JINKI 202 さつきとチョコのオマケ

「まーたノーマルじゃん! ルイのはー?」

「こっちはコモンレアね。本当に入っているの?」

「これでも数百分の一の確率に賭けているんだから。これで入っていなかったらインチキだよ、インチキ」

 よくよく目を凝らせば、二人が食べているのは茶菓子の一種と言うよりも、どちらかと言えば駄菓子に近いものであった。

「えっと……びっくりジンキチョコ……って、これ、何です?」

「何って広報案件。トーキョーアンヘルの資金繰りの一つかな。南がテレビ局とか広告代理店にコネあるからさ、せっかくだから作ってもらったんだ。日本にはこういうのよくあるんでしょ? チョコレートはオマケで、オマケのほうが本命みたいなの」

 エルニィの日本文化の捉え方は独特であったが、さつきもそういったものには覚えがあった。

「ああ、カードとか集める奴ですよね……? 小学校の時、男の子がよく集めていたのを見たことがあります」

「そういうこと。まぁ、大体の購買層は小学校低学年とかそういうの。想定していたんだけれどなー。……ねぇ、ルイ。もうそろそろ出るんじゃない?」

「駄目ね。私の人機でさえも出ないわよ」

 さつきはテーブルの上にうずたかく積まれた名刺サイズのカードの山を一枚、手に取る。

 そこにはデフォルメされた《ナナツーウェイ》が描かれていた。

「これも……これもナナツーですか……」

「世間一般には人機って言うとナナツーとモリビトだから仕方ないんだけれど、それにしたって色違いだとか、そういうの多過ぎ! 南……ちゃんと案件担当者に伝えたんだろうね、これ」

「えっと……じゃあ私の《ナナツーライト》も入ってるんですかね……」

 エルニィは箱を翳し、うーんと呻る。

「一応、全三十種で、最高レアが三枚、その下が五枚、で、コモンレアが十五枚、ノーマルが五枚」

「……あれ? 計算合わないですよ?」

「シークレットがあるんだ。書いてないけれど二枚」

 遊び心そのもののような駄菓子のラインナップに舌を巻くさつきに対して、エルニィとルイはもう参った様子であった。

「でも、全然出ないんだもん。これじゃあ嫌気も差すよ。本当にあるのー、シークレット」

 どてんと畳に寝転んだエルニィに比してルイは一枚ずつ裏面の記載を眺めている。

 自分も裏面を見ると「アンヘルの秘密!」というトピックと共に機体の情報と操主の素性が書かれていた。

 思わず仰天してさつきはエルニィに問い質す。

「た、立花さんっ! これ! 書いてあること、極秘なんじゃ……!」

「あー、それ? 大丈夫だって。本当にボクらみたいなのが動かしているなんてバレてない、バレてない。きっと一般人は自衛隊の訓練受けた人とかが操主してるって思っているはずだし」

