「……よりにもよって互いに軽装型の人機なんて。本当、あんたとは仲良くできそうにないわ」
『それはお互い様なんじゃ? 元より仲良くなんて想定していませんよねぇ?』
《CO・シャパール》の刃で斬り込む。
相手が半身になって回避した瞬間、光学迷彩の皮膜が解け、実体が露わになった敵人機が逆手に握り締めた刃を打ち下ろす。
ジュリの《CO・シャパール》は既に次手として地面を這う電磁鞭を跳ねさせていた。
しかし、電磁鞭の射程を潜り抜け、敵人機は跳躍する。
「……私の鞭より、機動力が上……!」
『嘗めないでくださいねぇ? 機動性で後れを取るような人機じゃないですよ。私も《ナナツーシャドウ》も!』
《ナナツーシャドウ》と呼称された人機は《CO・シャパール》を抑え込むかのように展開し、リバウンドの効力を持つ刃を払っていた。
電磁鞭が引き裂かれ、《CO・シャパール》は刃の腕を突き出す。
そのまま幾度かの交錯が、無人の校舎で響き渡る。
宵闇が近づきかけている夕映えの刻限に、火花が散り、真紅の《CO・シャパール》と漆黒の《ナナツーシャドウ》の軌跡が刻まれていた。
「あんたは……何者!」
『それも応える義務ありませんよねぇ? 八将陣、ジュリさん。あっ、ジュリ先生でしたっけ? この学校では』
「あまり減らず口が過ぎると――舌を噛むわよ!」
突き上げる一撃と相手の刃が交差し、互いに一度、干渉波がスパークした刹那には、弾かれ合うように距離を取っていた。
「……ここまでみたいね」
『そうですかぁ? まだやれそうでしたけれどぉ?』
「……強がるものじゃないわよ、あんた。それに、どうしたって決着を付けたいのならそうするけれど、それがお望みじゃなさそうだし」
『あれぇ? 分かっちゃいましたぁ?』
「……まだ私も先生業、辞めたくはないからね。今日はこの辺にしてあげるわ」
『それってぇ、弱い側が言うセリフですよねぇ?』
明らかな挑発であったが、ジュリはコックピットから出るなり、相手と対峙する。
その行動の意味が分からないほどの相手ではないようで、なずなもコックピットから出ていた。
互いに生身での睨む目線を交差させた直後――お互いに同じタイミングでぷっと吹き出す。
「……いや、待って……。笑うつもりじゃなかったんだけれど、笑えるわね、私たち」
「そうですねぇ……だってお互い、静かにするつもりがこんな大規模な対人機戦闘をやっちゃって……間抜けですね、私たち」
「お互い様、ね。……私はまだ静かに先生でいたい。あんたも同じ気持ち。それは刃を交えればよぉーく分かったわ。じゃあこうしましょう? 学校はお互いに不可侵地帯。でもそれ以外で会えば容赦はしない」
指鉄砲を向けたこちらに対し、なずなは特徴的な三つ編みを払って応じる。
「ええ、元よりそのつもりですしぃ。……私はこの学校ではただの教育実習生、瑠璃垣なずな」
「私もただの教師、八城ジュリ。これで一旦は納得でいいわね?」
「ええ! ……ですが別の場所で会えば……」
「殺し合いの間柄でしょ? もちろん、そのつもりよ」
なずなは黄昏の差し込む時間帯に、柔らかい笑みを刻んでから、西の空を眺める。
「……目的があるんです。ある人間を追わなければいけない目的が。その目的のためなら、私は手段を選びません。そのための教育実習生」
「いいの? そこまで私に話しちゃって。私は恐らくあんたの仇となる八将陣、キョムの側よ?」
「……いいんですよぉ。だってここでは、操主瑠璃垣なずなではなくってぇ、ただの教育実習生ですし」
なずなが微笑んだ直後には、《ナナツーシャドウ》は光学迷彩に入っている。
しかし今のジュリには追うつもりもなかった。
「ジュリ先生。先生としていーっぱい、教えてくださいねっ! 私に必要なこと♪」
その言葉を潮にしてなずなは影も形もなくなる。
八将陣としては間違いかもしれないが、ここではこれでいいはずだ。
「……だって私も、八城ジュリだからね。ここでは」
「――あのぉ、ジュリ先生? 何かありました?」
翌日に声をかけてきた赤緒に対し、ジュリは何でもないように応じる。
「何もなかったわよ、別に。……何か変だった?」
「いえその……ジュリ先生、また大きな秘密でも、抱えたんじゃないかって……そう思ったんです。……違えばいいんですけれど」
赤緒の慮った声に、ジュリはフッと笑う。
「……あんたが本当に鈍かったら、どれだけ楽だったでしょうかね」
「えっ、それってどういう……」
返答が来る前にジュリは赤緒の栗色の頭を撫でてやる。
「い、痛い、痛いですってば!」
「赤緒のくせに、生意気なのよ。大人には色々と忙しいことがあるの。あんたはせいぜい、一回しかない高校生活をエンジョイなさい。それが一番のはずだからね。これは八将陣、ジュリとしてではなく、あなたの担任、八城ジュリとしての言葉です」
「へっ……それってどういう……」
「じゃあね、赤緒。あっ、今度のテスト、また前みたいな点数だったら補習だからねー」
「えっ……点数と単位をどうにかしてくれるんじゃ……」
その言葉にジュリは一瞥を振り向けて、微笑みかける。
「甘えるなー? 赤緒。そんな都合のいい話、あるわけないでしょーが」
「じ、ジュリ先生……!」
じとっと睨みつける赤緒の視線をかわして、ジュリは振り向かずに手を振る。
桜を舞わせた春風がさっと、校舎の中を突き抜けていた。
――思い貫くのならば、今はまだ、この平穏だけを噛み締めて。