JINKI 155 思い貫くのなら

「……よりにもよって互いに軽装型の人機なんて。本当、あんたとは仲良くできそうにないわ」

『それはお互い様なんじゃ? 元より仲良くなんて想定していませんよねぇ?』

《CO・シャパール》の刃で斬り込む。

 相手が半身になって回避した瞬間、光学迷彩の皮膜が解け、実体が露わになった敵人機が逆手に握り締めた刃を打ち下ろす。

 ジュリの《CO・シャパール》は既に次手として地面を這う電磁鞭を跳ねさせていた。

 しかし、電磁鞭の射程を潜り抜け、敵人機は跳躍する。

「……私の鞭より、機動力が上……!」

『嘗めないでくださいねぇ? 機動性で後れを取るような人機じゃないですよ。私も《ナナツーシャドウ》も!』

《ナナツーシャドウ》と呼称された人機は《CO・シャパール》を抑え込むかのように展開し、リバウンドの効力を持つ刃を払っていた。

 電磁鞭が引き裂かれ、《CO・シャパール》は刃の腕を突き出す。

 そのまま幾度かの交錯が、無人の校舎で響き渡る。

 宵闇が近づきかけている夕映えの刻限に、火花が散り、真紅の《CO・シャパール》と漆黒の《ナナツーシャドウ》の軌跡が刻まれていた。

「あんたは……何者!」

『それも応える義務ありませんよねぇ? 八将陣、ジュリさん。あっ、ジュリ先生でしたっけ? この学校では』

「あまり減らず口が過ぎると――舌を噛むわよ!」

 突き上げる一撃と相手の刃が交差し、互いに一度、干渉波がスパークした刹那には、弾かれ合うように距離を取っていた。

「……ここまでみたいね」

『そうですかぁ? まだやれそうでしたけれどぉ?』

「……強がるものじゃないわよ、あんた。それに、どうしたって決着を付けたいのならそうするけれど、それがお望みじゃなさそうだし」

『あれぇ? 分かっちゃいましたぁ?』

「……まだ私も先生業、辞めたくはないからね。今日はこの辺にしてあげるわ」

『それってぇ、弱い側が言うセリフですよねぇ?』

 明らかな挑発であったが、ジュリはコックピットから出るなり、相手と対峙する。

 その行動の意味が分からないほどの相手ではないようで、なずなもコックピットから出ていた。

 互いに生身での睨む目線を交差させた直後――お互いに同じタイミングでぷっと吹き出す。

「……いや、待って……。笑うつもりじゃなかったんだけれど、笑えるわね、私たち」

「そうですねぇ……だってお互い、静かにするつもりがこんな大規模な対人機戦闘をやっちゃって……間抜けですね、私たち」

「お互い様、ね。……私はまだ静かに先生でいたい。あんたも同じ気持ち。それは刃を交えればよぉーく分かったわ。じゃあこうしましょう? 学校はお互いに不可侵地帯。でもそれ以外で会えば容赦はしない」

 指鉄砲を向けたこちらに対し、なずなは特徴的な三つ編みを払って応じる。

「ええ、元よりそのつもりですしぃ。……私はこの学校ではただの教育実習生、瑠璃垣なずな」

「私もただの教師、八城ジュリ。これで一旦は納得でいいわね?」

「ええ! ……ですが別の場所で会えば……」

「殺し合いの間柄でしょ? もちろん、そのつもりよ」

 なずなは黄昏の差し込む時間帯に、柔らかい笑みを刻んでから、西の空を眺める。

「……目的があるんです。ある人間を追わなければいけない目的が。その目的のためなら、私は手段を選びません。そのための教育実習生」

「いいの? そこまで私に話しちゃって。私は恐らくあんたの仇となる八将陣、キョムの側よ?」

「……いいんですよぉ。だってここでは、操主瑠璃垣なずなではなくってぇ、ただの教育実習生ですし」

 なずなが微笑んだ直後には、《ナナツーシャドウ》は光学迷彩に入っている。

 しかし今のジュリには追うつもりもなかった。

「ジュリ先生。先生としていーっぱい、教えてくださいねっ! 私に必要なこと♪」

 その言葉を潮にしてなずなは影も形もなくなる。

 八将陣としては間違いかもしれないが、ここではこれでいいはずだ。

「……だって私も、八城ジュリだからね。ここでは」

「――あのぉ、ジュリ先生? 何かありました?」

 翌日に声をかけてきた赤緒に対し、ジュリは何でもないように応じる。

「何もなかったわよ、別に。……何か変だった?」

「いえその……ジュリ先生、また大きな秘密でも、抱えたんじゃないかって……そう思ったんです。……違えばいいんですけれど」

 赤緒の慮った声に、ジュリはフッと笑う。

「……あんたが本当に鈍かったら、どれだけ楽だったでしょうかね」

「えっ、それってどういう……」

 返答が来る前にジュリは赤緒の栗色の頭を撫でてやる。

「い、痛い、痛いですってば!」

「赤緒のくせに、生意気なのよ。大人には色々と忙しいことがあるの。あんたはせいぜい、一回しかない高校生活をエンジョイなさい。それが一番のはずだからね。これは八将陣、ジュリとしてではなく、あなたの担任、八城ジュリとしての言葉です」

「へっ……それってどういう……」

「じゃあね、赤緒。あっ、今度のテスト、また前みたいな点数だったら補習だからねー」

「えっ……点数と単位をどうにかしてくれるんじゃ……」

 その言葉にジュリは一瞥を振り向けて、微笑みかける。

「甘えるなー? 赤緒。そんな都合のいい話、あるわけないでしょーが」

「じ、ジュリ先生……!」

 じとっと睨みつける赤緒の視線をかわして、ジュリは振り向かずに手を振る。

 桜を舞わせた春風がさっと、校舎の中を突き抜けていた。

 ――思い貫くのならば、今はまだ、この平穏だけを噛み締めて。

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