「で、でもぉ……“ナナツーの操主のパンツの色”……とか、書いてあるんですけれど……」

 恨めしい視線を向けているとエルニィは笑顔で手を振っていた。

「ナンセンスだなぁ。そんなの、本当でも嘘でもいいことじゃん。それに、別にさつきのパンツの色をいちいち書いてあるわけじゃないでしょ?」

「それは……そうですけれど、うぅ……恥ずかしいなぁ……」

「とにかく! シークレットを一枚でも出さないと話にならない! これじゃ商品展開として破綻しているし! よぉーし! アンヘル整備班、出番だよ!」

 格納庫へと声を飛ばしたエルニィに、シールたちが寄り集まってくる。

「なんだなんだ、エルニィ。うわっ、チョコレートまみれじゃねぇか」

「シールもツッキーも、それに秋も手伝ってくれる? シークレットが三枚出たら終わりなんだけれど」

「まーたそういうのかよ。商魂たくましい奴だなぁ、ったく。おっ、さつきのお茶も付いて来るじゃんか。じゃあお得か」

「シールちゃんってば、ちょうど休憩しようって言っていたもんね。じゃあ私もちょっと食べていこうかな」

「せ、先輩方……《モリビト2号》の整備の汚れを落とさないと。油汚れを神社に持ち込むのはよくないですよ……」

「あっ、そういえばそうだな。じゃあオレらは軒先でもらうわ。えーっと、要はオマケでシークレットを出せばいいんだって?」

「そうそう。いやぁ、あまりにも出なくって困っちゃっていてさ。確率操作されているのかなって」

「んなわけねぇだろ。こんなもん、食ってれば出るもんだっての。おっ、ちょうどいい。さつき、お前の出たぜ」

「えっ、本当ですか?」

 思わず歩み寄ったさつきはキラキラのレア加工を施された自分のデフォルメ姿に目を見開く。

「こ、これ……っ! 立花さん!」

「ああ、最高レアの一つ出たじゃん。じゃあやっぱ確率は収束するのか」

「そうじゃなくって……! こういうの、本人の許可なく出すのって……どうかと思いますよ!」

「えー、でもさつきは魔法少女の声当ててアニメもやってるでしょ? もうほとんど公然の秘密じゃんかぁ」

「そ、それとこれとは……」

 反論し損ねているとシールが裏面のピックアップを読み取る。

「なになに……“中学生の操主の女の子。普段は少し大人しいが魔法少女としての素質を秘めているぞ! 彼女の力は君の目で確かめろ!”……おいおい、随分と盛ったなぁ」

「それくらいの誇大広告でちょうどいいんだってば。ボク以外じゃ特殊能力者とか言ってもピンと来ないだろうし、血続だって言ったって見た目は変わんないしねー。ま、さつきには魔法少女っていうフックがあるからいいけれど」

「いや、フィクションですからね、それ……」

 げんなりしていると月子も引き当てて自分に見せてくる。

「あっ、さつきちゃん。《ナナツーライト》、引いたよ」

「あっ、本当に入っていたんだ……へぇー、機体のスペックとか書いてあるのかな……」

「どうだろう。自分で見てみる?」

「えーっと、なになに……“乗っているのはさつきって言う女の子! 普段はとってもシャイだけれど、操主としての実力は本物だ!”って……また私のことじゃないですかぁー!」

 エルニィに抗議すると、彼女は首をひねる。

「あれ……? あー、本当だ。まぁ、情報ないのが普通だから。さつきはメディア露出もあるし、一番書きやすいのかも」

「……ちょっと他のも見ていいですか?」

 自分だけ公然と書かれているのが不服で、さつきは別のオマケの裏面を確認する。

「ナナツーの裏は……“汎用性に優れた人機だ! 乗っているのはグラマーな操主だと話題だぞ!”……これって……もしかして南さんのこと?」

「えっ、うわぁ、本当だ。南ってば自分のことを書くのにここまで美化する? これだからアンヘルの広報担当は」

 やれやれと肩を竦めるエルニィに、秋が引き当てた《ブロッケントウジャ》のトピックを目にする。

「……“乗っているのはIQ300の超天才! 他の人機とは一線を画する全天候型の機体でオールラウンドに戦場を駆けるぞ!”……立花さん? 自分のばっかりいいこと書いてません?」

「えー、だってそれは監修責任って奴じゃんかぁ。それにIQ300は本当だし」

 さつきは他のオマケのトピックも見ていく。

「《モリビト2号》は……“パワーが自慢の遠近をこなす人機! リバウンドフォールで敵を討つぞ!”……あれ? でも《モリビト2号》はあんまりレアじゃないんですね」

 明らかにトーキョーアンヘルでは主力だが、コモンレアに落ち着いている。

「そりゃーだって、知られちゃっているからね。レア度は低いでしょ」

「……あの、こんなこと言うの、ちょっと憚られるんですけれど、これってアンヘルの内情をバラしてません?」

「大丈夫だって。こんなの特別に意味を見出すのなんて関係者くらいなもんなんだし。子供たちには夢と未来を感じさせないと」

「……とは言っても……パンツの色まで書かれているなんて、嫌だなぁ……」

「自称天才、私の《ナナツーマイルド》が出ないわよ」

 文句を飛ばすルイに、エルニィは不承気に応じる。

「だってさつきの《ナナツーライト》とツーマンセルだから必然的にレア度が上がっちゃうんだよね。さつきのほうは魔法少女の声とかで知名度はあるけれど、ルイのはちょっとなぁ。なかなかレア度を設定しづらいって言うか」

 ルイの鋭い視線が自分へと突き刺さる。

「た、立花さん……っ。わざとそういうこと言ってます?」

「わざとって何のこと? そもそも人機のレア度って難しいんだよ、うん。あまり人気商売だからってキョムの人機とかも何個かピックアップしたけれど、やっぱり《バーゴイル》とかにいいイメージないだろうし」

 ナナツーと同じくノーマルに設定されている《バーゴイル》はやはり「やられ役」なのだろうか、とさつきは考えていた。

「あれ? でもこのナナツーはキラキラしてますよ? 何です、これ」

「ああ、友次さんのナナツーじゃない? 黒い《ナナツーウェイ》ってことで、一個上のレアに設定されているんだよね」

 黒いナナツーが長距離砲を構えているデフォルメイラストの裏にはその解説が書かれている。

「えっと……“長距離支援型のナナツーだ! 黒い装甲には秘密があるとかないとか……?” 立花さん、こういうのは嘘と本当を煽っているような感じでよくないんじゃ……」

「でも実際、ボクらだってあのナナツー弄らせてもらえないし、想像で書くしかないじゃん。ってなると、敵か味方か! って煽りは入れたかったんだけれど、さすがにそれはボツ食らっちゃったし」

