アンヘル最強を決める戦いの幕開けだよ!」
「あれ、赤緒さん。だいぶ盛り上がっているみたいですけれど、いいんですか?」
台所に入ったところで五郎に尋ねられ、赤緒は嘆息をつく。
「……一回戦で負けちゃいましたから。いいんですっ。私は食玩にはうつつをぬかしませんからっ」
強がったところで負けたことには違いない。
エルニィの言う通り、自分の陣営は固まっていたものの戦略の読みが浅いせいで、当たったルイに完封負けを許してしまった。
その後の戦いを見送るのも癪で、自分だけ台所に向かったところである。
「……赤緒さん、別に遊んでいてもいいんですよ? たまには休息もないと」
「いえ、お手伝いさせてください。それに……ああいうのってやっぱりよくないと思うんですっ。人間の射幸心を煽って、それで商売するって言うのは」
「そういう商売ですから、仕方ないんじゃないですか?」
「……確かにその通りですけれど……。まぁ私はどっちにせよ負けちゃたので……負け犬の遠吠えですけれど……」
その時、さつきも台所へと入ってくる。どうやら彼女も負けたらしい。
「あっ、お夕飯ですか? お手伝いさせてください」
「……さつきさんも、負けちゃったんですか?」
痛いところを突かれたのか、さつきはしゅんとする。
「……ええ、まぁ。ルイさんとヴァネットさんが強くって。多分どっちかが優勝でしょうね……」
とは言え、夕飯の支度に早々に入れたのは大きい。
赤緒は吸い物の仕込みをしつつ、言いやっていた。
「……そもそも、よくないんじゃないですか? ラムネ菓子を放っておいて、オモチャで勝負なんて。食玩のよくないところですよ」
「あっ、でも私はちょっと……楽しかったかもしれません。ああいうのって男の子が夢中になるものだと思っていたので……」
確かに、男子が買い込むものを自分たちが漁るとは思いも寄らない。そういう点では得難い経験であったのかもしれない。
「……五郎さんは、ああいうのってよく遊んだんですか?」
「ええ、それなりに。まぁ、赤緒さんたちの意見も分かるんですけれど、男の子ってどうしても夢中になっちゃうんですよ。お菓子がもったいないのは同意なんですけれどね」
「……そういうものなんですかねぇ……」
やはりどこかで分からないものなのだな、と思いつつ、食事の準備に入っているところで不意に居間から奇声が劈いていた。
慌てて赤緒は駆け出して確認する。
「どうしました? 今、すごい声が……」
「いやー……思ったよりも何て言うか……ボクのブロッケンがぁ……」
しくしくと涙を流すエルニィがメルJの前でテーブルに突っ伏している。どうやら勝敗が決したらしい。
メルJはふんと鼻を鳴らしていた。
「私のシュナイガーに勝てるとは思わんことだな。やはり空を制する者は勝負を制する」
「くっ、悔しいーっ! ボクのブロッケンに飛行スキルさえあれば、勝てたのにーっ!」
バタンバタンと身をよじらせるエルニィにメルJが赤いペンを用いて決勝戦へと線を引いていた。
残るはルイとの一騎討ちらしい。
既にルイは泣きじゃくるエルニィを他所にテーブルで準備を始めていた。
「……言っておくが負ける気はない」
「それはこっちの台詞。私はもう、二十箱開けたのよ。それに比べて、あんたはまだ十箱がいいところ。……諦めて降参するなら今のうちだけれど」
「数の多いのが、戦略の決定的な差になるとは思わないことだ。……引いたと言ってもほとんどナナツーで固めた貴様の布陣と、私のシュナイガーをメインに据えた飛行人機で固めた《バーゴイル》さえも込みの布陣。最早、勝敗は見るも明らかだとは思うがな」
「そう? じゃあ……試してみる? お山の大将が吼えているってよく分かるから」
「……言ってくれる。立花、勝負の音頭を取れ」
しかし、エルニィは敗北のショックから立ち直れていないのか、自分の引いた駒たちを集めて部屋の隅っこに追いやられている。
赤緒が仕方なしに勝負の行司を務めていた。
「えっと……では、決勝戦。ヴァネットさん対ルイさんを開始します……で、いいんですっけ?」
「フィールドをオープンする! ……どうやら都市部のフィールドを多く引き当てていたようだな」
メルJとルイのバトルは自分やエルニィが行っていたのとは少し違う。
山札のカードから何枚かを引いてから裏返しにした陣形を表にし、それをフィールドとして扱うと言う新しいルールを採用しているらしい。
そのせいでバトルの際まで優位が分からない仕組みだ。
赤緒はそっとエルニィに耳打ちしていた。
「……いつからあんな勝負に?」
「普通のルールじゃつまんないからって……赤緒たちが負けた後から……。いいもん、ボクはブロッケンが居るから……」
