JINKI 124 プロジェクト、BG707

 責任者が所在を問いただす前にBG707が静かに走り出す。

 しかしそれは想定されていた稼働ではないのは目に見えてハッキリしていた。

 ところどころが赤く染まった漆黒のシルエットがいななき声を上げて線路を踏みしだく。

 すぐさまガイドに取られていた線路のレールを外れるのは誰に目にも明らかであった。

「……このままでは都心に……。おい! 緊急停止信号を!」

『打っていますが……まるで聞かないんですよ! やっぱり……導入したのがあの黒い人機の技術だって言うのが――』

 そこで通信は無理やり断たれたが、状況的に最悪に転がっているのだけは何よりも明白。

 脂汗を浮かべた進行役へとエルニィは静かに歩み寄り、そっと手を差し出す。

「……現場の状況、聞かせてもらえる?」

 愛想笑いを浮かべるも、断れない予感に、進行役は諦めて無線を手渡していた。

「――どういうワケだ? 立花。イマイチ話が見えねぇぞ?」

『だから! 新型の超特急への技術支援をしたのは南米でもどこでもなくって――キョムだったんだよ! ……やられたね。なら確かに技術だけはある……。聞き出した情報だと《バーゴイル》の電脳と血塊炉を直列で繋げて馬鹿みたいに速度だけは出るようにしたらしい。普段はリミッターがかけられているんだけれど、今は全部ガバガバ。先んじて自衛隊に派遣を頼んでおいたけれど、……多分ダメ。《ナナツーウェイ》じゃ止められるとは思えない』

 エルニィの通信を聞きながら赤緒は上操主席の点検を開始する。

 全翼型のステルス機で導き出される超特急の進行先へと先行し、そして止めると言われていたが、事はそう簡単ではないのは明らかであった。

「あの……立花さん。どうして私たちと……さつきちゃんの《ナナツーライト》だけで?」

『今、緊急で出せるのは《モリビト2号》と《ナナツーライト》だけだからってのもあるけれど……ボクの見立てが正しいのなら、その二機が最適解のはずだ。南もそっちに向かっていると思うけれど、さつきのほうの下操主につくって!』

「下操主に? ……でもどうやって……?」

『知んないって! とにかく現場に合流するからの一点張りだったし。ボクはここ動けないから、南に指示は仰いで! じゃあ!』

 ぷつんと通信が切られ、赤緒はどこか得心の行かないまま都内へと続く線路の上へと降下ポイントを探る。

「えっと、準備降下速度は……っと」

「柊。黄坂の奴、この程度が読めない馬鹿だとは思えねぇ。……大方、ある程度は予見していたんだろうな」

「分かっていて……? でも、じゃあ何で……」

「あいつも、賭けたかったのかもな。……青葉の言っていた通りに、人機が分け隔てもなく、みんなのためにってヤツ。……ったく、それで馬鹿見んのは自分だって分かっているはずなんだがな」

「……小河原さん……」

 苛立たしげに後頭部を掻いた両兵は次の瞬間には戦士の面持ちになっていた。

「――止めんぞ、柊。オレとお前に、それにさつきの《ナナツーライト》ってことは、普通の術じゃ止められねぇって判断だろう。もしもン時は頼むぜ」

「……そんな、もしもの時って……」

 そこまで口にしたところで、南の通信が割って入る。

『モリビトの二人、聞こえてる?』

「あっ、南さん? これって……」

『エルニィから話は聞いたと思うけれど……とんだ暴走特急ってわけ。このままじゃ都心に入っちゃう。もしそうなって脱線でもすればどれだけの犠牲が出るか分からないわ。それに、最悪の場合車両同士の正面衝突だってあり得る……。だから《ナナツーライト》と《モリビト2号》の……特に今回は赤緒さんの超能力モドキ、頼りにしているわ』

「……やっぱそれか」

「……やっぱりって……?」

「いくらモリビトだってリバウンドの斥力がなけりゃ、そんだけの速さで来る目標を受けたら衝撃波でぶっ壊れちまう。だが、触れたら終わりの柊の超能力モドキなら、血塊炉を使っている以上は……」

 そこまで言われてようやく赤緒はハッとする。

「……私が……止める」

『その通り! 一応、《ナナツーライト》で先行してRフィールドを張ってもらうわ。その拍子に、私はBG707の内部に飛び移るから! ……内側からでも停止信号は打てるみたいだから、これも賭けね』

「おい、それって危ねぇんじゃねぇのか? 相手は時速何百キロの化け物だろ?」

「そ、そうですよ! 無謀です! 私たちが止めますから――」

『駄目よ、赤緒さん。モリビトだけじゃもしもの時に押さえられない。少しでも速度を緩められれば御の字だとは思っているから。……大丈夫だって、両。こちとら一応、対ショック用の専用服には袖を通しているし、Rフィールドの余波で吹っ飛ばされるってのはないから』

