JINKI 201 帰る場所があるということ

「わわっ……倒れちゃう……」

 それを間一髪で支えたのはメルJであり、彼女は狐の着ぐるみを被っていた。

「気を付けろ、赤緒。倒れて中身が出てはいけないのだろう、こういうのは」

「そ、そうでした……。と言うか、何だってこんなことに……なっちゃったんでしたっけ……?」

 子供たちへと手を振る緑色の恐竜の着ぐるみのエルニィへと恨めしい視線を送る。

 事の仔細は数時間前に遡っていた。

「――あー! また立花さん、ぐうたらして! 駄目じゃないですか。散らかしたら片づけないと!」

 いつものようにゲームをしながらぽりぽりとスナック菓子を頬張っているエルニィへと注意を飛ばすと、彼女は心外だとでも言うように寝返りを打っていた。

「失礼だなぁ、赤緒は。今からやるところだったんだよ」

「それ……絶対やらない人が言う奴ですよね? もう、いいんですか? 仕事のためのものまでそこいらに放りっぱなしで」

「これは片付いてるの。ボクの中じゃ、きっちり脳内ニューロンに沿った、力学的なアレで成り立っているバランスなんだから、下手にいじらないでよね」

「とは言いましても……立花さん、服が引っ掛かってますよ?」

 エルニィのTシャツが大事そうな筐体に引っ掛かっており、そのままでも充分に危なそうである。

「いいんだってば。ボクはこれでも全部把握してるんだから。絶対に何ともないって」

「……それでも、居間を自分の部屋みたいに使うのは禁止ですっ! ほら、これとか片づけないと」

 不意にTシャツを引っ張ったその時、連鎖的に積み重なっていた精密機械が崩れて行き、エルニィの頭上に山積していた。

「あーっ! 何やってんのさ、赤緒! もうっ、せっかくいいバランスだったのにぃ」

「……立花さん。楽しんでます……? って、これ何ですか?」

「あー、それ、納品予定の発明品。落とすと大変なことに……」

 赤緒はお茶のこぼれた状態の機械を翳す。

 エルニィは大慌てでゲームを放り出して機械の電源を確かめていた。

「えっ、嘘でしょ……? 動かないとか……ないよね?」

 何度か再起動を確かめて、うんともすんとも言わないところを見ると、壊れてしまったのだろう。

「もうー! 赤緒のせいでここ三か月の技術の結晶がパーじゃん!」

「わ、私のせいじゃないですよ……。立花さんがそんじゃそこいらに放り出しているのが悪いんですっ」

「えー、これ、作り直し? でもなぁ……これで予算案出してるし……」

「……そんなに大事なものなら、もっと厳重に保管しておくべきじゃ……」

「だーかーら! ボクの中じゃこれでも厳重だったの! ……まったく、赤緒ってば余計なことばっかし……オカン気質も大概にしてよね」

「な……何ですか……もう。立花さんってば……」

 これ以上追及する気にもなれず、赤緒は片づけを進めようとしたところで南が居間へと用件を伝えに来ていた。

「エルニィー、あんた、この間納品するとか言っていたの、まだできてないのかって矢の催促。……どうしたの? 空気悪いけれど……」

「いえ、別に……」

 むくれている自分を他所にエルニィは青ざめていた。

「や、ヤバい……! あれ、結構な額振り込まれるからって今月……全然仕事入れていないんだった……!」

「あんた、享楽的な生き方もそこまで行くと病気みたいなもんよ? で、その発明品とか言うのは?」

 エルニィの視線が先ほど壊れた発明品に注がれる。

 次いで自分へと追及の眼差しが飛んだので赤緒は慌てて頭を振っていた。

「わ、私じゃないですよ……!」

「いーや! 赤緒だね! ……余計なことをしなければ今月はこれでいけると思っていたんだけれど……こうなってくると厳しいなぁ。ゲーム買い過ぎちゃったし、今月のその……あれがないって言うか」

「マジ? ちょっとエルニィ、あんた困るわよ……。私だってあんたの発明品頼みだったのに」

「あれ……って、何なんです?」

 こちらの問いかけに二人は渋面を返していた。

「……その、家賃って言うか……。ほら、一応私たちは居候みたいなものだから、間借りしている分、柊神社に収めている金額ってのはあるのよ。……赤緒さんの前で言うことじゃないかもだけれど」