「い、いじけないでくださいよぉ、もう……」
慰めようとする間にもメルJとルイの攻防が激しく移り変わる。
「……何? ナナツー砲撃タイプを多く採用することで《バーゴイル》の布陣を崩すか……。だが私のシュナイガーには命中判定で届かない!」
その証のようにメルJはサイコロを振って何回も大きい目を出し続ける。しかしルイは気圧された様子もなく、ナナツー砲撃タイプの命中判定を下していた。
こちらも大きな目を出して命中率を確定化させ、メルJの陣形を少しずつ削っていく。
一進一退の勝負の中で、メルJが先に仕掛けていた。
「メインをもらい受ける! シュナイガーで接敵! 銀翼のアンシーリーコートで敵を討つ!」
「ヴァネットさんのシュナイガーが、ルイさんの《ナナツーマイルド》を取りに……?」
攻撃力では確かシュナイガーのほうが上である。この勝負が決まったかに思われた瞬間、ルイはすかさず《ナナツーマイルド》のスキルを展開させる。
「スキル解放。《ナナツーマイルド》は《ナナツーライト》の支援を受けて攻撃を無効化できる」
「何だと……。だが二度目はどうだ! アルベリッヒレインで追撃!」
「援護砲撃のナナツーのスキルを同時発動。この攻撃は《ナナツーウェイ》によって身代わりされる。残念ね、メルJ。あんたの必殺技はもう、私の《ナナツーマイルド》には通用しない。それに……次手で決める」
「……コストの低いナナツーで固めていたのはそれが狙いか……!」
「メッサーシュレイヴを発動。近接に持ち込んだ相手に対し、出目が五以上なら大ダメージを与える。私はまだこのターン、ダイスを振っていないのよ。さて、どれほどのダメージが出るかしらね」
最早、ルイの勝利は揺るぎない。そう思われた、その時であった。
「おーい、柊。腹ぁ、減っちまった。今日の夕飯……って何やってんだ、ヴァネットに黄坂のガキも。うん? こんな時期にスゴロクか?」
覗き込んできた両兵にルイが硬直する。両兵は今に勝負が決まる瞬間であったことを理解していないのか、ルイの駒を手に取っていた。
「おっ、よくできてんなぁ、ナナツーじゃねぇか。へぇ、黄坂がまた新しい商売でも始めたのか? 相変わらず商魂たくましいこって」
「そ、そうなんだよ! 両兵! 両兵もやってみる? このゲーム!」
エルニィが両兵へともたれかかる。その挙動に浮ついたのは何も赤緒だけではない。
「な――っ! ズルいぞ、立花!」
「……ホント、自称天才はこれだから、節操がない」
「ンだよ、これそんなにハマるもんなのか? おっ、食玩か。懐かしいな。オレもガキん頃はよくババァの居座っている駄菓子屋で買ったもんだ」
「そうそう! 今回はこれ、みんなで遊んでいたんだ。ね? みんな」
ウインクしたエルニィにメルJとルイは完全にご破算にされたのだと感じて、駒を片付け始める。
「……そうだな。思えば私も熱くなり過ぎた」
「……馬鹿みたい。こんなの、子供だましじゃない。赤緒、晩御飯ね」
「な、何だ? あいつらなんか機嫌悪ぃな……」
「まぁまぁ! 両兵も箱、開けてみなよ」
「そうか? んじゃ、まぁ。……おっ、こりゃ何だ? 金色のモリビトか?」
両兵の掲げた駒にエルニィが引き寄せて確認するなり声を弾けさせる。
「えっ、ウソ……っ! これってシークレットじゃん! 千箱に一個しか入ってない限定品! メチャクチャ強い駒だよ、これ……」
「そうなのか? ふぅーん、よく分かんねぇな」
当の両兵はさほど興味もなさそうであったが、今しがた決勝戦を中断された二人は、心穏やかではなさそうであった。
「……小河原。私と勝負だ。勝ったらその金のモリビトをいただく」
「いいえ、私と勝負よ。勝ってその金のモリビトをもらって……勘違い女を叩く」
「ほう、それはどの口が言っているのかな……? 私と勝負するな? 小河原」
「いいえ、私よね?」
詰め寄られて両兵は気味が悪くなったのか、軒先から逃げていた。
「なっ……、オレはメシを食いに来ただけだってのに……。わ、悪ぃ、柊。やっぱ今日は帰るわ。じゃあな!」
「待て、小河原! 行くのならばその金のモリビトを置いて行け!」
「……それがあれば勝てるってのに」
「そーだよ! そのモリビトをボクにちょうだいよ! 元はと言えば提供したのはボクなんだし!」
「何だってんだ、お前ら……。これ……ただのオモチャだよな? いつものお前らの眼じゃねぇぞ……」
追いかけっこを繰り返す一同を目にし、赤緒は嘆息をつく。
「……やっぱり、遊びはある程度分別をつけて、ですね……」
――その後、夕飯の終った席にて。
「ラムネ菓子が散乱していますね。……食玩はオマケだけじゃなく、中身も食べるのがマナーですよ」
五郎はため息をついてラムネ菓子を頬張っていた。