JINKI 156 誇りある職務を

 ターゲットを一つずつクリアしていく様は圧巻で、それが突き抜けた後には塵一つとして残らない。

『アルベリッヒレインは放射熱と共に加速を行い、そして次手へと繋げる布石! これが、アンシーリーコートです!』

 漆黒の人機が加速と共に一気に降下し、大きく取られた的へと両腕に装備された刃を突き出す。

 ブレード装備を基点としてオレンジ色の色相が裏返り、そのまま重加速を誇りつつターゲットを貫いていた。

 一連の動作に、各国のスポンサー陣から拍手が送られる。

「素晴らしいですな、あれが彼の《シュナイガートウジャ》ですか」

『いいえ、これはそれを超える新世代の人機! 名を《ヘヴィーシュナイガー》。シュナイガーを超えるシュナイガーです!』

 実況者の熱に中てられたような観客をどこか醒めた目線で眺めていたのは南である。

「……シュナイガーを超えたシュナイガー、ね。メルJを連れて来なかったのは正解かも。こんなの見せられたらあの子、一も二もなく殴りかかっちゃっているわ」

「あのー……でも何で私? 立花さんとかのほうがよかったんじゃ……」

 所在なさげにしているさつきに、南はうぅーんと呻る。

「それもそうだったんだけれどね。ある意味じゃ、こういうのも経験。それに《ナナツーライト》はもしもの時の抑止力にもなるし、適任だと、私は思ったんだけれど」

 さつきは着慣れていない型式ばった服装に身を包んでいるのがどうにも性に合っていないようで、先ほどからきょろきょろと周囲を見渡している。

 南は、と言えばもう何度もこういった人機の品評会には慣れているものの、それでも警戒を怠らなかった。

「いい? さつきちゃん。こういうのって大概、ロクなほうに転がらないんだから。相当まずいことが起こると思ったほうがいいわ」

「ま、まずいことって……」

「飲み物は如何ですか?」

「あっ、いただきま……って、お酒! だ、駄目です、駄目! 未成年です!」

 さつきは当惑の視線を投げつつ、場違いな自分にずっと落ち着かないようだ。

 南は、そもそも何故さつきを選んだのかを思い返していた。

「――エルニィ。あんた、今度の品評会、来れるのよね?」

「あー、あれ? 確か南米に持ち去られたシュナイガーの技術を流用した奴だっけ? ……正直、気は進まないなぁ。ボクの造ったシュナイガーが、盗まれたかと思ったら今度はデータを取るために大国に持って行かれて、その上フィードバックを施した新型機でしょ? ……元々の開発者はボクなのにー!」

 エルニィからしてみれば、自分の手柄を横取りされた気分なのだろう。

 招待状にはこう書かれていた。

「“史上初の、空戦人機の開発の円滑”ですって。あんたが開発したシュナイガーはまるでなかったことになっているわね」

「……気に入らないなぁ。だって、そんなの、メルJの持っていた戦闘データがなければ実現しなかったわけじゃん。それにボクのカスタムがあってのことでしょ? だってのに、自分たちが一から造りました、みたいなのってないよ」

「まぁ、あんたからしてみれば浮かばれないのは分かるけれどさ。どうするの? 行くの?」

 いつもならば仕方ないで承服するエルニィなのだが、今回ばかりは渋っていた。

「……ボクが行ったら、そのシュナイガーもどきを許せないかも」

「うーん……かと言ってあんた、メルJを行かせるわけにはもっといかないでしょ」

 メルJからしてみれば誇りを汚されたようなものだ。如何に今の《バーゴイルミラージュ》でもほとんど大差ないオペレーションを組めているとは言え、《シュナイガートウジャ》への愛着はひとしおだろう。

「どうするの? 最低でも一人は操主が居ないと務まらないわよ」

「かと言って、赤緒は学校だし、ルイは……またどっか行っちゃったし。うーん、どうしようかなぁ。最低でも一人、なんだよね?」

「もしもの時のためにね。私たちアンヘルが率先して火消しに回らないといけない。難儀は話だわ、まったく。あっちが勝手に開発して、勝手に品評会するって言い出してるのに」

「まぁ、その品評会の末にどこに売られるのかも分からないわけだし、そこにキョムでも噛んでいればそれこそ《ダークシュナイガー》の二の舞だ。キョムからしてみればわざわざ、どっかの国が造った人機なんて買うメリットはほとんどないんだろうけれど」

「あっちの科学力はこっちの何倍も先に行っているからねー……。そこんところも込みで視察しないって手はないんだけれど」

「南だけじゃ駄目なの?」

「私は代表者であって血続でもなけりゃ操主でもないからねー。どうしたって有事の際には難しいわよ」

「じゃあ両兵は? どうせ暇じゃん」

「んー、両はこっちのもしもの時の守りに残しておきたいし、何も脅威は品評会だけじゃないからねー……」

「じゃあ誰でもいいんならルイとかでいいんじゃないの? どうせお腹が空いたら帰ってくるんだし」

「ところが、よ。今日中に随伴者を決めろと矢の催促。恐らくあっちからしてみれば整った戦力は邪魔なのよ。だから、強硬策でもいいから、トーキョーアンヘルにはだんまりを決め込んでもらいたいってわけ」

