JINKI 125 模造師は嗤う

 その言葉にシバは肩を竦めていた。

「芸術を愛でる、というのも素晴らしいものだ。時にはそれが清涼剤になることもある。しかし……これはちょっとした厄介でな」

「厄介? ただのプラモデルじゃないの」

「ふむ、そう見えるか。まぁ、目を凝らしてみろ。この細部まで整ったデザイン、それに開示されていないはずの部位までどうしてなのだか、この模型は精巧に作り込まれている。そう、まるで……誰かが人機の技術の手ほどきでもしたかのようにな」

 シバの言わんとしていることがようやく分かってきた。要は、あまりに出来がいいのは不自然だと言いたいのだろう。

「……アンヘルが情報提供を? そんなの放っておけばいいでしょうに」

「いや、これはアンヘルではないな。何よりも、人機の技術とその内部構造までアンヘルが民間の会社に通すと思うか? これは、ともすれば《モリビト2号》と言う機体への弱点にもなり得るものだ。これまでアンヘルが商品展開してきたデフォルメのオモチャとはわけが違う」

「……何が言いたいわけ?」

 シバは息をついて、カプセルの中の《モリビト2号》を見据える。

「これはアンヘルのものでもなければ、民間のものでもない、と言う線だ」

「それっておかしいじゃないの。トーキョーアンヘルのPRの一環だと思ったほうが自然じゃ?」

「しかし、この精巧さは毒となる。ジュリ、お前にはこれの調査をしてもらいたい」

「……呆れた。また私を顎で使う気? マージャの時と言い、体のいい諜報員じゃないんだからね」

「そう言うな。お前は赤緒に近づきながらも敵対されてはいない。信を置いている、と言ってもいいだろう。だからこそだ。俗世のことに関しては詳しいだろう?」

「……そりゃあね。溶け込むためには努力はしたわ。でもこんなの、ただのプラモじゃないの」

「それがただの、で済むかそうでないかは分からんぞ。現にこれはあるのだ。それに……研究部門からは音沙汰もない。人形使いのセシルもヴィオラも返答なしだ。これは奇妙だとは思わないか?」

「……まぁ、あの二人は暗躍が趣味みたいなものだからね。今も新型人機の建造に躍起なんじゃないの?」

「シャンデリアからは見えんこともある。一任するぞ、この職務」

「……ちょっと待ちなさい、シバ」

「何だ? 放棄するのなら他の者に頼むが」

「やるわよ。その代わり、これ、明日のテストの問題用紙。今日中の仕事なの。仕上げておいてね、よろしくー」

 手渡してジュリは去っていく。

「……私がか?」

 問題用紙を前にして硬直するシバを他所に、ジュリは己の愛機に乗り込んでいた。

 真紅の外装を持つ《CO・シャパール》のコックピットに入るなり、ジュリは思案する。

「でも……これが本当に誰かの思惑だとして、一体何の意味が?」

「――本当に、何の意味なのかしらね、これ」

「お茶が入りましたよー……って、あれ? 南さんに立花さん? 難しそうな顔をして、何を……えっ、これって……モリビト?」

 卓上に直立しているのは確かに《モリビト2号》の縮小されたモデルであった。

「また立花さんが?」

 視線を寄越すとエルニィは心外だと怒る。

「またって何、またって……。これはボクの仕事じゃないよ。って言うか、どれだけ見ても……うーん、これって……」

「そうね、これはまた……厄介な……」

 何とも煮え切らない表情をするものだから赤緒は不安に駆られてしまう。

 こわごわと《モリビト2号》のモデルに触ると思ったよりもずっと軽い。

「あっ、これ……プラモデルですか? へぇー……よく出来てるんですね。またアンヘルのPRのお仕事で、これの商品化でも?」

 当然、そう思ったのだが、二人は腕を組んで渋面を突き合わせる。

「いや、これは……どうと言えばいいのかしらね」

「まぁハッキリ言っちゃうと、これ、想定外なんだよ」

「……想定外?」

 きょとんとする赤緒に南が声を振る。

「今までのPRって、大抵何かしら噛んでいたものだけれど、これは噛んでいないの。寝耳に水で、友次さんからもたらされた情報なわけ。このプラモデルも……よく出来ているのがかえって困るのよ」

