JINKI 123 ルイとエルニィのゲーム奮闘記

 その場で寝付こうとしてルイが段ボールに入ったカセットを手にしていた。

「……ねぇ、自称天才。もうないの?」

「んあ? そう言えばもうなかったっけ? じゃあ終わりだよ、終わり。しばらくはゲームはいいや。赤緒からも遊んでないで手伝ってくれってよく言われちゃうし。ホント、困ったもんだよねー。これでもアンヘルの人機のフライトユニットの開発と、局地戦仕様のロールアウトも並行しているって言うのに。ま、メカニックの苦労なんて操主には関係ないことだけれどさー」

 掛け布団を携えて眠りにつこうとして、ルイに肩を揺すられる。

「……私は満足していない。これで終わりなら、探しに行けばいいのよ」

「探しにって……何を」

「ゲーム。これが最新ってわけじゃないでしょ」

「……そりゃ、毎月ゲームは出ているけれどさ。ボクの手持ちじゃ買い揃えることなんてやっとなんだからね」

「……何よ、天才を吹聴する割にはお金も持っていないのね」

「……こう言うのもなんだけれどさ。ボクの資産ってほとんどアンヘルの共有口座になっているわけ。で、南も暗証番号知ってるし。言っちゃえばボクは仕事の割に合わないお小遣い制だよ。あれ? 言わなかったっけ?」

「……聞いてない」

「まぁ、だからアンヘルの活動費ならいくらでも捻出できるけれど、こういう趣味の話になってくるとねー。ボクの一存で物を買ったり売ったりすると後々始末が悪い……」

「何よ。あんたよく分からないものを海外から取り入れたり、開発したりしていたじゃない」

「それもアンヘルの資金から出しているし、これでもボクは節制家なんだ。みんなのためになるものなら喜んでアンヘルの資産から出すけれど、プライベートまでさすがにボクだけ華美じゃ、不満も出るだろうし。かと言って話したところで理解してもらえるもんでもないから」

