JINKI 107 思い出が翳らぬように

「いえ、でもこれも一応、操主としての務めなんだと思います。だって、南さんも考えがあってのことでしょうし」

「考え……か……」

 両兵も南には考えがある、と言っていたが、本当のところはどうなのだろうか。

 赤緒は頬杖をついて、窓の外で何やら駆動している《ナナツーウェイ》を横目に眺めていた。

「――っと言う風に、銃の歴史はとても古い。オートマチックは手に馴染みやすいが、その代わりにジャムる危険性もある。銃への関心があるとすれば、まずはどのような仕組みで弾が出て、それでどうすれば命中するのかを熟知しておくべきだろう」

 メルJが教鞭を執って実銃の使い方をレクチャーするのが二時間目であった。まさか、メルJが講師になるとは思っておらず赤緒たちはうろたえたものだが、実際に銃の扱い方となれば最もエキスパートなのはメルJであるのは間違いない。

 彼女の教えに従い、赤緒たちは銃を携えていた。

 しかし慣れない重さに振り回されるばかりで、まともに構えることすら難しい。

 それに関しては先ほどまで講師であったエルニィでさえも文句を垂れる。

「……銃って嫌なんだよね。野蛮だし、ナンセンスだ」

「そうは言ってもいざと言う時に役立つのには違いあるまい。大きさこそ差異があれ、人機に積まれているのも銃火器だ。知っておいて損はなかろう」

 弾丸を抜かれているとは言え、これを自分たちが持つ日が来るのか、と赤緒はどこか戦々恐々として拳銃を握る。

「……使わないほうがいい……はずですよね?」

「だが使い方を知らないのと、使い方を知っていて使わないのでは雲泥の差だ。射撃訓練までしてやりたかったが……そろそろ時間だな」

 そこでチャイムが鳴る。教卓から入れ替わりに立ち上がったのはさつきであった。

「えっと……その……皆さんにこれから教えるのは、安心安全で、美味しい料理の作り方です。まずは簡単なところから行きましょう……で、いいんでしたっけ……」

 カンニングペーパーを覗き込みつつどこかしどろもどろなさつきに、赤緒は後ろの席についているエルニィへと声を潜ませる。

「……何でさつきちゃんまで教師役に?」

「だって、ご飯に関してはボクら素人だしね。戦場で影響してくるのは何も武力だけじゃないし、ボクみたいな知識だけでもない。お腹が満たされないと、できることもできないから」

