JINKI 142 アンヘルのお正月三番勝負

 となると、必然的に自分は南と組むことになるのだが、南は川本から受け取ったタオルで顔を拭いてよし、と息巻く。

「いっちょやってあげましょう! 青葉!」

「……はい! 私も南さんも、負けないですし!」

「……威勢だけはいいがな。こちとら負けなしの黄坂のガキが付いてんだ。負けるわけねぇ……」

「じゃあ、ゲームスタート!」

 南がサーブするのをルイがすかさず取るかに思われたが何故だかルイは硬直して、それを取り逃す。

「おわっ……! おい、マセガキ! 何で取らねぇンだ?」

「……緊張して……」

 ハッと理解したのは何も自分だけではないらしい。南と視線を交わし合い、次々と得点を取っていく。

「おいおい! さっきの勢いはどこ行ったんだよ! つーか、取れって! オレばっか動いてんじゃ割に合わねぇし……」

「えーっと……ゲームセット。罰ゲームはルイちゃんと両兵だね」

 両兵の頬っぺたにぐるぐると筆を走らせていると、彼は納得いっていないようで呟いていた。

「……何でこんな目に……。絶対勝ててたろ……」

「文句言わないの。勝負って言ったの、両兵じゃない」

「ルイもねー。それにしても……ルイ、あんた傑作よ……」

 腹を抱えて笑い出す南にルイの顔へと視線をくれると、落書きまみれの顔の額には「肉」と書かれている。

 思わず自分も吹き出してしまうと矢のような怨念の眼差しが飛んでくる。

 両兵も川本からもらった鏡に映った自分の面持ちに、渋面を浮かべていた。

「……一発勝負じゃねぇ。三本勝負だ! ヒンシ、次だ、次!」

「えーっと、じゃあ筆と墨汁もあるんだし、書初め勝負ってのはどうかな」

「カキゾメって何だ?」

 両兵の疑問にそこからか、と川本は説明する。

「今年の抱負でも何でもいいから、この書道半紙に書くんだよ。こっちの謹賀新年の文字みたいに達筆ってのは無理かもしれないけれど……まぁこういうの。上手いほうの勝ちだね」

「こればっかしは負けねー。要は文字を書くだけだろ?」

 そう言いつつ、両兵は筆を走らせるも、南から突っ込まれる。

「両、半紙って横に使うものじゃないでしょ。縦じゃないの?」

「うっせぇな、黄坂。気が散る」

「それにあんた、撃墜の字、間違ってるわよ? そっちの下のほうの文字は手だってば」

「だーっ! うっせぇな! 口挟んでくンなよ!」

「青葉さんは……」

 青葉は筆をしっかりと止め跳ねさせ、「謹賀新年」の四文字を完成させる。

 その達筆さには川本も息を呑んでいた。

「あ、青葉さん……上手いんだね」

「あっ、プラモ作りでよく筆使うから。それで慣れちゃってるんです」

「じゃあどう見ても……青葉さんの勝利ー」

「待て待て! ヒンシ! 納得いかねぇ! オレの撃墜の二文字のほうが力強いだろ!」

 突き付けた両兵の作品に対し、川本は渋い顔をする。

「……力強いって言うか、薄汚いって言うか……。そもそもこの二文字、間違ってるよ?」

「細けぇこたぁいいんだって! 何でオレが負けなんだよ!」

「だってどう見たってこれは青葉さんの勝ちでしょ。じゃあ三本勝負だし、二本先取の青葉さんの勝ちで――」

「待て、ヒンシ。最後の勝負までやんねぇと勝ちかどうかは分かンねぇよな?」

「両は負けず嫌いなんだから。相変わらずガキねぇ……」

 呆れ調子の南の言葉に両兵は乱暴に言いやる。

「うっせぇ! 黄坂! 要は最後に勝ちゃいいんだよ。他にも正月っぽい勝負はあるんだろ?」

「とは言っても……羽子板に書初めに……他に何かあったかな……?」

「あれはどうです? 福笑い」

「フクワライ……って何だ? 妖怪か?」

「あーっ、そういうのもあったね。福笑いって言うのは要は目隠しして配置を競うんだ。ちょうどそうだなぁ……ここにモリビトの頭の設計図があるから、それに合わせてパーツを配置してみよう」