「……要するに、天才メカニックとは言え、金欠ってわけ? ……情けない。ゲームソフトの一つも揃えられないの?」

 ルイの分かりやすい挑発にエルニィは乗っていた。

「……むっ。そう言われちゃ黙っていられないな。じゃあ買いに行く? ちょうど朝だし、開いているところは開いているでしょ」

 昼夜問わずカーテンを閉めてゲームクリアに勤しんでいたため、体内時計は曖昧であったが、今がまだ昼間にほど近い時間なのは二人とも分かっていた。

 ルイはぐっとサムズアップを寄越して立ち上がる。

「そうでないと。今度はシューティングがいいわね」

「えーっ! やっぱここはRPGでしょ!」

「前に遊んだのが長過ぎたわ。その割に難易度も高かったし。別ジャンルにしましょう」

「……もう、文句ばっかりだなぁ。でもま、確かに言われてみればもう何時間? えーっと、最後に寝たのが三日前だから……70時間以上はプレイした?」

「立派な廃人ね」

「……嬉しくないなぁ、もう」

 思わぬ称号を受けつつも庭先に出てきた自分たちに赤緒が大慌てで気づいて駆け寄ってくる。

「ん? どったの、赤緒」

「どうしたのじゃないですよっ! お二人とも、その……身だしなみ……!」

「身だしなみー? あっ、そっか。お風呂とご飯だけだったから、部屋着だったや。いやはや、うっかり」

「そうね。うっかり」

「うっかりじゃありませんよ……。もうっ、部屋着って言ってもほとんど下着じゃないですかぁ……」

「そう? シャツは突っかけているけれど?」

「右に同じ。寝間着は着ているわ」

「……お二人とも下穿いてないじゃないですか。駄目ですっ! ズボンくらいは穿いてください!」

「もう、赤緒ってばワガママー」

「本当にそう。赤緒って何でも注文つけるのね」

「いいですからっ! ……あとお聞きしますが、何の用で外出を?」

「あーっ、そのー」

 これはまずいと感じたのはエルニィのほうであった。ゲームを買いに行くなど馬鹿正直に答えれば赤緒からの糾弾は免れまい。

 かと言って要件も早々思い浮かばず、どうするべきかと思案しているとルイが応じる。

「仕事をしてくるのよ。アンヘルの資金がいくらあっても足りないでしょう? 私たちがアルバイトをしてくるって言っているの」

「あっ、そうなんですか……てっきりまたゲームでも買いに行くのかなって思っちゃった……すいません、立花さん」

「い、いやぁ! いいってことだよ! ……じゃあボクらは着替えてアルバイトに行ってくるねー」

 ルイと共に一度柊神社に戻ったところで、ふぅと息をつく。

「危ないところだった。ナイスサポート」

「新作ゲームのためよ。一時的な協定に過ぎないわ」

 それでも咄嗟の機転が利くところはさすが悪ガキの称号を南から取っているだけはある。

 ズボンを穿き替え、身なりを整えている最中にエルニィは尋ねていた。

「そう言えば、ルイってばお金は? ボクだけ出すってのもおかしいよねぇ?」

「……これだけ」

 ルイは愛用しているがま口財布を振って小銭を手に出す。

「さ、三百円……。さすがにこんな値段のゲームなんてないよ。もうっ! じゃあ結果的にボクが出すわけじゃん!」

「安心なさい。ゲームクリアには犠牲が付き物よ」

「……納得いかないー。もし高くて買えなかったらルイのせいだからねー」

 文句を垂れつつ、ようやく柊神社から出て街中に繰り出し、エルニィはおもちゃ屋の前に出ていた。

「おっ、なになにー? 人だかりができてるよ?」

 手でひさしを作って人だかりの原因を窺うと、どうやらショーウィンドウの中にあるゲームカセットに子供たちの目線が注がれているらしいことが分かった。

「ねぇね。あれって何なの?」

「姉ちゃん、知らないのかよ。あれ、ゴールドカセットだぜ」

 集っていた子供たちがめいめいに憧れの眼差しを向けているのは金色に塗装されたゲームカセットである。

「……ゴールドカセット?」

「あっ、さては姉ちゃんたち、モグリだな。ゴールドカセットって言うのは世界に何個もない代物なんだよ」

「そうそう。大会の優勝者とかに与えられる限定品でさ。……それにしたって、ここの店主、あの値段設定はないよなー」

 なー、と同調する子供たちがどこか白けたように三々五々に散って行く。

 エルニィはゲームカセットに添えられた値段設定を数えていた。

「えーっと……一十百千……ご、五十万? 五十万だって?」

「さすがに買えないよなー。買える奴の顔がいっぺんでもいいから見てみたいよ」

「……どうしたの、自称天才。あれくらいの値段、アンヘルの口座にならあるでしょ?」

「……いや、でもメカニックとして、個人的なものにお金を割くわけにはいかないし……。ルイは……ああ三百円なんだった。ボクも持ち合わせはあるっちゃあるんだけれど……」

 そこでルイの耳元に声を潜ませる。

「……ここだけの話、南に内緒で溜めていた隠し口座のお金を合わせたって……せいぜい四十万ってところ」

「何よ、あるんじゃない」

「でもあれは買えないよ……」

「別にいいんじゃないの。新しいゲームを買いに来たんだから。お高いゲームを買いに来たんじゃないでしょ?」

「……むーぅ、でもなぁ……こう、目の前ででっかい餌を釣り下げられているかのようなこう……敗北感が……」

 不可思議なもので、別に新しいゲームなら何でもいいと思っていただけに、不意打ち気味にこういう購買意欲をそそるものが現れると、自分は弱いのだ。

 しかもこの価格設定。

 店主は分かってやっているに違いない。そう確信したエルニィはルイに耳打ちしていた。

「ねぇ! ……やっぱあれ、買わない?」

「何でよ。買ったってただ金色なだけでしょ」

「でもさ、ちょうど持ってないソフトだし……それにホラ、この子たち……」

 エルニィは白けて別の遊びに興じている子供たちを視線に入れる。彼らはやはりと言うべきか、五十万など手の届くわけがない。

 しかし、ゲームに興じる者ならば分かる――絶対に欲しいソフトを目の前にして敗走することへの何とも言えない敗北感に打ちひしがれている背中は見るに堪えなかった。

「……じゃあ何? 子供たちのために買うって? ……あんたも相当に子供ね」

「そう言っちゃうほど大層な思想は持ち合わせていないけれど……でもさ! この子たちが将来、ああ、あれはただのショーウィンドウの向こう側で、自分たちには手の届かなかったものなんだって諦めたように生きる大人になるのは忍びないじゃん!」

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