「それは……そうですけれど……」

 どこか、この林間学校の狙いを掴みかねていた赤緒はさつきが一人一人の机の上に配っていく黒い器物に首を傾げる。

「さつきちゃん、これは?」

「あれ、赤緒さんは飯盒炊飯はやったことないんでしたっけ?」

「あ、うん……なかったかも……」

「じゃあいい機会ですし、皆さんでやってみましょう。まずはお米を洗うところから。家庭科室に行きますね」

 全員でさつきの後に付き従い、家庭科室に向かう途中でメルJがぼやく。

「……戦地で悠長に飯を炊けるのか?」

「でも、ご飯がないと生き残れないのは事実ですし……」

「ボクみたいに知識だけあっても、ね。実際に使う者の側に立たないと分からないこともあるし、それに何よりも明日の英気を養うのはまずは満腹になることだから」

 到着した家庭科室は思ったよりも清潔に保たれており、既に運び込まれていたのか、米袋があった。

「じゃあ一人当たり二合炊きを……あっ、でも赤緒さんは手慣れてらっしゃいますから、ヴァネットさんたちのサポートをお願いします」

「……米を洗うと言うのはどうするんだ? 洗剤を使えばいいのか?」

「だ、駄目ですよっ! ヴァネットさん! 洗うと言うのは冷水で……」

「ひゃっ……! 冷たぁ……ねぇさつきー、これって冷たい水じゃなきゃ駄目ー?」

「駄目ですよ、立花さん。楽したって美味しいご飯は食べられないんですから!」

 どこか厳しく接するさつきにエルニィは自ずと従っていた。メルJも不満げな言葉を呟きながら教えられる通りにする。

「……何で私がこんなことを……」

「ホントそう。でも、これが晩御飯になるんなら……って思うしかないよね」

 手慣れていない二人を赤緒は補助しつつ、そう言えは、とここに至って居ない一人に気づいていた。

「……ルイさんは?」

「あー、ルイは南と一緒でしょ。くーっ、いいなぁ、ルイは。これやんなくっていいんだもん」

「まったくだな。黄坂南の特別扱いも困ったものだ」

 先ほどから校舎の脇で作業をしている《ナナツーウェイ》に搭乗しているのだろうか。そう思って覗き込んでいるとエルニィから質問が飛ぶ。

「ねぇ、赤緒ー。水計るのってどうやんのー?」

「そんなもの、目分量でよかろう。多ければ多いほどいいに違いない」

「じゃあ、この器にいっぱい入れちゃおうか」

「わわっ……駄目ですよぉ……。お米一合当たりの量は決まってるんですから!」

「えー、めんどーい!」

「同感だな。多少手荒くっても問題ないはず――」

「ヴァネットさん、立花さん?」

 ぞくり、と悪寒を感じて三人が振り返る。さつきは微笑んでいるが目が笑っていない。

「……や、やっぱりさ! こういうのはしっかりしないと!」

「そ、そうだな。こういうことこそ、精密さが求められるのだろう」

「で、ですよ! お二人とも! その調子です!」

 何故だか赤緒まで上ずった声を出して洗米しつつ、ふと疑問を感じる。

「う、ん……? 今日の晩御飯?」

「あら、あんたたち、思ったよりも早かったじゃない」

 校庭へと飯盒を手にして運び込むと、南の《ナナツーウェイ》が用意していたのは大量の薪である。

 薪割りを担当するのは両兵であった。

「……ったく、重労働はオレ任せかよ……」

「あら、両。でもあんたらしいでしょ? 頭使うの苦手だし」

「あのー……南さん? これ、どういう……」

「どうもこうも、飯盒炊飯なら薪で焚くのは基本じゃないの」

 顎でしゃくった先ではルイが仁王立ちで薪を火にくべている。

 どうやら次の講師はルイらしい、と言うのは全員が悟っていた。

「……いい? 火の加減一つで、せっかくの米もゴミになっちゃうのよ。火を絶やさず、かといって強い火は逆効果」

 竹筒で息を吹きかけて火の感覚を掴もうとするが、なかなか難しい。

「めんどーい! ねぇ、南、カセットコンロの一つくらいはあるでしょ? 何でこんなローテクなこと……」

「まったくだな。ライターで火を点けてやれば一発だろうに」

 相変わらず不満を口にする二人へと南が、まぁまぁと制する。

「面倒くさくっても、これって重要だから。ね? 両」

 ウインクする南に、両兵はげんなりした様子で薪を割る。

「……知らねぇよ、ったく。科学の塊みてぇな人機の傍で火を起こすのに一苦労ってのはなかなかに馬鹿っぽいけれどな」

「ホントそうだって! 何で人機使わないのさー!」

 ばてた様子のエルニィへと、ルイがむんずと肩を引っ掴む。

「……やらないとあんたのご飯だけ抜きになるだけだから」

 どすの利いたその語調にエルニィは慌てて点火作業へと戻る。

 赤緒も息を吹きかけつつ、でも、と疑問視していた。

「……何でこんな……もったいぶった感じのこと……」

「ようやく炊き上がったー! うーん、いいにおい!」

 エルニィが声を上げた頃には既に夕刻になっていた。少しだけ早めな夕食時に芳しい匂いが鼻孔をくすぐる。

「こっちには別に作っておいたカレーがあるから。自分の炊いたご飯でしっかり食べなさい」

「わーい! カレー大好き!」

 エルニィはこれまでの苦労は何のそのでカレーに飛びつくが、赤緒はどこか承服し切れない様子で炊き上がった白米へと視線を落としていた。

「……気になンのか? 黄坂の狙いみてぇなの」

 薪割りを終えた両兵がタオル片手に歩み寄ってくる。

「あ、はい……。だって林間学校って、南さん急に言うものだから……」

「急でもねぇのかもしれねぇがな」

「……それは、どういう……」

「赤緒さーん! 次は赤緒さんの分だからねー」

 呼びかけられて赤緒は慌てて駆け寄る。自分の分の皿にカレーをよそわれ全員が集まったのは格納庫であった。

 いつの間にか造られていた木造の食卓についた全員が、呼吸を合わせる。

「じゃあみんなー! いただきましょう!」

「うーん、やっぱ赤緒たちの作ってくれるご飯のほうが美味しいかも。……ボクってばこういうの下手なんだなぁ」

「……むっ。焦げた米が入っている。……次からはもっと精進するとしよう」

 しかし文句が出ないのは二人とも自分で最初から最後まで面倒を看た夕食だからだろう。

 赤緒もカレーを口に運びつつ、南を窺っていた。

 どこか、満足げなその面持ちに赤緒はますます疑問が募る。

「よぉーし、あんたたち! 食べたら今度はキャンプファイヤーよ! 両、炎の管理は任せるわ」

「あいよ。ったく、人遣いだけは荒いよな」

 組み上げた木々へと両兵が火を灯し、キャンプファイヤーが執り行われる。

 ぱちぱちと巻き起こる炎を囲んで、それぞれの人機を背に座り込んだエルニィたちは、どこか憔悴気味に声にしていた。

「……何だか疲れちゃったな。でも、戦ってばっかじゃ、こういう……心地よい疲れって言うの、経験できないかもしれないんだよね」

「……私も何だかこの火に当たっていると、不思議な気分になって来るな。ただの火のはずなのに……これには温かみがある」

 緩やかな潮風が運び込まれてくる。冷気をはらんだ風が吹き付ける中で、赤緒は一連の出来事が脳裏を過ぎっていた。

 操主になってから、よくよく考えればいつだって、追い立てられるような感覚が付き纏っていたが、こうして向かい合ったのは初めてかもしれない。

 自分たちの運命に。そして、奇縁にもこうして繋がった人と人の絆に。

「……何だか、変な感じ。ただの炎を囲んでいるだけなのに。意味があるように思える物なんですね……」

「そうだな。……それを教えたかったのかもな、黄坂は」

 呟いた両兵の横顔は炎で照り返されており、その瞳は平時には窺えない色調を湛えていた。

「……何なんでしょうかね、この気持ち……。楽しいって言うのとも、寂しいって言うのとも違う……。自分たちで授業を組んで、格納庫を組み立てて、ご飯を炊いて、一緒に外で食べて……。別に今までだって、こういうこと、なかったわけじゃないのに……」

 胸に灯る哀愁はこの時だけのように思えた。

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