 南たちが家賃を収めているのは意外であったが、赤緒はきょとんとして尋ねる。

「えっと、でもそんな額じゃないですよね? お二人分なら別に……」

「それが……ルイやメルJの分まで一緒こたに払っているから……結構な高額で……。え、エルニィ! あんたその発明品で黒字だって言っていたじゃないの!」

「南ってば、ボクのせいにする? 南だって結構通帳に貯まっていたんじゃないの?」

「わ、私はこの間……その、ちょっとしたものを買っちゃって……」

 腕を組んで呻る南は、要は手持ちがないのだろう。

「えー、どうすんのさ。ボクだけじゃなくってみんなの家賃でしょ? それ払えないってなれば……」

「五郎さんにも今月払いますって言っちゃったし……。これは、やるしかないか」

「えっと、そのぉ……何を?」

 エルニィはテーブルの上に置かれていたチラシの一枚を掲げ、それを指差す。

「アルバイト……って奴、かな?」

「――で、この有り様だなんて……」

 水分補給に裏へと戻った赤緒は同じく休憩中のメルJと顔を合わせていた。

「あっ、ヴァネットさん……」

「赤緒か。こういうのは難しいな」

 苦言を呈しつつも、メルJは滝のような汗を掻いてはいない。

 恐らく自分とは代謝が違うのだろう。

 彼女の汗はスポーツの後のような清々しさであったが、自分は生物としての限界を感じる発汗で、よろめきつつ着ぐるみを脱いで風を通す。

「暑っつい……。ヴァネットさん、こういうの平気なんですね……」

「平気と言うのは着ぐるみの話か? それともこの暑さか?」

「えっと……両方って言うか……立花さんに家賃を任せていたのは意外でしたし……」

「ここまで来たんだ。今さら財布を任せるのには、あの天才のほうが適任だろう。それに、何倍にも増やして返してくれるとの口約束だったが……当てが外れたな」

 それは詐欺師のやる手口では、と思ったが今は黙っておく。

 メルJは水分補給しつつ、着ぐるみの頭部を撫でる。

「しかし、こういうのは初めてかもしれない。アルバイト、と言うのだろうか……」

「とは言っても、普通のアルバイトじゃ間に合わないからって体力勝負の着ぐるみなんて聞いてないですよ……。まだ夕方過ぎまでこれをやるって話なんですから」

 パタパタと扇ぎつつ赤緒は体力仕事に明け暮れるエルニィを思い返す。

 彼女にはこういうのが性に合っているのか、子供相手の仕事と言っても全力で取り組んでいた。

「……立花さん、それならもうちょっと普段からしっかりしてくれればいいのに……」

「何だ、赤緒からしてもあいつの言動には一家言あるのか?」

「それは……そうですよ! そもそも、普段がだらけ過ぎなんですっ! それを注意したら、こんなことになっちゃうなんて……」

 とんだとばっちりであると言おうとして、メルJがフッと微笑んだのを赤緒は問い返していた。

「……ヴァネットさんは……そうでもないんですか?」

「あ、いや……私としても迷惑ではあるのだが……日本に来てから結構慌ただしかった。こういうのも悪くはないと、思えているのだろうな。キョムとの戦いに明け暮れるだけではない、自分たちの食い扶持を稼ぐための仕事と言うのは」

「……言っておきますけれど、こういうのが通用するのは今回だけですから。今度から立花さんにはきつく言っておきます!」

「ああ、それくらいでいいのだろう。それにしても……赤緒、お前は結構、立花のことを気にかけてやってくれているんだな」

 メルJにそう指摘されると、赤緒も頬を掻いて照れくさくなってしまう。

「それは……。だって立花さん、トーキョーアンヘルのメカニックだって言うんなら、もうちょっとしゃんとして欲しいって言うか……普段の行いがいざと言う時に裏目に出たらまずいじゃないですか」

「それは確かにそうだろうが、お前は何だかんだ、立花に仲間以上のことを感じているようにさえ映ってな。あいつの言う、オカンと言うのはよく分からんが、お前にはそういう気質を覚えるところもある」

