JINKI 124 プロジェクト、BG707

「あー、えっと……確か立花博士でしたね。人機の開発責任者で、トーキョーアンヘルのメンバーでもある……」

 進行役が困惑したところで、エルニィは立ち上がるなりマイクを手にしていた。

「これって……人機の技術が入っているって言うけれど、代物自体はアンヘルを通さなかった機体だ。確か名前が……BGナナマル――」

『BG707の機体性能に何かご不満でも? それとも、人機の開発者として、太鼓判でも押していただけるのでしょうかね?』

 責任者の後ろで今も切り替わっている映像をエルニィは指差す。

 黒く染まった鋭角的なシルエットを持つ高速特急――BG707、話に聞いた限りでの噂を思い返し、南はエルニィを横目に入れていた。

「――人機の技術で造った、夢の超特急……ですか」

 赤緒がどこか困惑気味に手渡された招待状を眺めている。南は同封された写真や書類を流し見しながら、まぁね、と頷いていた。

「その夢の超特急、型式番号BG707、それの完成披露会に呼ばれちゃったわけ。まぁ、体のいい宣伝文句のためでしょうね。トーキョーアンヘルの責任者である私とエルニィへの招待状、ってのは実質、挑戦状みたいなものだし。呼んだ時点で勝ちって意味でもあるんだろうけれど」

「……でもさぁ、これって不自然。ボクら、一ミリも関わってないのに、急に国内で人機の製造技術を使った、とか言われて説得力ある? ……何だか行く前から不安だなぁ……」

「……ま、一応は高津重工が人機に関しちゃ持ってるから、日本に技術流入していてもおかしくはない、か。でもそれも極秘裏だったわけだし、日本の高津の関係者にはアンヘルのことなんてこれっぽっちも教えられてないはずなのに、私たちトーキョーアンヘルの活動が活発になってからのこの宣伝告知……狙っているとしか思えないのよねぇ……」

「……でも、これはいいことなんじゃ? だって、人機の技術を戦うだけじゃなくってその……皆さんの役に立てるものにするって言うのは」

 赤緒の言葉に南は渋面を浮かべる。

「形だけ言えば、ね。理想っちゃ理想よ? 青葉もよく言ってたわ。いつか人機が車や飛行機のようにってね。……でもここには、胡散臭いものが漂っている」

「南の嗅覚は本物だからねー。某国に何度も飛んで人機の技術流出を止めた経験もあるし。これもその臭いが染みついているって言いたいんでしょ?」

 エルニィは招待状をひらひらと揺らす。南は腕を組んで中空を睨んでいた。

「……正直、信じたいのも半々なのよ。何せ、これはある意味じゃ……とてもいい傾向ではあるの。人機の技術を、民間のものにして、それで人々に貢献って。言っていることはとても立派だし……誇れるものなんだけれど……どうにもね。嫌な経験ばっかりだから」

「今回はボクも行くし、おかしかったら突っ込めばいいじゃん。いつもみたいに、刺客が仕掛けてくるってこともないでしょ。ここ日本だし」

「……まぁねぇ。いつもならこういうのに呼ばれた後は、大概どこやらの諜報員からとのドンパチが……今に始まったことでもないけれど」

「あの……じゃあこれ、行かないんですか?」

「いんや、行くよ? 行かないって選択肢はないよね。だって見極めないとだもん。もし……これが真っ当な道を辿ったわけでもない、そういう代物だとすれば……止めるのがボクらの仕事だし」

 こちらの想定に赤緒は僅かに当惑しているようであった。それも当然、操主からしてみれば人機の技術が民間に流れることの重要性はさほど分かるまい。

「……でも超特急なんですよね? だったら、悪用なんてできっこないのでは?」

「……赤緒ってば、ホントお人好しだよねー。ブラフの可能性もあるじゃん。それこそ、この特急の中身に新型人機が入っていたら? 思わぬところで都市部への侵入を許せば、それこそ大事だって」

