JINKI 156 誇りある職務を

「兵器としての人機ならあれでも及第点なんだろうけれど、まぁ私たちで運用するにはちょっと厳しいわね。あれじゃ《バーゴイル》にだって負けるわ」

「……ですよね。でも、あんなのを売って回っているのが、世界の企業なんですよね……」

 出席した人々の物々しさにさつきは気圧されるものを感じてしまう。

「……まぁね。こんなの、まだまだ序の口なのよ。世界じゃ、裏社会で出回っている人機市場だってあるんだし、表で出してくれる分、こっちのほうが良心的ですらあるのよ。……とは言え、どんな場所で売られていても人機は人機。それこそ、表であろうとも裏であろうともね」

「脅威には違いない……って話ですよね」

「まぁ、そうなるわよね。かと言ってアンヘルが人機市場を独占するとうるさい人間が出て来るわけで。まぁ私たちにできるのはこうして売られる人機を一個一個チェックして、後ろ暗いものがないかだけを確認していく地道な作業って感じ」

「……でも、何で立花さんは来なかったんですか? 私なんかより適任なんじゃ」

「あれで、結構シュナイガーに関しちゃ思うところのある子だからねぇ。こんな半端なシュナイガーの偽装品を見せられたら、それこそ怒ってステージに上がっちゃうわよ。メルJも似たような理由。自分の乗っていた機体をダウングレードされたんじゃ、黙っていられないってね」

