JINKI93 巨人狩り前編②

 屈み込んだ勝世は枕元に散らかっている将棋盤をひっくり返し、駒を一個一個並べ始める。

「……勝世。てめぇはどう考えてんだよ。一応は諜報員だろうが。ケツが青いって言っても、それなりに考えは持ってんだろ」

「そうだな。……これはオレの推論で……できれば実現してほしくない順に言っていくんだが……」

「言ってみろよ。柊たちの前で言うのは不安にさせちまうだけだが、オレの前ならそうでもねぇだろ」

「まぁな。お前ならいくらでも不安にさせちまえば……って、んなタマじゃねぇか」

 憮然と腕を組んで両兵は鼻息を漏らす。

「……最悪の想定ってのは浮かべておくもんだろ」

「だな。まぁ、一個目は、倒した八将陣が新型機を揃えて日本壊滅のための手筈を踏んで来ているんじゃないかって話だ」

 勝世は並べた将棋の駒を一個ずつ動かす。両兵はそれに返答する形で反対側の駒を動かしていた。

「それはねぇんじゃねぇか。いくら相手の戦力が割れないとはいえ、一応は人機だろ? ぶっ壊せばそう簡単に修復なんざできるかよ」

「その辺は南米で古代人機相手に戦ってきたお前の勘を信じるぜ。……んで、もう一個は全く別種の……別勢力が試験兵器を持ち込んでいるじゃないかって可能性だ」

「……キョムに匹敵する戦力だと?」

「ああ。だがこれもあまり考えづらい。最悪の想定には違いないんだが、そもそもシャンデリアが衛星軌道上から全ての活動を見下ろしている以上、幅を利かせるのは難しいって判断をお上はとっくの昔に下している。だから却下……と言いたいところではあるんだが……」

 煮え切らない勝世の言い分に両兵は駒を前進させる手を止めていた。

「……言いたい事があるんなら言えよ。ここにゃ、そのお上とやらの眼もなければ、アンヘルの連中の眼もねぇ」

「んじゃ、言わせてもらうと……。別勢力かどうかは不明だが、一応は極秘事項だ。巨大人機を、観測したって言う報告が上がってきている」

「キリビトタイプか」

 真っ先に思い浮かべたそれを、勝世は、どうだろうな、と思索の上に挙げる。

「キリビトなら、まだやりようはあるが、見た感じそうとも言い切れない。衛星軌道を封じられたオレたちにあるのは、限られた軍事情報と、そして又聞きに過ぎない諜報機関の報告書だ」

 勝世は懐から写真を取り出す。衛星写真のようであったが、画素の粗いそのカメラが写し出していたのは――。

「……何だこりゃ。馬鹿デカい……巨人?」

 そうとしか言いようのない威容であった。両手が異常に発達し、灼熱に染まる平原を僅かに浮かび上がりながら移動しているのが窺い知れる。

 モノクロのせいで色相は不明だが、派手な色をしているわけではないのは読み取れた。

「……ロストライフ化した土地で、こういうのを観測するのは何も珍しい話じゃない。現地人の話とかじゃ、ロストライフ化をそもそも理解してないケースも儘みられる話だ。草木の一本も生えない荒涼とした大地に、黒い稲光が迸る――まぁオレも、生身で見たわけじゃないが……」

 勝世が再び駒を手繰らせる。両兵はそれに応じて写真を返していた。

「……ロストライフ化した大地に、試験兵器を持ち出す……。キョムの内部分裂ってのがあるとか言うんじゃねぇだろうな?」

「あってもおかしくはないが、それを考えているのは楽観が過ぎるっていうもんだ。相手が勝手に自滅してくれるのを期待して今日まで戦ってきたわけじゃないだろ?」

 それもその通り。両兵は勝世の駒を取りつつ、ふむ、と顎に手を添える。

「……将棋みたいに、取った駒が味方になってくれりゃ、都合がいいんだがな。相手の人機を撃墜しても無人兵器の電脳がイカレちまっていたり、そもそもこっちの技術力の何倍も先を行ってるんだ。そう都合よくは、味方も増えねぇ。……あんまし柊たちの前じゃ言わねぇが、南米は酷い有様だった。ジリ貧って奴さ。それでも相手は新型機を投入してくる。こちとら、旧式機を何とか改修、改良して戦場に持ち出すのがやっと。現行兵器なんざ通用しない相手だ。ナナツーが次々とぶっ壊されていくのは見ていて気分のいいもんじゃなかったな」

 南米の地獄を思い返していたからだろう。自然と表情が翳っていた。それを勝世が指摘する。

「……そんな顔で赤緒さんたちに会うなよ。怖がらせちまうぜ」

「……肝に銘じておくよ。で、結局この馬鹿デカい兵器は何なんだ? 人機じゃねぇのか?」

「人機だとすれば、現状までに観測されているどの人機の形態とも違う、新型機の可能性が出てくる。そして何で相手はロストライフ化した平地でこんな馬鹿デカ兵器を使うのか、という疑問に立ち帰ると……見えてくるのはお前のさっき言った通りの内部分裂。そうじゃないのなら、これまでにない機体を試そうって言う、派閥だな。そういう派閥が居たとして、じゃあそいつらの次手を読んでいくことになるんだが」