「オカンって……ヴァネットさん、それ褒め言葉じゃないですよ?」

「かもしれないな。……よし、仕事に戻ろう。黄坂ルイと交代しなくてはな」

 狐の被り物を小脇に抱え、控室を出ようとした矢先、パート服に身を包んださつきと出くわしていた。

「あっ、ヴァネットさん、休憩終わりですか?」

「ああ。さつきのほうはどうだ?」

「私、スーパーでアルバイトって初めてなので……そもそも中学生ですし……」

「でもさつきちゃん、もうレジ打ちさせてもらっているんでしょう。いいなぁ、私もそっちがよかったなぁ」

「あ、旅館のほうでお代の請求とか任されていましたので、こういう勘定は得意なんです。赤緒さんは……」

「赤緒は駄目だ。レジ打ちに対応できないからこっちに回されたんだろう?」

 頭を振るメルJに、赤緒はうっとダメージを受ける。

「……た、確かにレジ打ちをちょっとやっただけで……頭が全然回らなくなっちゃいましたけれど……」

 普段の柊神社での職務はまっとうできているのだが、それも五郎のサポートが大きい。

 こういうところで自分の至らなさがあるのだな、と反省もしてしまう。

「赤緒さん、お茶、もらってきました。まだ休憩ですよね?」

「あ、うん……。でも、トーキョーアンヘルを飛び出してスーパーでアルバイトなんてしている場合で……いいのかな……」

「私はその……こういうののほうがいいかもです。平和ですし、もしかしたらキョムとの戦いが終われば、皆がこういう日常に帰れるのかなって。楽観視かもですけれど」

 さつきの淹れてくれたお茶はいつもの柊神社でのお茶と同じ味がしていた。

 赤緒は、思いも寄らなかった、と呟く。

「そっか……。キョムと戦って……戦いが終われば、みんな……帰っちゃうんだ……。立花さんも、ルイさんも……南さんも……みんな……」

 自分の声色が沈んでいたせいだろう。

 さつきが場を取り持とうと声を張る。

「あっ、その……! 別に皆がすぐに帰っちゃうわけじゃないですよ! 多分、しばらくは東京に残る人も居るでしょうし、それはその時の話で……」

「でも……この戦いも終わりがあるんだろうし……そう考えたら私、日常ってこういうものなのかな、って勝手に思っちゃっていたのかも。立花さんが居るのも当たり前で……」

「赤緒さん、別にそれが悪いことじゃないですよ。だって、こうやって私たちがトーキョーアンヘルで出会えたのだって、結構すごいことなんだと思います。本当なら私たちは、一生かかっても出会わなかった縁でしょうし……それを取り持ってくれたのが赤緒さんなんだとしたら、感謝したいほどですから」

「私……? 私は何も……」

「でも、《モリビト2号》に乗って最初に戦ってくれたのは、赤緒さんじゃないですか」

 さつきにそう言われてしまえば、赤緒も少しばかり面映ゆい。

 最初に戦おうと思ったのは――否、戦えるだけの勇気があったのは両兵の言葉のお陰だ。

 三年分しかない自分の思い出に、そうではないのだと叱ってくれたのは両兵なのだ。

「……小河原さんが居なかったら私、もうとっくに駄目になっていたんだと思う。モリビトに乗って……人機で戦うこともそうなら、こうしてみんなと一緒に、当たり前の食卓を囲むこともそう。当たり前じゃ……ないんだよね」

「でも、それを当たり前にしようとしたのは、赤緒さんを含めた皆の努力なんだと思います。だって、出会っただけじゃすれ違うことだってあったわけじゃないですか。私たちがこうして……操主として出会えたのは、きっとそれまで以上の奇跡なんじゃないですかね」