 ため息をついた南に赤緒は手元のプラモデルの関節を動かしてみせる。

「わぁっ……本当によく出来てるんですね。しっかり関節も動きますよ、これ……!」

 少しだけ感動するこちらを他所に、二人の深刻そうな顔立ちはより深くなる一方である。

「……あのー、何でそんなに……?」

「赤緒ってば楽天的だよねー。その脳みそ、たまに見習いたくなってくるよ」

 エルニィがやれやれと肩を竦めるのに赤緒はいきり立って言い返していた。

「なっ……! 立花さんだって日がな一日ゲームばっかりしてるじゃないですかぁ……。それに、今回のこれも、噛んでないって言ったってお金はもらっているんでしょう?」

「うーん……それが今回のは本当に謎なんだよね。どこから……いや、誰からこれが漏れたのかって言う……」

 意味するところが分からず、赤緒は当惑してしまう。

「……どういう、意味なんですか?」

「赤緒さん。そもそも、の話をするわね。人機の……まぁトーキョーアンヘルの関係しているおもちゃって適当に作っているようでそうじゃないの。当たり前に守秘義務はあるし、教えられることとそうじゃないことの別は一応、きっちりつけているのよ」

「はぁ……今回もそうでしょう? よく出来ていますけれど、何か問題が?」

 生返事を返すと、南は呻っていた。

「……うーん、まぁそれが普通の反応か……」

「赤緒、考えてみなよ。自分の乗っている人機の情報、勝手に抜き取られて模造品を作られていれば、どう思う?」

「そっ、それは……っ! 許せませんけれどでも、これ……おもちゃですよ?」

「そう、おもちゃ。でもさ、ボクらから言わせればこう。――よく出来過ぎているんだよ、そのプラモデル」

 それに何の問題があるのか、イマイチピンと来ないでいると、南は説明し出した。

「あのね、赤緒さん。モリビトの技術特許はもちろん、高津重工のものでありながら、トーキョーアンヘルの所有するものである、これは理解できるわよね?」

「あ、はい……何となくですけれど……」

「じゃあここで問題。その技術が不当に掠め取られて、ほぼほぼ完全なコピーを製造可能になれば? それはどうすべきだと思う?」

「どうすべきって……モリビトをその……たくさん造れるって言うことですか?」

「大雑把にはそう考えてもらって差し障りないわ」

 赤緒は一考を挟んだ後に自分なりの答えを紡いでいた。

「……えっと、人機をたくさん造ること自体は、問題はないと思います。でも、それが間違った方向性ならその……問題です、よね……? だってモリビトを違法でコピーできちゃうって言うのは……」

「ようやく分かってきたか……。赤緒はいっつも話の分かりが遅いんだもんなー」

 呆れたため息を漏らすエルニィが手元のプラモデルを指差す。

「外装だけでも、精巧に作るのは難しいはずなんだ。何せ、人機の設計図なんて日本じゃ出回っていないからね。持っていても、自衛隊に《ナナツーウェイ》の修理技術があるかどうかって話。これは何でだと思う?」

「えっと……色んなところが技術を持っていると……思わぬところで落とし穴があるからですか?」

「半分正解。日本で建造するのには、時期尚早だとボクは思っているし、それにキョムの標的地でもあるんだ。量産体制に入った工場をもし、キョムが占拠でもすれば? それはそのまま自分たちに跳ね返ってくるんだよ?」

 ようやく事の重要さが伝わってきた。要は、プラモデル一個でも精巧な逸品が出回ること自体が異常なのだ。

「じゃあこれ……えっと、何なんです?」

「海賊版、って赤緒さんは分かるかしら? 違法に取得した技術で製造された、そういう代物のことを言うんだけれど、これはそれに当たるわね。モリビトはしかも、トーキョーアンヘルの要。……別にナナツーならいいってわけじゃないけれど、監修してないものが出回るのは気分のいいものじゃないのよ」

「……でも、おもちゃですよ?」

「そのおもちゃに意味を見出してくるのが相手だと思ったほうがいいよ。キョムによってそのよく出来たプラモが解析されたら? モリビトの想定外の弱点を突かれればこっちだって窮地に陥る」