 両兵の駒を取った勝世は一気に王手をかけていた。

「――アンヘルを一気呵成に狙おうって言う、詰みの目論見」

 両兵はその盤面へと視線を落とした後、だが、と別の駒で王手を防ぐ。

「そうは問屋が卸さねぇ。八将陣とのゲームが進行中だ。相手がその約束とやらを……まぁ反吐が出る約束ってもんだが……反故にするってのはないんじゃねぇか? 相手にとっていくら都合がよくってもよ、八将陣との対決でこの日本の未来が変わるって言うのは敵の長が決めたことなんだぜ? そこに野暮なことをするってのは……得心がいかねぇ」

 シバと名乗った八将陣のリーダーと思しき相手の思惑は不明のままだが、それでも一方的に約束を破るとも思えない。何よりも、この条件でなければトーキョーアンヘルに勝機はないだろう。今のままではまずいと相手が判断したとすれば、それはこちらに勝ち目が出て来たと言う何よりの証左になってしまう。

 あの余裕を常に滲ませるシバの性格を鑑みれば、それはあり得ない。

 何よりも――そんな身勝手を自分が許せるものか。

 真剣な声音になっていたせいだろう。勝世はふむ、と一呼吸つく。

「……意外だぜ。お前も何だかんだでアンヘルのリーダーの面が出て来たんじゃねぇの?」

「言うなよ、連中には。それに、これは結果論の考え方だ。頭、使うのは苦手だからよ。戦場の直感で話すぜ。あのシバって奴は手前勝手だが、それでも自分の中の絶対のルールだけは覆さない。これはマジだと思っている。まぁ他の八将陣はそれ以上に勝手だが、そいつらは自滅するんじゃねぇかってオレは睨んでる。見つかりゃ戦闘になるっていうルールでやっているにしちゃ、相手に隠れる意図もなければメリットもねぇ。だから勝負は挑んでくるだろうが、それも勝ち筋がねぇとやらないだろ。自分が格下相手に負けると思っていて勝負を仕掛ける馬鹿がいるか?」

 両兵の駒が一気に進軍し、勝世の駒を次々と取って行く。勝世は顎に手を添えて思案を浮かべていた。

「……格下、ねぇ。確かにお前の言う通りかもな。キョムは全ての面において現状の世界情勢をぶっ壊せるんだ。それを下手に突っついて、それで負けそうになっちまうなんてのは勝因とやらを分かっていない判断としか思えない」

「ま、だからこその《バーゴイル》なんだろうな。いくら解析されたって痛くも痒くもねぇ。それに出してくるのもせいぜい、五機までだろ? そこまでなら痛ぇコストにならないって判断だろうさ。ところが、こちとら新型造るにしたって南米のウリマンとかと渡りつけないと厳しい。それでもロスが出るのが現状だ。だからこそ、取れる時には取っておく。……確かこの間ぶっ倒した、《K・マ》とか言う人機、解析中だったな?」

「ああ、綺麗にルイちゃんとさつきちゃんが壊してくれたお陰でシステム面においても、リバウンド性能においても参考にはなってる……。まさか、お前……」

「将棋なら、取った駒は使える。武装参考案くらいにはなるだろ? そんでもって……こっちの味方になったんなら、駒は成れる」

 くるり、と駒を裏返し、勝世の側の王将へと包囲陣を敷く。勝世は顔に手をやって、やられた、と口走る。

「……馬鹿気取ってる割には、戦闘じゃやっぱ、それなりに一流だよな。資源不足で常に負け戦だった南米戦線で生き残っただけはあるぜ。……《K・マ》に関しちゃ、武装案はもうエルニィが出してるらしい。姉さんもそれは分かっているみたいでな。南米に一回、外交上の引き渡しがあったらしいが、バラされて返ってくるって言う情報だ。こっちの新型武装としてな」

「いいことなんじゃねぇの? モリビトのリバウンドの盾だってスペアがありゃ戦い方も変わってくる。……さて、王手だが文句は?」

「いいや、参りました、と言わせてもらうぜ。ただ、脅威には挙げとけよ。試験機を相手がどう動かす気かは分からないが、遠からずこれが敵に回ってくるのだけは間違いないんだからな」

 両兵は差し出された衛星写真を改めて凝視する。

「……馬鹿デカい人機が現れたとして、どう戦うか……」

「しかもこの都市を守りつつ、だ。やり切れないのは防衛戦になっちまうことだな。何も考えてねぇ連中と違って、オレたちは常に守るものと隣り合わせだ」

「……いや、それくらいのほうがきっと、あいつらも力ぁ、出せんだろ。守るもののねぇ奴の強さなんざ、たかが知れてる」

「お前にしちゃ、言うじゃねぇか。じゃあな。お互いに生き残ろうぜ」

 手を掲げた勝世に両兵は遠くのうろこ雲を眺めていた。

「……嵐が来るな」

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