駆け出した赤緒に、恐るべき速度で追従してくるルイの気配に、赤緒は諦めそうになるが、その時声が弾ける。
「いっけー! 赤緒ー!」
「赤緒さん! 決めてください!」
「赤緒! ゴールは近いぞ!」
スリーポイントの圏内に入る。
しかし、ルイの追従性が遥かに上だ。
ボールを横合いから取ろうとしたルイの視線がその時――ほんの一瞬だけ逸らされる。
「ん? 何やってんだ、てめぇら」
訓練場に入って来た両兵にその注意が削がれた一拍もない隙。だがそれこそが、明暗を分ける一秒間でもあった。
赤緒は決意して姿勢を僅かに沈め、シュートの軌道を取る。
お世辞にも華麗とは言えないが、それでも精一杯の抗い。
全身をバネにしたシュートはこの時、ゴールを潜っていた。
「……入った……」
南がホイッスルを吹き、得点表に一点が刻まれる。
「試合終了! アンヘルチームの勝利!」
「やった! やったよ! 赤緒!」
駆け寄ってきたエルニィが頬ずりするのを、赤緒はどこか茫然としていた。
「……一点入った……」
「そうだよ! 一点入ったんだ! こっちの勝ち!」
喜びを分かち合うアンヘルチームを脇目に、ルイは両兵のほうをちらちらと木にしていようであった。
「黄坂、何やってンだ? 演習場借りてまで遊びかよ」
「遊びじゃないわよ。あんたもまぁ……この子らに学ぶこともあるってことね」
「学ぶねぇ……」
「あの……ルイさんっ!」
呼びつけた自分の声でルイはようやく我に返ったようであった。
「……一点は一点なのよね。仕方ないわ」
「でもその……ありがとうございました! ……ルイさんが居ないと、私……バスケをここまで楽しめなかったと思うから……」
「別に。そういうことに貢献したつもりもないし。あんたが勝手に勝っただけでしょう」
「いやいや、ルイ、何言ってんのさ。ライバルが強ければ強いほど燃えるってもんでしょ?」
エルニィのその言葉に赤緒は、ライバル、と口中で繰り返していた。
これまでルイのことをライバルだと思ったことはなかったが、こうして向き合えば、それは確かにライバル関係なのだ。
それは、両兵との関わり合いにだって――。
「ルイさん。握手しましょう。試合終了の後は、握手するのが一番いいはずです」
「……いいけれど、本当の勝負では負ける気はしないから」
どこか捨て台詞めいたルイの言葉にも、赤緒は笑顔でその手を握り締める。
「はいっ! 私も……負ける気はしませんし……って、あれ? 何でそもそも、バスケしようってなったんでしたっけ……?」
小首を傾げた赤緒に、エルニィがやれやれと肩を竦める。
「これだから天然は……」
「――で、赤緒。動けるようにはなったけれど、バスケ初心者の取材とか、頼んだでしょー?」
マキからのブーイングに赤緒は平謝りしていた。
「ごめん! マキちゃん! 途中から自分が楽しくなっちゃって……」
「まぁ、いいんだけれどさ。体育で赤緒が転ぶところとか、参考にしたかったんだけれどなぁ」
不貞腐れるマキの隣で、泉が微笑みかける。
「でも、赤緒さんすごいですわ。スリーポイントシュートを決めるなんて。それにドリブルも格段に上手に成っていますわ」
「あっ、うん……。ライバルが……その、よかったのかな……」
脳裏に思い浮かべたルイは、不名誉だとでも言うように舌を出していた。
だが、それもルイらしい。
そう感じて、赤緒は微笑む。
「でも……ライバルっていい関係なのかも、しれないよね……」