 あっ、とようやく察しのついた赤緒に南はまぁ、と頬を掻く。

「あまり人を疑い過ぎるのもね……嫌な職業って言うか。本当なら、何て素晴らしい! ……って言えれば一番なんだけれど、そうもいかないわけ。何よりも民間に、ってのがね、ちょっと引っかかるって言うか……」

「国家とか軍部ならまだしも民間に人機の技術が、って言うのは怪しさ倍増、だもんね。このシンカンセン、って言うんだっけ? 日本のエクスプレスは。そういうの、技術体系としては知っているけれど、ボクはあんまし詳しくないんだよね。電車とか、そういうの。人機ならまだ分かるんだけれどなぁ……」

 後頭部を掻いてどこか興味のそそられない題材に挑むエルニィに南は頬杖をつく。

「鉄道マニアって日本にはうじゃうじゃ居るみたいよ? 私もこの辺は分かんないことだらけ。どっちにしたって、行かないってわけにもいかないし……」

 二人して沈痛なため息を漏らす自分たちに赤緒が表情を覗き込む。

「あの……疲れてます?」

「……少し」

「じゃあその! お茶にしましょう。少しだけでも落ち着いてお仕事に臨めるように、美味しいお茶を淹れてきますねっ!」

 台所へと取って返す赤緒へとエルニィは恨めし気な眼差しを寄越す。

「……赤緒ってば、よく分かんないからって逃げた……」

「それもしょうがないわよ。私らだって、新幹線の知識なんて疎いんだから。呼ばれたってどういうわけでもないし」

 そもそもどうして人機の技術が超特急に使われるというのだろう。

 資料を読み込んでもその辺りがさっぱりで、やはり実地で検分するしかなさそうであった。

「……ねぇ、エルニィ。もしも、よ。いつものパターンでこれ、何かのトラブルの前兆だったとしても、何になると思う?」

「……さぁ? 考えられる想定としちゃ、この企画そのものが偽装で、新型人機を都内に入れるつもりとかじゃない?」

「……でも、それにしちゃクリーンなのよね……。もっとこう……」

「嘘っぽくない?」

「そうそれ。……本当にある意味じゃ、知らないんじゃないかしら?」

「人機の技術ってのが何なのかって? 知らないでシンカンセン造ったの? そんな手間ってある?」

「……そうなのよねぇ……」

 氷解しない疑問を抱えたまま、南とエルニィは赤緒の淹れて来たお茶を口に運ぶ。

 少しだけ苦々しく、何かの到来の予感ばかりが胸を掻き毟っていた。

『――であるからして、南米の奥地、ラ・グラン・サバナ、テーブルダストの地にて産出される夢の結晶、ブルブラッド鉱石を用いれば、これまでの新幹線の常識を遥かに超える、まさに夢の超特急が完成するわけなのです。手元の資料に詳細は書かれているはずですが、ああ、そういえば。立花博士は南米の出でしたね。日本語は不得手でしたか?』

 会場でにわかに笑い声が巻き起こる。エルニィは舌打ちを何とか堪えて、公の言葉を振っていた。

「……いずれにしたって、ちょっと不鮮明が過ぎるよ。人機の技術ってのは血塊炉とかブルブラッドエンジンだけじゃないんだ。この表層理論ばっかりのパンフレットじゃ、何も分かりゃしない! もっと実用的なことを教えてよ」

『それに関しては資料の45ページをご参照ください。それに、何を慌てているのです? これは新型の超特急の完成披露会ですよ? 兵器の開発じゃありません。まさに平和のための、夢の技術なのです』

「その平和とやらを謳って、何か仕出かす連中には事欠かないもんでね。技術のオープンソース化と! それに伴って何を使ったのか、どういう意図で造られたのか! ……それを明確にしてもらわないと、こんなの、でっち上げだ」