「それまで以上の……奇跡、か……」

「遅い。何油売ってるの」

 ウサギの着ぐるみを脱いでルイが休憩室に戻ってくる。

「あ……私、表に戻りますね。ちょっと休憩し過ぎちゃった」

「さつき、他のコーナーの棚卸しも頼みたいですって。まったく、酷使してくれるんだから」

 さつきは了承し、表へと向かっていったのを視線で追いかけていると、ルイが不意に声を飛ばす。

「……で、赤緒は何をやっているの? 休憩時間はそろそろ終わりじゃない?」

「あっ……それはそう……なんですけれど……。ルイさん、居なくなったり……しないですよね?」

「何それ。アルバイトから逃げたいのは山々だけれど、今月の家賃がかかっているのよ。私だってそれなりに仕事はこなすわ」

 ルイも普段の運動量が多いためか、それほど汗は掻いていないようであったが、それでも重労働だ。

 着ぐるみを脱いで一呼吸ついた様子である。

「……で、何?」

「いや、そのぉ……。さつきちゃんとさっきまで話してて……。で、ヴァネットさんとも……」

「それで? もしかして着ぐるみのバイトで嫌気が差した?」

「いえ、そういうわけじゃ……。でも、みんながこうして当たり前のように居てくれるのって、当たり前じゃ……ないんですよね?」

「それはそうでしょ。キョムの侵攻先が東京だから、私たちはそこに陣取っているだけだし。噂じゃ京都のほうにも支部を作るって話じゃない。もしかしたら、全員バラバラでそれぞれの支部を任せられるってこともあり得るわね」

「それって……離れ離れになっちゃうって……ことですか?」

「現状の操主練度なら、それも話としちゃあり得るってだけよ」

 確かに、ここまで数多の敵を倒し、そして経験を積んできた。

 今の自分たちならば、別々のアンヘルとして日本各地に点在することもあながちない話というわけでもない。

 ルイは普段以上に冷静に、水分補給しながら自分の対面で落ち着き払っている。

「……何? そういう話が出たの?」

「い、いえっ……具体的な話とかじゃなくって……。私、そうなっちゃったらどうしようって考えると……ちょっと怖くって」

「今の状況だと、なかなか現実味はないかもしれないけれど、南と自称天才がどこかに引き抜かれることくらいはあり得るかもね。南はともかく、自称天才はあれで優秀だから。他の支部でも欲しいんでしょう」

「そんな……! そんなの……駄目です……」

「赤緒が言う領分でもないでしょ?」

 ルイが菓子を口の中に放り込んでもぐもぐと頬張る。

「それはそう……なんですけれど……」

「……別に、今すぐに全員離散するとか、そういう話が来ているんじゃないのなら、もしもを恐れている場合でもないわ。私たちは人機を操るだけの力を持った操主。それなら、いつどんな時だって、キョムと戦い抜く責任と覚悟くらいはあるはず」

「それもそう……なんですけれど……」

 煮え切らない対応をしていたからか、ルイは眉を跳ねさせる。

「……何? 赤緒は何を言いたいの?」

「それは……」

「言っておくけれど、私は日本に居る時間は有限だと思っているわ。南米だって大変なことになっているって聞くし、今のままっていうわけにもいかないでしょう。《モリビト2号》の強化改修案だって来ているって噂もある」

「あっ、ルイさんは……確か新型トウジャのテストパイロットに志願って……」

「ま、話があるからやっているだけよ。それに、手持無沙汰になるよりかはマシでしょ? たまに学校には通っているけれどね」

 ルイは平気なのだろうか。

 いつか――本当にいつになるのかは分からないが、自分たちが離れ離れになってしまうかもしれないなんて話をしているのに。

 飴を頬張っているルイへと赤緒は決めかねた声を搾り出す。

「……私……立花さんや……みんなが居るのが当たり前になっちゃっていたのかもしれません。でも、そうじゃない……んですよね? だって、トーキョーアンヘルは期限付きの集団で……家族とかじゃ、ないんですから……」

「……あんたにしては悲観的ね。何か思うところでもあったの?」

「それは……立花さんには……言い過ぎたかもって……」

 そこまで口にしてから、ルイはため息交じりに立ち上がって着ぐるみの頭で自分の頭を小突いていた。

「痛っ……」

「馬鹿ね、あんた。赤緒みたいなのがそこまで考えたって仕方ないでしょう? どれだけ考えたってあんたは柊赤緒でしかないんだから。今できることを精一杯やって、それからどうこうなる手段を講じるくらいの人間でしょうが。私は……確かにトウジャのテストパイロットはやっているし、もし命令があれば支部だろうが南米だろうが飛んでいくわ。それくらいの覚悟はあるもの。でも、それと……今、アンヘルのメンバーが居なくなっちゃうかもっていう恐怖は別でしょうに」