「それは随分と、な話だね。ボクらは元々招かれざる客ってわけだ」

「……あっちのスタンスも納得できないわけじゃないんだけれど、かといってこっちが折れると次からは嘗められちゃう。だから誰でもいいは半分本当で半分は違うってわけ」

「まぁ血続操主のほうが箔は付くし、何よりももしもの時への対処力が違うから、別勢力の台頭も許さないし……何かと都合はいい。じゃあなおさらルイじゃないの?」

「……そうなんだけれどね。あの子もあの子で実験機のトウジャのテストパイロットを買って出ているし、あんまり負担はかけさせたくないのよ」

「南ってば、全方向に気を遣ってるなぁ。それってやっぱり、アンヘルの代表として、って奴?」

「まぁねぇー……。これでもアンヘルの顔みたいなもんだから。他の勢力に下手に呑まれると旨味がないって言うか……。どこかに操主転がっていないかしら」

「かと言って、ボクはなぁ……。シュナイガーもどきを見せられて黙っていられるかって言えば違うし」

 エルニィの言い分も分かる。

 元々《シュナイガートウジャ》を史上初の空戦人機としての触れ込みで開発したのは彼女だ。

 そんなエルニィに、紛い物を評価しろと言うのは少し酷であろう。

「……うーん、どこかに操主でも……」

「お茶が入りましたよ、南さん、立花さん」

 さつきがお盆に湯飲みを乗せて居間に入ってきた瞬間、南はハッとして指差す。

「そうだ! さつきちゃん!」

「へっ……? な、何ですか? お茶に何か入っていましたか?」

「いや、そうじゃなくって……おっ、今日も茶柱。じゃなくって! ……海外に興味はない?」

「どういう……」

 肩をむんずと掴んで南はできるだけ柔らかい口調で説得する。

「ちょーっと海外に用事があって、一人分だけ操主が必要なの。さつきちゃんと《ナナツーライト》なら、適任だわ。来てくれるわよね?」

「ちょ、ちょっと……。南さん、顔が怖いですよ……」

「さつきなら適任じゃない。別にシュナイガーに思うところがあるわけでもないし、《ナナツーライト》なら何があっても対応できるし」

「……それってどういう……」

 疑問符を差し挟まれるよりも先に、南は笑顔で言ってのけていた。

「海外旅行しようって言っているだけよ。あっ、それとさつきちゃん。さすがに会場では割烹着ってわけにはいかないから、サイズに合う洋服を用意しないとね。エルニィ、あんたサイズあんまし変わらないんだから、さつきちゃんに合う服くらいはあるわよね?」

「あるかもだけれど……本当にさつきを連れて行くんだ? 南って人でなしかも」

「何とでも言いなさい。今はさつきちゃんが必要なのよ!」

 さつきは事の次第を飲み込めていないのか、エルニィへと湯飲みを差し出しつつ、そっと問いかける。

「その……南さん、どうしちゃったんですか? いつもより変ですよ……」

「まぁ、南なりの困り事って感じかな。さつきもアンヘルメンバーなんだし、たまには貢献してよ。南も困っているんだからさ」

「……それなら、別にいいんですけれど……」

「決まりね! よぉーし、これで何とかなる……かも」

 大きく伸びをした南に、さつきは首を傾げる。

「……何がどうなるのかなぁ……」

「――南さん、一言も人機の品評会だとは言ってませんでしたよね?」

「あれ、そうだっけ?」

 思い返しつつ、さつきはかしこまった洋服に身を包んだ己を顧みる。

「……学校の制服でよかったんじゃ? こんな大層な服を着ると……何だかむずむずしますし……」

「駄目よ、さつきちゃん。こういう場では嘗められたらお終いなんだから」

 はぁ、と生返事を返しつつ、さつきは大型のモニターに映し出された黒いシュナイガーを目にする。

「……何で黒なんですかね。シュナイガーと言えば銀色だったんじゃ?」

「んー、それも多分、スポンサーの意向とかかな。銀色だとまずい……ってのは違うかもだけれどエルニィの開発したシュナイガーとは一味違うってところを見せたかったんでしょ。まぁ黒だと今度は《ダークシュナイガー》と被っちゃうんだけれど、それはあくまでも関知していない事実、ってのがあっちのスタンスなのよねぇ」

 漆黒の《ヘヴィーシュナイガー》と名付けられた機体はその重武装とは裏腹に機動力は確かであり、今も曲芸飛行を披露してみせる。

 会場からは拍手がわき上がり、《ヘヴィーシュナイガー》を彩っていた。

「……でもあれ、正直に言っちゃうと、ちょっとだけ……」

 言葉を濁すと、南は拍手をしながら応じていた。

「ええ、メルJの乗っていた頃よりだいぶ遅いし、それに全然ね。トウジャのパフォーマンスを出し切れていない。ただ単に重たい武装を付けて、それで飛べるだけの人機ってわけ。うちで言うと、《モリビト2号》に全ての強みを消しただけの機体ね」

「……それって意味ないって言うんじゃ……」

「駄目よ、さつきちゃん。こんな場所で口が裂けても意味ないなんて言ったら、とんでもないことに巻き込まれちゃう」

 さつきは寸前で言葉を飲み込み、《ヘヴィーシュナイガー》の飛翔能力を見据える。

「……でも、ヴァネットさんが乗っていた頃はもっと伸びやかだったのに、何だかあれ……自由がないみたいな動き……」

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