『それは困る。でっち上げとは。現にBG707はあるのですよ? 何なら、近くで観覧しますか? そうすれば安心なさるでしょう』

「……ボクのことをヒステリック起こした研究者だとか思わないほうがいい。人機に関しちゃ、誰よりも詳しいはずだ。これは誇張でも何でもなく、ね」

『ですが、BG707の技術を理解いただけないのなら、それは詭弁と言うほかありません。さぁ、他の参加者の皆さまは観覧席にご案内いたします。どうやらトーキョーアンヘルのお二方には休憩が必要なようだ』

 会場から誘導されていく参加者たちを視界に入れ、南はちびちびとワインをすすりながら、得心していた。

「……お金だけはあるみたいね。他の参加者は言っちゃえばこの企画を滞りなく進ませるためのお飾りって感じ」

『ではアンヘルのお二方は休憩を挟んで、観覧席にご案内しますよ。ああ、でも……慌てて人機を入れるなんてことはやめてくださいよ。沽券に係わりますから』

「――沽券に係わりますから、だって! ムキーッ! 何だい! あの言い草! どうせ血塊炉の技術なんて一ミリだって分かっちゃいないんだ!」

 控え室でロッカーを蹴りつけたエルニィに南は招待状を灰皿の上で燃やしながら嘆息をつく。

「……居るのよ、ああいう手合いが。あんたはほとんど出会ったことないだろうけれど、日本じゃザルにね。それに、商才に関して言えばあるほうなんじゃないの? 人機の技術って言ったって、この国じゃマイナスの方面が強いんだから。キョムの影響もあるし、いつロストライフ化するのかも分かんない恐怖ってのも、一応あるし……まぁ民間には関係のないことだろうけれど」

「気に入らない! 第一、何だって言うのさ! あのぼやかされた資料! 肝心なことには何一つ触れていないのに、どうだ! してやっただろう! って感じの! あんなのインチキだ!」

「吼えないの。……あんたねぇ、こんなので怒っていたらキリがないわよ? この先、人機の技術で儲けようって輩はたくさん出てくるんだから。相変わらず米国からは《シュナイガートウジャ》の引き渡しが行われる気配もないし、メルJは《バーゴイルミラージュ》で今は我慢してくれているけれど、いつ自分のシュナイガーを戻せって言うか分かんないんだから。……戻したくっても戻せないって言うのに」

「あー、もうっ! ……ちょっとでも技術革新が見られるかと思った自分が損じゃん!」

「そう荒立てるものでもないわよ。技術革新なんて、そうそうお目にかかれないんだから。少しでも歩み寄りよ、歩み寄り」

 そう説得したところで、ドアがノックされ観覧席への招待がかけられていた。

 相変わらずプンスカとして機嫌の悪いエルニィを引き連れて、南は観覧席へと向かう。

 ちょうど今しがた、格納庫から出て来た漆黒の流線型を目に留めて南は注目する。

「……あれが、BG707……」

『御覧に入れているBG707は現時点での最高速度なら全ての新幹線を遥かに凌駕する性能を持っています。無論、有人走行を加味した安全設計となっていますので、ご心配には及びません』

「……どうだか。中に入れたカエルが圧死しない実験とかでしょ」

「腐らないの、あんたも。……でも、あれ? 何か妙じゃない?」

 南がそう口にすると、漆黒の車体の継ぎ目が次々と拡張して展開し、赤く点灯していく。

 想定内のパフォーマンスなのだろうか、と勘繰っていると、責任者は問いただしていた。

『……ちょっとお待ちを。……おい、どうした。何をやっている。最高速度を出すためのリミッターが解除されているではないか。まだそれを見せる段階では――』

「いえ、これは……。どうやら開発部門からも予期せぬエラーだということで……」

 進行役が慌ただしく通信先とやり取りする。

 その直後、悲鳴じみた声が通話先で弾け、その音声が観覧席の観客たちの耳朶を打っていた。

『ち、違います! 完全にこれは……BG707のOSが根本から書き換えられて……制御不能! 暴走します!』

『何だと……』

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