 さつきは飛翔形態に入った《ヘヴィーシュナイガー》を眺めるが、やはり自分の想定通り、少し鈍い印象だ。

「……もし、《バーゴイル》なんかが襲ってきたら……」

 そんなことはないだろうと思いつつも、最悪の想定を浮かべる。

 その時であった。

『なに? 高高度より熱源? ……会場の皆様! キョムの襲撃を関知しましたが、なにとぞご静粛に! これより《ヘヴィーシュナイガー》の性能をご覧に入れましょう!』

「……あんの馬鹿、《バーゴイル》相手じゃあんなの勝てないってば」

 しかしこちらの懸念は物ともせずに、《ヘヴィーシュナイガー》は襲いかかってくる《バーゴイル》三機編成に対して、肩口のガトリングを掃射する。

 だが、あまりにも遅いのだ。

 散開した《バーゴイル》の動きに機体がまるで付いていっていない。

 プレッシャーライフルを速射され、機体のバランスがすぐさま崩れていく。

「こっちに向かって……墜ちてくる……」

 誰かが呟いた言葉で恐慌に駆られた品評会が一気に惨劇へと変わり、落下した《ヘヴィーシュナイガー》が会場へと自由落下のまま、砂礫を吹き飛ばす。

「――ッ! 南さん、無事ですか?」

 咄嗟にアルファーを翳したさつきは、バリアーで南を保護していたが、彼女は姿勢を沈めて首をこきりと鳴らしていた。

「痛――ッ! ありがとう、さつきちゃん。危ないところだったわ。にしたって、品評会は総崩れって感じね」

《ヘヴィーシュナイガー》から操主が飛び出し、そのまま遁走していく。

「あっ、コラ! あんた……! って逃げ足だけは早い……」

 空中展開する《バーゴイル》相手に、さつきは周囲を見渡す。

 瓦礫の飛び散った会場では、そこいらで被害者が出ている。

《ナナツーライト》を呼ぶ時間も惜しい。

 そうと決意した瞬間、さつきは駆け出していた。

「さつきちゃん? 《ナナツーライト》を呼べば……!」

「今は! そんな時間もなさそうなんです! ……この子で行きます……!」

 奥歯を噛み締め、重たい機体を引き起こす。

 幸いであったのは血続トレースシステムを採用した上操主席があった点だ。

「私でも動かせる……応えて!」

《ヘヴィーシュナイガー》の眼窩に力が籠り、輝きと共に機体を叩き起こしていくが、それでも重量に負けそうになってしまう。

「……重、たい……! でも、それがこの子だって言うんなら……私は……!」

《バーゴイル》三機編隊が分散して近接戦闘を見舞おうとしてくる。

 さつきは咄嗟に腕のブレードを突き上げて《バーゴイル》の銃剣を防御し、そのまま肩口のガトリングガンを起動させていた。

 後退した敵影に、さつきは丹田に力を込めて飛翔準備に入っていく。

《ヘヴィーシュナイガー》の血塊炉は火が通るまでは時間がかかるが、それでも空戦人機のはず――そう信じたさつきは、機体のバネを利用して跳躍していた。

「重たいけれど、それがこの子なら!」

 直上を取った形で、さつきは歯を噛み締めて衝撃波に備える。

「アルベリッヒレイン!」

 発動させた重火力はしかし、想定以上の代物であった。

 メルJはこれを加速への起点に使用していたらしいが、全身の重火器が一斉に稼働するこの技は言うよりも随分と難しい。

「……機体がシェイクされるみたいな感覚……!」

 火線を張った部位から制動が発生し、それぞれ痩躯の人機を空中分解させかねない。

 それでもさつきは荷重のかかったアームレイカーを振り抜き、腕に装備されたスプリガンハンズを拡張させる。

 敵機へと無理やりに肉薄し、嫌でも相手の機体が大写しになる。

 それでも――と黄昏の色彩を誇るエネルギーフィールドを流転させ、さつきは叫んでいた。

「銀翼の! ――アンシーリーコート!」

 両腕より拡張したスプリガンハンズが機体の重量を借りて威力を増し、そのまま敵影へと突き刺さる。

《バーゴイル》を両断し、そのまま着地するような隙を作らずにさつきは横っ飛びさせる。

 敵の火線を潜り抜け、ガトリングガンを撃ち尽くしていた。

「要らなくなったのなら……外せばいいだけ!」

 肩口のガトリングをパージすれば少しはマシな重さになってくれる。

 残り二機の《バーゴイル》に対して、さつきは《ヘヴィーシュナイガー》を駆け抜けさせる。

 携行火器であるハンドガンで弾幕を張り、相手の気勢を削いでからスプリガンハンズで一閃。

 それでまずプレッシャーライフルを弾き飛ばし、もう片腕のスプリガンハンズを血塊炉へと押し込んでいた。

「……残り一機……!」

 逃げおおせようとする《バーゴイル》へと、さつきは雄叫びを上げてその足首を掴む。

《ヘヴィーシュナイガー》の荷重を利用し、そのまま振り回して会場とは反対側の緑地帯へと投げ飛ばす。

 地面が陥没し、風圧が押し寄せる中で、《ヘヴィーシュナイガー》は刃を立て、さつきは声と共に叩き込んでいた。

「これで……最後!」

《バーゴイル》の頭部を引き裂き、そのまま寸断する。

 ぜいぜいと肩を荒立たせながら、さつきはようやく、と声にしていた。

「戦闘終了……これで……」

 その時、ぽつり、ぽつりと拍手が巻き起こる。

 その意味が最初分からなくってさつきは当惑していた。

「えっと……何で……?」

『さつきちゃん? よくやってくれたわ』

「南さん? えっと……何でみんな、拍手なんて……」

『何言ってるのよ。さつきちゃんが咄嗟に《ヘヴィーシュナイガー》に乗ったお陰で、こっちは怪我人こそ居るけれど死者はゼロ。これってすごい功績なんだからね』

「……私の、お陰……?」

 全く実感の伴わない中で、さつきは《ヘヴィーシュナイガー》を仰ぎ見る人々の眼差しに希望が宿ったのを見出していた。

「……そっか。どんな形であっても……人機は希望の証なんだ。何だか、ちょっと可笑しい。私も……教えられちゃったんだね。この子に……」

《ヘヴィーシュナイガー》の鼓動を感じる。

 どのような形であれ、生み出された人機は命そのもの。

 ならばそれをどう使うのかだけだろう、人間の側に問われているのは。

 今は、自分が使ったから正しい形に動いただけだ。

 これがこの先、兵器として運用されるのならば、人々はこの人機に絶望を見ることもあるのかもしれない。

「……でも、そんなことは絶対にさせない。……ちょっとだけ、分かったかも。立花さんと南さんは普段、こんな仕事をしてるんだ……」

 自分では関知できない、それでいて誇りある仕事。

 操主以外の戦いもある、と教えられたようなものであった。

「――ってなわけ。何とかなって助かったわ」

 居間でメルJとエルニィ相手に話をし終えた南へと、さつきはお茶を差し出す。

「おっ、茶柱。だからねー、あんたたちもうかうかしてられないわよー? さつきちゃん、慣れてないトウジャでも戦えたんだから。あんたたち、油断しているとさつきちゃんに追い越されちゃうかも」

「……下らんな、黄坂南。シュナイガーを操れば私が世界で一番のはずだ」

「まぁ、その重装備型のシュナイガーがどうだったのか知らないけれど……ボクがトウジャを造ったんだからね。ボクが一番分かっているはずなんだから」

 二人してどこか譲る気配のない言葉にさつきは微笑みかける。

「でも……トウジャってあんな感じだったんですね。乗り合わせたことがないから分からなかったんですけれど」

「……シュナイガーはもっといい機体だ。改造を施した下手なトウジャタイプなんて目じゃない」

「それはボクの台詞。ボクの造ったブロッケンやシュナイガーのほうがいいに決まってる」

「まぁまぁ。とは言え、さつきちゃんもいい経験になったんじゃない? トウジャになんて乗ったこともなかったんだし」

「そう……ですね。私、これまで《ナナツーライト》だけ乗ってきましたけれどでも……たまにはトウジャタイプに乗るのも、いいのかもしれません」

「……だからってボクのブロッケンは譲らないよ」

「私も同じだ。シュナイガーが帰ってきても譲らんぞ」

「……い、いえっ! もし……新型機が配備されても大丈夫なように……その、頑張っておきます!」

「こりゃー、あんたたちもいよいよ危ういかもねー。次のトウジャタイプのテストパイロットにさつきちゃん、推薦しちゃおうかなー」

 南の気紛れにメルJとエルニィが二人して抗議する。

「駄目だって! ボクが最初!」

「シュナイガーと同じタイプならば私に権利があるはずだ!」

 何だか押し合いへし合いの状態だが、それでもさつきは、自分の力は決して無駄ではないことを思い知る。

「……もっと強い人機に乗って、それで誰かの希望になれるんなら……それってきっと、素晴らしいことのはずだから……」

 いつかは兄の造った《ナナツーライト》以外の人機に乗るのかもしれない。

 その時も、巡り会わせを信じて搭乗すればきっと、人機は応えてくれる。

 今は前向きに――そう思えた。

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