 両兵と自分の目を布で覆い、勝負が始まる前に両兵は勝ちを確信した声を出す。

「しくったな、青葉。言っとくが、オレはこれでも野生の勘には自信があるんだ。言っちまえば勘任せの勝負だろ? なに、これを適当に置いていけば、モリビトの顔にはならぁな」

 青葉も置き終ってお互いの布が取られると、そこには滅茶苦茶な場所にパーツを置いた両兵と、ほとんど配置のずれもなく埋めた自分との差があった。

 愕然とする両兵は直後には難癖をつけてくる。

「青葉! てめぇの布、実は見えてンだろ! 何か仕掛けがあるはず……!」

 両兵が布を精査するが、仕掛けがないことが分かったのだろう。顔を青くしてこちらに向き直る。

「それにしたってすごいよ、青葉さん。配置のずれが一ミリ未満だ。どうやってこれを……?」

「あのーモリビトの顔って大好きなんで、毎晩寝る前に見てるんです。カッコいいから……。それと私、見てないほうが集中できるし……」

 照れ隠しに笑っていると両兵がケッと毒づく。

「メカオタクに超能力モドキかよ。クソッ、勝負になんねー」

「まぁ、これで名実ともに青葉さんの勝利だね。おめでとう!」

「両相手に勝つなんて大したものよ、青葉!」

 川本と南の賛辞が気に入らないのか、両兵は立ち上がって大声を出す。

「正月なんてつまんねぇ! 勝手にやってろ、アホバカ」

「べーっだ! 両兵なんて二度とお正月の遊びをやらせてあげないもん!」

「だーれがそんなもんに付き合うか! ヒンシ、片づけ任せたぜ」

「ああっ! もう、どうせそうなっちゃうから嫌だったのに……。でも、お正月、か。僕もよく妹とこうやって遊んだなぁ。何だか懐かしくなっちゃったよ。ありがとう、青葉さん」

「いえ、私……何だか身勝手にお正月の遊びをしただけですし……」

「でも楽しかったのは事実よね? ルイも」

「……知らない」

 ぷいっとそっぽを向いてしまうルイに対し、南はこちらへとウインクを飛ばす。

「……楽しい……。そっか、私……楽しかったんだ……」

 礼を言われるほどではない。それどころか礼を言うのはこちらのほうだ。

「あの……ありがとうございます、皆さん。私、多分お正月を、独りで迎えるのが怖かったんだと思います。おばあちゃんももういないし……今年は一人ぼっちだと思っていたので……」

「青葉さん。一人なんかじゃないよ。みんなが居るんだから。ね? 両兵」

 まだこちらをじっと窺っていた両兵に川本が言いやると、彼はわざと大声で返す。

「知らねぇよ、んなもん!」

 不器用だな、と川本が笑う中で、青葉は三本勝負のあとを眺める。

 羽子板も、書初めも、福笑いも、ついぞまともに楽しんだことのなかった自分が、地球の反対側に来て、ようやく一端に楽しめている――。

 何だか奇跡めいた出来事に青葉はゆっくりと感傷を噛み締めていた。

「……おばあちゃん。こっちは元気にやっているから、だから安心して……。それに、私……日本じゃ得られなかったものをきっと……」

 ――きっと、得られているはずなのだ。

 その眼差しを川本と南に確かめ合ってから、ふと微笑む。

 自然に笑えるようになったのも、アンヘルに来てからだ。

 なら、こうして自然体でいるのはきっと、間違いではないはず。

 そう思えることだけが唯一確かなものならば――。

「――おっ、現。何だこりゃ。オレの謹賀新年の上に……こいつは、あの両兵と操主モドキが書いた奴か?」

 山野の言い草に現太は静かに微笑む。

「そのようだ。私の心配も杞憂だったようでね。青葉君が正月を楽しめるように、何かと考えていたんだが……あの子は私たちの思うよりも、ずっと強く未来を描けている」

 へたっぴな「撃墜」の書初めと達筆な「謹賀新年」が並んでいるのを見やって山野が呟く。

「……オレたちが思うよりもずっと、あの二人は合うのかもな。凸凹コンビってのか?」

「……そうなのかもしれない。私も……あの両兵が書初めをしてくれるとは思いも寄らなかった」

「親の知らねぇところで育つもんさ。ガキってのはな」

 そう言って、フッと互いに微笑みを交わしていた。

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