JINKI 150 「黒と黒」 第九話 逆転の糸口

「これはお宝だよ。シャンデリアからの一時的な転送装置のジャミング……言ってしまえば不要な増援を抑えることができる、ボクらからしてみれば切り札みたいな代物だ」

「じゃ、じゃあ、なずな先生は本当に……?」

「……まぁそもそも、これを手に入れるのにはシャンデリア側のプログラムの中枢近くに潜り込まなくっちゃいけないんだけれど……そこを難なくクリアしている辺り、一体何者なのさ、瑠璃垣なずな……」

 乾いた唇を舐めるエルニィに、さつきは努めて声を明るくさせる。

「その……でも切り札なんじゃ……!」

「……まぁ、今はあの小細工好きの人間に関してはいいとしても、これは……タイミングが難しいね」

「タイミング……ですか?」

「うん。一時的にシャンデリアの光の無効化なんて仕出かすんだから、相当にリスキーなものだよ。ジャミングはできて数分程度。しかも、人機一体分だけ」

 思わぬ言葉にさつきはうろたえる。

「た、たった一体……」

「そう。随分とケチ臭いもんだね。でもまぁ、それでも仕方ないかー。今の今まで全人類が束になっても敵わなかったシャンデリアのシステムの叡智に、これは一応肉薄しているんだし。たったの数分間で抗生プログラムを走らせられればそこまで。二度は通用しない」

「たった一度の……それでも切り札になり得る策……」

「うん。これは……だからシバ側には言わないでおこう」

 エルニィの提言にさつきは首を傾げる。

「何でですか? だって一機でも呼べばそれで終わりなんでしょう? 上手く誘導して、《キリビトコア》を呼ぶようにしてくれれば……」

「……あのさー、その作戦指揮だとか、現場指揮はボクが管轄するの。ブロッケンだけじゃ無理だし、何ならアンヘルの人機を全部投入したって、あの《モリビト1号》には届かないだろうね。タイミングの是非はボクに投げてくれていいけれど、シバには教えちゃ駄目だ。逆に事態を掻き乱される心配がある」

「……立花さんは、その……こっちのシバさんも、信じていないんですね……」

「そりゃそうじゃん。ボクはウェットに生きちゃいないんだ。どっちを信じるかだとかは赤緒だったりさつきだったりに委ねるよ。ボクは勝てる作戦を考えなくっちゃいけない。いい? これは大事でさ。負けない作戦じゃ駄目なんだ。勝つ作戦じゃないと。それに、前回の戦闘のログを見た限りじゃ、どっちのシバにも《キリビトコア》は呼べる素質があると思う。だったら、最大限に狙うとすれば、それは同時展開」

 キーを叩いたエルニィにさつきはモニターを覗き込む。

「同時展開、と言うと……?」

「両方のシバが、《キリビトコア》を呼ぶその直前だよ。そうじゃないと虚を突けない」

 双方が《キリビトコア》を呼ぶ瞬間――だがそれは最大の窮地でもある。

「……それってどっちのシバさんも追い込まれないと無理なんじゃ……」

「そうだよ。だから赤緒には明日の朝一番に言っておく。どうしてなんだか、シバは赤緒のことを信頼し切っているからね。全力で《モリビト2号》で切り込んでもらう。そうじゃないと二人の気も削げないし、それにちょうどいいでしょ? あっちのシバだって赤緒がムキになればなるほど気分は悪いだろうからね。赤緒と両兵には今まで以上に前を張ってもらう。その代わり、ボクは後方支援に徹する。さつきとルイも同じ。一応はこっちのシバを見張ってはもらうけれど、まぁ抑えられないだろうね。あの《モリビト1号》は悔しいけれどキョムの技術のモリビトだ。だから強さは段違いだし、メンテも行き届いている。最善の状態での《モリビト2号》を見せつけられているみたいなもんだよ。だからまず、どっちかのシバを抑えると言う目的は、捨てる」

 あまりにもあっさりと、作戦会議の議題の中心であったものを捨てと言い出すものだからさつきは目を見開く。

「でもそれって……」

「うん。もっと難しい作戦になるね。どっちのシバもある程度泳がせておいて、それで《キリビトコア》を呼ばれる瞬間をしっかりと逃さずに、ボクがジャミングをかけなければいけない。それには、双方のシバに対して、ボクのブロッケンがただの重装備後方支援なのだと思わせなければいけない」

 トン、とキーボードを軽く叩いて作戦内容を書き直すエルニィに舌を巻きつつ、さつきは尋ねていた。

「でも……そんなにうまくいくんでしょうか……? シバさんは……どっちであったとしてもすごく賢いと思います。操主としてもとてつもなく――強い」

 それはこれまでの戦歴を見てくれば明らかだ。《モリビト2号》と《シュナイガートウジャ》、それに《ブロッケントウジャ》が束になっても敵わなかった。

「そうだね、強くって賢い相手ってのはこっちの手数を何手先でも読んでくる。それこそ際限なくって奴さ。でも、そういうのに対して、じゃあこっちが譲りますばっかりじゃ、勝てるものも勝てない。ある程度は泳がせるってのはそのためもある。シバが……まぁこの場合、どっちもなんだけれど、自分の思い通りに進んでいるのだと錯覚しないといけない。そしてその錯覚が最も強くなった時がチャンスだ。《キリビトコア》……あれは確かにとても強いし、勝てるビジョンがまるで浮かばない。そういう類の敵。でもさ、こうも言えるわけ。――《キリビトコア》を出せば勝ちだと、思い込んでいる、とも」

「思い込んでいる……」

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