JINKI 135 あなたのくれた祝福の日に

「ご、ごめんなさい……。そんなことだとは思わなくって……」

「いや、まぁ本人は気にしてンだか気にしてねぇんだか分かんねぇ部分もあるんだけれどよ。それでもあいつ……誰かの誕生日には無理してでも笑おうとしやがる。それが何だか事情を知ったるオレたちからしてみれば……見ていられねぇってのはマジのところだ」

 青葉はぎゅっと拳を握り締めていた。

 期せずとは言え、知ってしまった責任はあるはずだ。

「……そうだ、両兵! 南さん、どこに居るか分かる?」

「黄坂の居場所ぉ? ……大方いつものヘブンズのナナツーの上だろ。あいつ、嫌なことがあるといっつも人機に乗ってるからな」

「じゃあその……一緒に行かない?」

「オレとお前が? ……何でだよ。お前の誕生日に祝ってくれとでも言うつもりかよ」

「違う……ってわけでもないんだけれどでも……知っちゃったことは正直に言わないと。何だかずるいよ……」

 その返答に両兵は苛立たしげに後頭部を掻いてから、眉をひそめていた。

「……ああ、もうっ! ……言っとくが、いい顔はされないと思うぜ。あいつがどんだけ楽観主義でも思うところくらいはあるだろうからな」

「それでも……私、南さんに何かしてあげたい! だって私、貰ってばっかりなんだもん! ここに来てからずっと……! だから、誰かのためになるんなら……!」

「黄坂のため、か。そういうの、重石になるかもしれねぇけれどでも、心意気くれぇは伝わるかもな。……よし、青葉。行くとすっか。……しかし、黄坂と会ってどうするよ? あいつに、誕生日を嫌いにならないでとか言うつもりか?」

「……そこまで考えてなかったけれど、だって誕生日ってきっと……誰にとっても祝福されるべき日だと思うから……私……」

「黄坂も、か。あいつが正直に話を聞くとも思えんのだが、まぁ、やるだけやって、それでへそ曲げられたんならそこまでだな」

「……何だか不思議。両兵、ちょっとだけ嬉しそう」

 平時よりも声の調子が浮ついているような気がする。それを指摘すると両兵は顎に手を添えて考え込む。

「……何でだろうな。正直な話、とことんデリカシーとかはねぇとは思うぜ? でも……あいつが自分も他人も誕生日を祝えるのなら、それなら別に嫌われようが何されようがいいかって思えンだよ。まぁ、長い付き合いだからな」