 それでもそんな作戦を承服できるものか。

 こちらの迷いを他所に刻限は着々と迫っていく。

「……迷う時間も与えちゃくれねぇか。黄坂ァっ! ……下手に命捨てるんじゃねぇぞ」

「――!」

 両兵のその言葉に《ナナツーライト》が先んじて降下する。遅れてモリビトが効果シークエンスに入っていた。

 降下準備の声に掻き消されたが、両兵には確かに聞こえたらしい。

「……下手に場数踏んでねぇ、か……。野郎、言い返しづらいこと言いやがるぜ」

「……小河原さん、あの……でももしもは……!」

「今は! ンな弱気考えている暇ァ、ねぇぞ、柊! 絶対に止める! それだけだ」

 確固たる声音に赤緒は気圧されながらも頷き、《モリビト2号》が大気を割って地表へと降り立つ。

「さつきの《ナナツーライト》は!」

 すぐさま確認の声を振り向けた両兵と共に《モリビト2号》がこちらへと急速に接近する漆黒の流線型と向かい合う。

《ナナツーライト》は確かに対面し、Rフィールドを構築したのが窺えた。

 速度が僅かに減殺され、その機に乗じて腕を伝い、対ショック服を着込んだ人影が車両内部へと入る。

 南であろうことは疑いようもない。

 赤緒は丹田より声を張り、モリビトを稼働させる。

「モリビト! 絶対に! あの暴走特急を止めてみせる……っ!」

《モリビト2号》の眼窩が青く染まり、Rフィールドで留めていた《ナナツーライト》がその速度に圧倒されて弾き飛ばされたのを視野に入れていた。

「……さつきちゃん……っ!」

『赤緒さん! 後は……』

「頼む……なんて言わせねぇ! 弱気な言葉じゃ止められねぇからよ! 柊ッ!」

「はいっ! 確かに視えます……青い篝火……血塊炉の光……っ!」

 暴走特急は血潮のように赤い輝きを滾らせ、《モリビト2号》へと猪突してくる。

 ――チャンスは恐らく一度きり。

 ならば、と赤緒はその右手を振るっていた。

 決意の輝きか、光を湛えた命を絶つ掌が、闇の胎動を断ち切る――!

 その名は――。

「――ビート、ブレイクっ!」

 人機の命脈を問答無用で止める死神の腕が、BG707に触れた途端に発動し、血塊炉の能力を奪ったのが窺えたが……。

「……止まらねぇッ! この速度で突っ込んでくるんだ、すぐに止まるわけじゃねぇ! 柊! リバウンドフォールを張る準備しておけ! こっちでシステムは何とかする!」

「何とかって……ひゃっ……!」

 下操主についた両兵の咄嗟の機転で稼働を任せた《モリビト2号》が両腕で漆黒の暴走特急を抱えて、リバウンドシールドの出力を最大まで引き上げる。

「止まれぇ――ッ!」

 引き絞られるかのような叫びと共に、《モリビト2号》は数百メートルほど引きずられただろうか。

 あまりの出来事に赤緒は僅かながら遅れた認識で物事を見ていた。

「……完全に、停止した……?」

 モリビトの軸関節からブルブラッドの青い血潮が蒸発して煙を棚引かせている。

 どうやら相当な過負荷がかかったらしい。

「……小河原さんっ!」

「……ああ。何とか、だな……。聞こえてンだろ! 黄坂! 生きてんなら声上げろ!」

 通信に怒鳴りつけた両兵に、沈黙が流れたのも一瞬、小さく南の抗弁が返ってきた。

『……本当、喧しいわね、あんたは……。でも、止めてくれてありがと。そうじゃなきゃお陀仏だったわ。こんな真っ黒いだけの棺桶で』

「……ったく、減らず口だけは立派だな」

 いつもの調子の言葉を両兵が返したことで、ようやく無事を確かめられて、赤緒は涙ぐんでしまう。

 漆黒の暴走特急はその身を傾がせて、装甲から湧き出た赤い光を沈ませていた。

「――本当に! 冗談じゃないよ! こっちは生きた心地がしなかったってば! ……型番のBとGって《バーゴイル》のBGだったんだね、もう大変! まぁ、後の仕事は警察だとか、そういう司法の部分でしょ。さすがに後始末まではやらないって」

 喚いたエルニィの前に赤緒はお茶を差し出し、もう一方で今日の功労者へといつもの湯飲みを差し出していた。

 南は軽い打ち身をしたものの幸いにして軽傷で済んだ。

 ルイの手で今も湿布が張られている。

「冷た……っ! ルイ! あんたってばもうちょい優しくできないの?」

「……怪我作っておいて何言ってるのよ、南」

「不可抗力だってば。赤緒さんが止めてくれなければ今頃ミンチよ、ミンチ! ……おっ、茶柱!」

 あれだけの命の駆け引きの後でも南は平時を忘れない。

 その秘められた強さに赤緒は感嘆してしまっていた。

「……あの、小河原さんは今回のこと、南さんなら分かってって言っていました。……何でそこまでして危険な目に?」

「んー? そりゃ、あれだわ。言った通り。……信じたかったのよ。人機の技術が何でもない、夢の超特急になるって言うの。だって、ロマンを語るのは自由でしょ?」

 何でもないことのように言うものだから目をぱちくりさせていると、南はにかっと、太陽のように笑うのであった。

「でもそうねー……死ぬかと思ったのはこれが最初じゃないし、しょっちゅうのことだから。ただまぁ、ロマンに死ねるんなら……まだ本望じゃない?」

 微笑む南へとルイがぺしっと湿布を張り付ける。

「痛たた……っ! ルイ! 痛いってば!」

「……バカ南。心配させてばっかりなんだから、昔っからそう」

 どこか気心の知れた論調に、赤緒も自然と頬を綻ばせる。

「……いつか、人機が車や飛行機みたいに、か……。そうなる日が、来るといいですね……」

 まだ遠くとも、望むことはできるから――。

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