「……別……ですかね、それって」

「別よ。第一、あんたあの自称天才に対して、これまでの扱いだとか接し方が間違っていた、とか思っているの?」

「そんなことは……ないと思いますけれど……」

「ないならそれでよし。あったなら考え直せばいい。赤緒、家族じゃないだとか、ただの集団だとか考えるのは勝手だけれど……。向こうはあんたのこと、きっとそれ以上に思っている……とか、身勝手なアドバイスしてあげる」

「み、身勝手な……?」

「そうよ。だって私は自称天才じゃないから。どう考えているのかなんて知らないし、頭を悩ませるのも馬鹿馬鹿しいじゃない。あんたはあんた、自称天才は自称天才。それはそうだろうし、それにもう……今さら他人だとか何だとか、言っているほうが他人行儀な気もするけれどね」

 ルイは着ぐるみを着直して言葉を振る。

「……喋り過ぎた。仕事に戻るわ。あんたも……やらされているのか、それとも自分の意思でやっているのかくらいは頭に入れておくべきね」

 ルイは控室を出ていく。

 赤緒は小さな自分の掌へと視線を落としていた。

「……私の意思なのかどうか……立花さんは、私にとって……」

「――いやぁー、いい汗掻いたなぁ!」

 帰り道で駄菓子屋に立ち寄ったエルニィは早速ラムネを買い付け、ステップを踏んで戻りかけて沈痛に面を伏せた赤緒と出くわしていた。

「げっ……赤緒。言っておくけれど、これはボクの報酬で得たラムネであって――」

「あの……っ! 立花さん……!」

 その面持ちが平時とは違っていて、エルニィは流してはいけないな、と真正面から見返す。

「……何? アルバイトが思ったよか大変だった? でも、羽振りはよかったでしょ? これで今月分の家賃は払えたかな。まぁー、こういうこともあり得るって言うのが、人生上手く行かないなぁって言う……」

「私……その……立花さんとは……アンヘルの仲間で……」

「うん? どったのさ? 普段より歯切れ悪いよ? 何か悪いものでも食べた?」

「いえ……アンヘルメンバーって言うのは……その。私は自分で選んだんだって、思いたいんです。なし崩しだったのは最初だけで、その後で選び取って来たのは間違いなく、自分の意思だったって……! だから、私……!」

「着ぐるみバイトで脳までゆだっちゃった? 赤緒にしては殊勝なことを考えるじゃん」

「……でも、当たり前じゃ、ないんですよね……この関係」

 なるほど、赤緒は少しばかり自分に非があるのだと考えているらしい。

 こういう時には――と、エルニィは持っていたラムネの片方を赤緒の頬っぺたに触れさせていた。

「冷たっ……」

「赤緒ってば、大げさだなぁ。それとも、何? 着ぐるみバイトのせいで、思ったよか疲れちゃったの? ラムネでも飲んで、少しだけ頭冷やそうよ」

「……はい」

 石段に腰掛けて二人で肩を並べて、ラムネを喉に流し込む。

「ぷっはー! これこれ! これのために生きてるって感じ!」

「もうっ、オジサンみたいですよ、立花さん……」

「そういう赤緒だって結構立派な飲みっぷりじゃん」

 思い切ったラッパ飲みをした赤緒は、ふぅと息をつく。

「……こういう気分だったってだけですよ」

「それでいいんじゃないかな? その時々の、気分程度でさ。難しいこと考えたって、下手な考え何とやら、でしょ? ボクは……こうしてるのがちょうどいい楽しさかも。赤緒はどう?」

 ラムネを掲げると、赤緒はおずおずと自分のラムネをこつんと当てる。

「……そうですね。ちょうどいい楽しさ……かもしれません」

「でしょ? だったら、将来どうなっちゃうとか、自分がどうなっちゃうとかさ。馬鹿馬鹿しくない? 今の自分は今楽しまなくっちゃ!」

 夕日の差し込んだ駄菓子屋の前で、エルニィは赤緒へと手を差し伸べる。

 彼女はそれを取って立ち上がっていた。

 その頬に流れた一筋の涙を、今は茶化すまい。

「……ですね。私も、今がとても……楽しいんだと思います」

「でしょー? じゃ、とっておきの今を、楽しまないと損じゃん!」

「……はい! その……発明品を壊したのは、すいませんでした……」

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