 訓練場で佇んでいる《ナナツーウェイ》のコックピットに、南は乗っているようであったが声をかけるべきか戸惑っていると両兵が後ろから大声を出す。

「黄坂ァ! ベソ掻いてねぇでとっとと降りてきやがれ!」

「何よぅ! 両! 誰がベソ掻いてるですって!」

 売り言葉に買い言葉で反応した南に両兵は降りるようにハンドサインを送る。

 南はむくれながらもそれに従っていた。

「……で、何? あんたが用なんて珍しい」

「あの……南さん。私、今日が誕生日で……」

「あら、そうなの? おめでとう、青葉! えーっと、何歳だっけ?」

「あっ、十三才で……」

「へぇー、そう。一番いい時期じゃない。うんうん! やっぱり若いっていいわねぇ」

「ババくせぇこと言ってんじゃねぇよ、黄坂。……お前の事情、青葉には話しておいた」

「……そう」

 別段表面上は気に留めた様子もなさそうであったが、青葉は言葉を継いでいた。

「あの、その……! だからってわけじゃないんですけれどでも……! 誕生日、決めませんか?」

「誕生日を……決める? 私の?」

「はい! その……いつ頃がいいとかあれば……」

「いや、そんなのはいいんだけれどさ。いいの? 誕生日って勝手に決めて。それに私は別に、誕生日がどうとかこだわらないけれど」

 南の論調は平時と変わらない。

 だが、それでも――本物の誕生日が分からないというのは何か、青葉の心には引っかかっていた。

「でも私……ここに来て、色んな人に貰いっ放しで……。誰かに何かをあげたいと思うのはその……間違いなんでしょうか……」

 尻すぼみになっていく声に南はうーんと腕を組んで呻る。

「でもさー、誕生日なんて正直、いつでもいいが本音なのよねー」

「黄坂、お前、夏好きだろ。だったら、夏時分でいいんじゃねぇのか?」

「何よぅ、両。考えてくれるの?」

「暇潰しだ、暇潰し」

「そうねぇ……。でも、こっちじゃ年中スコールだったり暑かったりもするし、夏がどうとかこうとか、気にはしないけれど……」

「でもその……決めておけば私、南さんの誕生日を祝えますし。そうすれば今度は私が、南さんに何かあげられる番になるから……」

 だから、南の誕生日を決めてあげたいのだが、彼女は腕を組んで呻るばかり。

「うーん……本当にいつでもいいのよねぇー……。ルイは10月だけれど」

「じゃあその、特別な日なんてどうですか? 夏だと、海の日とか……?」

「海かー。海ってあんまし縁がないからピンと来ないのよねぇ……」

「じゃあ……どうしよ、両兵。何かいい案でもある?」

「オレに振ンなよな……。いい案ねぇ……。日本じゃ、夏の前は梅雨だよな? あのジメジメした」

「あ、うん……それがどうかした?」

「じゃあ、その梅雨が晴れる時期でいいんじゃねぇか? 夏の始まりの時期だろ」

「ってなると……夏至かなぁ? 6月の21日」

「夏至、って、何だっけ?」

「昼間の時間帯が長くなる日なんです。その、明るい南さんにぴったりの日かも」

「あー、じゃあ私の誕生日は今日から6月21日にしますか」

 思ったよりも軽く決まってしまったので、青葉は少しだけ狼狽してしまう。

「あの、そんな軽いノリで決めちゃって……」

「いーの、いーの。誕生日なんていつだろうが変わりゃしないんだから。元々が戸籍がどうのこうのの話だし」

「な? こういう奴なんだよ、青葉。別段、誕生日を決めてやることもなかったんじゃねぇのか?」

 そう言われてしまえば立つ瀬もないが、それでも青葉は少しだけ充足感を得ていた。

「でも……これで南さんの誕生日をお祝いできるだから、きっとこれでよかったんだと思う」

「まぁ、年を取るのが憂鬱なくらいかしらねぇ。……ん? そういえば誕生日と言えば赤飯に豪華料理にケーキじゃない! 青葉! 両! 早く行かないとなくなっちゃう! 早い者勝ちなんだからね!」

「あっ、待ってくださいよ! 南さん!」

 つんのめって後を追う青葉へと、両兵が語りかける。

「な? 別になんてことねぇだろ。あいつ自身、気にもしてねぇンじゃねぇの?」

「……でも、誕生日が分かんないのはちょっと悲しいと思う。だから、私、ちょっとだけ誇らしいんだ。こんな私でも、南さんにしてあげられたことがあるって言うのは……」

 南本人がどう思っているのかは不明だがそれでも、貰ってばっかりではいられない。

 誰かに与えることができれば自分は、少しでも前に進めるような気がするから――。

「――遅い! どこまでケーキ買いに行っていたのさ!」

 玄関先で待ち構えていたエルニィに、ルイはケーキを差し出す。

「うるさいわね、自称天才。ちょっと遠回りをしてきただけよ」

「何さ、それ。ケーキ、駄目になってないよね?」

 エルニィはすぐさま中身を確認して、さつきへと手渡していた。

「さーつき! ホールケーキみたい。ロウソク立てようよー」

「あっ、ちょっと待ってください。えーっと……南さんの年齢は28歳でしたね。じゃあ28本かな」

 わいわいと騒がしいアンヘルメンバーの声を聞きながら、南は軒先で涼んでいると、ルイがそっと隣に座ってくる。

「……感謝してよね、南。こういうの苦手だろうから、少しでも時間稼ぎしたんだから」

「そうねー。あんがと、ルイ。でも私、もう誕生日は別に、苦手じゃなくなったかな。だってこれってさ、貰い物だから。青葉と……両から貰った、私だけの誕生日。……だからだったのかも。何だか朝からちょっとナーバスになっていたのも」

「何それ。南らしくないでしょ」

 何でもないように言ってのけるルイの距離感が今はありがたい。

 居間へと戻っていたルイと入れ替わりで、両兵が佇んでいた。

「……よぅ、黄坂。誕生日だったか」

「そうみたいね。にしても、夏至ってあっちとこっちじゃまるで逆でビックリだわ。あっちだと夜のほうが長かったのにね。こっちだと昼間が長いこと長いこと……」

「……合わねぇか?」

「ううん、何だかまるで逆だったのも込みで、これが私の誕生日って感じが、ようやくするようになってきた。それに……明るい時間の長いほうが、思い悩まないで済むもの」

「日本に来てよかったところって奴か」

 両兵は言葉少なだ。

 だがその実では自分の誕生日を決めてくれた、そういう因果もある。

「……今度はあんたの誕生日を祝わないとね。あー、でも4月4日だっけ? もう終わってたか」

「誕生日嫌いだった黄坂南の言葉とは思えねぇな、それ」

「南米の話でしょ。それに……私も、あげられる物があるのかなって、今は思えているし。……何だかんだで、年齢を重ねるだけが誕生日じゃないのね。自分だけじゃなくって、誰かのためにもあるのが、誕生日なのかも」

 だから、精一杯明るく振る舞って、精一杯この誕生日を楽しもう。

 それがきっと、巡り巡って誰かの生まれた日を祝福できるような気がする。

「南ー、ケーキの準備できたよー」

 エルニィの声に南は明かりを消した居間の中央で、照り輝くロウソクの光を視界に焼き付けてから、息を吹きかける。

「ハッピーバースディ! 南!」

 拍手が連鎖して南はガラにもなく照れてくる。

 そこでふと、南は全員の顔を見渡していた。

「……そっか。もう一人じゃないんだ……」

 何だかそんな簡単なことにも気付けずに、誕生日を迎えたのがちょっとばかし間抜けで、自分でも笑えてくる。

 だから、ロウソクの火を消して、そして乾杯しよう。

 ――大事な人たちのくれた、温かな日々に感謝を込めて。

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