「……よく出来てるのになぁ……」

 悪事に使われるとはまるで思えない精巧な逸品に南が長髪をかき上げる。

「まぁ、だから友次さんに頼んで、その工場を早めに抑えようと思っているのよ。どういうルートで、何の経緯でこれが作られたのか。知らないわけにはいかないからね」

「でもなぁ、ほんの数か月だよ? それなのにモリビトの立体図面もなしにここまで出来るのって……やっぱり妙だと思う。ボクの持っている三次元プリンターならまだしもそんな技術、この日本にはあるわけもないし……。ここまで縮小するのだって手間のはずだ。だって言うのに、これ、完璧なんだもん」

 エルニィが太鼓判を押すほどだ。

 それほどまでにこのプラモの出来は異常なのだろう。赤緒は手元で弄りながら考え込んでしまう。

「……でももし……そういう、よくない人たちのせいだったら……どうなるんですか?」

「工場を封鎖……できればまだいいほうだと思うわ。でも……何らかの力が働いているとしか思えないのよねー……これはまだ勘の域だけれど」

「南の勘って当たるし、多分面倒事だよ、これ」

 エルニィの予見めいた言葉に、赤緒は手の中にあるモリビトのプラモへと視線を落としていた。

「――で、プラモ工場の監視、ってわけか。あのな、黄坂。オレらも暇じゃねぇはずだが?」

 下操主席でそうぼやく両兵に南からの通信が返ってくる。

『仕方ないでしょ。……《モリビト2号》はその位置で別命あるまで待機。一応、もしもの時のために長距離滑空砲のスペックには目を通したわね?』

「あー、これか。取り回しの悪い砲台なんて持たせやがって。そんなに動いていることがバレたら厄介なら放っとけばいいんじゃねぇの?」

『……両、あんた分かっているとは思うけれど、これはただの盗作騒動じゃないのよ? 人機の精巧な技術の模倣ってのがどれほどまずいのかって言うのは……』

「言われるまでもねぇよ。しかし、モリビトのプラモか。……確かに、よく出来てら。これ見たら……あいつも喜んだだろうな」

 あいつ、と称される人間が誰なのか、赤緒にはこの時察しがついていた。

「……青葉さん、ですか?」

「おう。あいつ、南米でもスクラッチビルド……いや、有り物で作ったからミキシングビルドか。そういうの作っていたくらいだからな。モリビトが商品になったとなりゃ、いの一番に買って遊んでいただろうなってな」

「……青葉さんはモリビトのこと、本心から愛していたんですね」

「モリビトだけじゃねぇさ。人機そのものだ。……あいつは人機を愛し、人機に愛された……そういう奴だったからな」

 どこか両兵の心ここに非ずと言った声音に、赤緒は声を振り向けていた。

「あの……でももし、あの工場が悪い人たちのその……」

「分かってンよ。もしもの時は叩く。それはオレらじゃなきゃいけねぇはずだ」

 その決意が結ばれた、その直後であった。

 突如として宵闇の空から舞い降りた光の柱が工場の付近に発生する。

「……何で……キョムの襲撃?」

「連中、既に目ぇつけてやがったのか……! あるいは偶然か? どっちにせよ、会敵準備だ! 柊! 照準補正、任せるぞ」

「は、はいっ! ……でも、何で……」

 その疑問が氷解する前に、照準器の向こう側に出現した真紅の人機に赤緒は息を詰まらせていた。

「……嘘、ジュリ先生……?」

「何だ? 八将陣自らお目見えかよ。一体何があるってンだ!」

 照準に僅かな迷いが生じたその一瞬、《CO・シャパール》は工場を視野に入れて片腕を翳す。

「……まだ工場には人が……!」

 急いた引き金は《CO・シャパール》の足元に着弾する。それで相手もこちらの動きを悟ったらしい。

『あら、赤緒じゃない。……じゃあ、何。やっぱりあの子の勘は当たりってわけ』

「ジュリ先生……、やっぱりキョムも狙っているんですか!」

『……やっぱり? どういう意味なのか問いただしてもいいけれど、ま、ここは目的自体は同じみたいね』

《CO・シャパール》のバイザー状の眼窩が煌めき、痩躯を活かして一気に肉迫してくる。

 両兵が舌打ちを漏らして《モリビト2号》に稼働をかけさせていた。

「……トウジャみてぇな、加速度のかけられる細身の人機……ッ! それプラスライトとマイルドの女型を採用したってのは、どうにもやり辛ぇ……ッ!」

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