撮られる側となれば緊張もするもので、少しぎこちない動きで《ナナツーライト》を挙動させたが両兵はオーケーを出す。
「よし! ちぃと動きにキレがねぇが、それがより“ぽくって”いい。立花! 出番だ、ブロッケン動かせ」
「ボクを撮ってよね。さつきばっかじゃなくって」
「心配せんでも、しっかり撮ってやるから、いいから乗れって」
《ブロッケントウジャ》に乗ったエルニィと、さつきの《ナナツーライト》が向かい合い、両兵の指示でそのまま取っ組み合いの芝居を始める。
「よし! そうだ、そのまんま! ……ブロッケンは見た目強そうだから、意外と《ナナツーライト》のほうが出力あるみたいなほうが演出的にイケるな。《ナナツーライト》に押し飛ばされろ、立花」
『何でー? だってブロッケンのほうが出力あるじゃん』
「だからだよ。意外性を狙ったほうがウケはいいんだ。反論は後で聞くから、ブロッケンは《ナナツーライト》に押し負ける。ほれ、やれ!」
『むー……何だか腑に落ちないー……』
そう言いつつも従うのがエルニィで、《ナナツーライト》は格闘戦の後にまるで《ブロッケントウジャ》を押し飛ばしたような構図になる。
「よし! いい画が撮れたぜ、二人とも」
『……何だか癪なんだけれどー。何でブロッケンが負けている図なのさー』
「いいんだってこれで。立花、パソコンあんだろ? 編集やるから、ついて来い」
「……まぁいいけれどさ。両兵、編集なんてできるの?」
「……当たり前だろ、これはウケが狙え……。ん? どうした、さつき」
「あの、そのー……私はどうすればいいのかなって」
両兵はひとしきり考えた後に、こちらへと尋ねていた。
「じゃあ一緒に編集すっか。素材をさばくのには人数要るしな。頼りにはしてンぜ、さつき」
その言葉にさつきはコックピットから出て来て両兵の腕に飛びつく。
「うん! お兄ちゃん!」
「うぉっ、引っ付くなよ、危ねぇな。……まぁ、こういうのもアリか」
「ねぇ、ブロッケンとボクが主役なんだからね!」
「あー、うっせぇな。いい画作りをしてやるから期待しておけ」
『――ジンキファイト! 今週も始まった、ジンキファイト。正義の《ナナツーライト》が悪のブロッケンとの戦いに挑む!』
「……で、出来上がったのがこれ、と……。ドキュメンタリー撮っていたんじゃないの、エルニィ。おっ、茶柱」
湯飲み片手の南にテレビで映し出されるどこか時代錯誤な画質の人機二機同士のもっさりとした戦闘とも言えないプロレスのようなものが映し出される。
「そうなんだけれどさー……まんまと両兵にしてやられちゃって……。気が付いたら、人機同士のよく分かんないもみ合いみたいな戦いを納品されてた……」
「でもこれ、人気なんでしょ? ちょっと人間っぽくチープなのが往年の特撮ファンには刺さるって」
「うーん……わざとフレームレート下げてさつきとかにゆっくり動けって言っていたのはこういう意図があったんだ……。これ、公式には着ぐるみ扱いなんだってさ。でもまさかブラウン管の向こう側の人たちはこれがマジに人機同士で撮っているなんて思いも寄らないんだろうね……」
「ある意味じゃドキュメンタリーじゃない。ありのままを撮っているんでしょ?」
その言葉にエルニィは前髪をかき上げて、うーんと呻る。
「ボクの考えていた番組じゃないってのがなぁ、もう……。何だかんだ言ってこれじゃ着ぐるみプロレスだし、視聴者もこれを狙っていたのかなーってのが……」
「でもあんた一部は通したって言ったじゃない」
「あー、アンヘルのみんなのオフショットみたいなのは。そういやどこかの一部ローカル地域の深夜枠で買い叩きになったんだっけ? ……東京じゃ観れないんだけれど」
「まぁ、いいんじゃないの、これはこれで」
エルニィは承服し切っていないようであったが、さつきは毎週、この時間になるとテレビに珍しくかじりついていた。
「あっ、観てください! 立花さん! 私の《ナナツーライト》が善戦を!」
「もう……撮ったから知ってるってば。なに、そんなに嬉しいの? さつきってば」
「そりゃ……当たり前じゃないですか。だって毎週ですよ、毎週! ……いいなぁ、人気番組になると嬉しいなぁ……」
「いいよね、さつきはお気楽で。ボクのブロッケン、悪役レスラーみたいな扱いなんだけれど」
今週ももっさりとした動きで《ナナツーライト》が《ブロッケントウジャ》を押し飛ばす。
SEや特撮演出は後付けなので、異様にもっさりとした画面に拍車がかかっているのだが、マニアからしてみればそれがいいらしい。
「あっ、終わっちゃった。……お茶淹れてきますね、南さん」
ようやくテレビから離れたさつきは、それでも興奮冷めやらぬ様子で、テレビの《ナナツーライト》の真似をして手刀を切る。
「えい、やっ、と……。何だか私まで強くなったような気がするなぁ……」
「――別にてめぇは強いだろ」
不意にかけられた声にさつきは短く悲鳴を上げる。
「きゃっ……お兄ちゃん……?」
「何だ、さつき。意外と子供なんだな」
「も、もうっ、見てたの……? 放っといてよ……」
「んじゃそうするわ。喉渇いたから茶を貰いに来ただけだし」
脇をすり抜けようとする両兵にさつきは呼び止めていた。
「あの……お兄ちゃんは何であんな風なの……その、撮ろうと思ったの?」
「ん? ……んー、何でだろうな? ガキん頃にヒンシとああいうの観た覚えがあってよ。ちょっと自分でも能力あるんなら撮っちまえれば楽しいかなって思ったんだよ。まぁ、道楽だな」
「その……お兄ちゃんとそれを観ていた頃は……楽しかったの?」
両兵は少しだけ考えるように中空を眺めてから、まぁと口にする。
「オレはホントにガキだった頃だからな。楽しかった以外の感情なんて覚えちゃいねぇ。……ヒンシはあれでオレより結構年上だったが、オレと一緒の時は趣味合わせてくれてよ。ガキだと思われていたんだろうが、それでも……趣味の合う野郎と一緒ってのは楽しいもんだ」
その面持ちがどこか誇らしくも思えて、さつきは我がことのように胸の中があったかくなる。
「その……お兄ちゃんは、……ううん、小河原さんはお兄ちゃんと一緒に居た時、とても楽しかったんだって、あの番組見ていたら伝わってきちゃった。だって本当に……《ナナツーライト》がまるで正義のヒーローみたい」
「みたいじゃないだろ。お前だってアンヘルの一員だ。誇っていいんだぜ。あれは別にねつ造でも何でもなく、何ならドキュメンタリーなんだからな」
「ドキュメンタリー……。それはその……」
「お前が強くなるまで、だろ? そういうのなら喜んで力貸すぜ」
――そう、これは自分が一端に強くなるまでのドキュメンタリーなのかもしれない。
「……うんっ! お兄ちゃん!」
――いつか空想ではない、本物の地平でも誰かを守れる剣になれますように。