 友次からしてみても自分の機体がこうも好き勝手書かれているとは想像していないだろう。

「でも……こうなると最高レアとかシークレットが気になりますね……。だって《モリビト2号》出ちゃったし……」

「あ、言ってなかったかもだけれど、同じ人機でもレア違いあるから。だから三十種になっちゃったんだよねー」

「えー……それっていいんですか? せっかく買ってくれた子供たちががっかりしちゃうんじゃ……?」

「何を言ってるの! これでも特注のデザイナーに依頼したんだから! それなりに射幸心を煽るものになっているはずなんだよ!」

「射幸心って言っちゃってますし……うーん、こういうの男の子のおもちゃとかでもよくありますよね? 私、集めたことないから分からないですけれど、ルイさんは……?」

「私? 失礼ね、さつき。その言い草じゃ、私がまるで自称天才と一緒に遊び回っているみたいじゃないの」

「いや、実際そうだろ、ルイとエルニィは。駄菓子屋に出禁食らった奴なんて初めて聞いたぞ」

 シールの呆れ声にルイはふんと澄ました声を出す。

「あの駄菓子屋は駄目ね。自称天才、索敵範囲を広げないといけなさそうだわ」

「うーん、でもボクもお金に明かして何枚も引いちゃったし、出禁食らうのもなぁ……」

 一体ルイとエルニィは普段何をやっているのだろうという疑問が鎌首をもたげたが、今は問い質さないほうがよさそうだ。

「トレーディングなんとかって言うんだったか? 日本だけの文化じゃねぇだろうけれど、まぁコレクター文化のある日本独自だろうな、こういうの何個も思いつくの」

 シールは裏面のトピックを確かめつつ、本体であるはずのチョコレートを頬張っていた。

「こういったものに使われるのって、何でウエハースチョコなんですかね。食べやすいから……?」

「サクサクと子供でも食えるからじゃねーの? お茶請けにはちょっと味は濃いが、これくらいでちょうどいいのかもなー。って、エルニィ、全然食ってねぇじゃねぇか」

 シールからの指摘にエルニィはばつが悪そうに視線を右往左往させる。

「……だって何個も食べたら飽きちゃったし……一箱空ける度に完食していたら、晩御飯が食べれなくなるでしょ……」

「てめっ……それを言い出したら……。ああ、なるほど。オレらを呼んだのはチョコを食べさせるためでもあるのか……」

 すっかりエルニィの術中にはまったシールはどこかやけ食い気味にウエハースを頬張る。

 月子もウエハースを口にしつつ、オマケのレア度を気にしていた。

「でも、エルニィ。こんな調子で食べていたら、本当に日が暮れちゃうよ? 赤緒さんにはどう説明するの?」

「うっ……それを言わないでよ。赤緒がせっかく出ている間に空けたんだからさ。赤緒が居ると、きっとこう言うんだから。“立花さん! オマケのためにチョコレートを捨てるのはマナー違反ですっ”って具合にね」

 はははっ、とシールが腹を押さえて大笑いする。

「赤緒のマネ、よく似てるぜ。きっと本人もそう言うんだろうな」

 シールはチョコレートをお茶請けにしつつ、オマケのトピックを読み取る。

「ふぅーん……“アンヘルにはメカニックが居るが、その彼らがどのような存在かは秘密だ! 彼らの陰の実力があるからこそ、トーキョーアンヘルは今日もキョムと戦うのだ!”か。……よく書かれているじゃんか」

 シールからしてみれば自分たちのことをよく書かれているのは純粋に気分がいいのだろう。

 月子も同じようなトピックを読み上げていた。

「“メカニックは操主以外でアンヘルを支える重要なスタッフだ! ナナツーの汎用性は彼らにかかっているぞ!”って、何だか照れちゃうね、シールちゃん」

「うっせぇ。照れてなんてねぇよ」

 とは言いつつ、明らかに頬が紅潮しているシールに、さつきと月子は心得て視線を交わし合っていた。

「……でも、全然なくなる気配ありませんね……。立花さん、これ、いくつ買ったんです?」

 エルニィは指を五本立てる。

「ご、五箱も……?」

「いや、ゴメン、嘘付いた。本当はプラス五箱」

 相当数の箱にさつきは開いた口が塞がらなかった。

「……じゅ、十箱ですか……? そもそも今日中に食べきるつもり……なんですよね?」

 問い詰めると、エルニィは苦しそうに言い訳する。

「ま、待ってって! これはホラ! 非常食にもなるし! 決して無駄な出費じゃないんだ!」

 何だか騙された気分でさつきは改めて空いた箱を数える。

「……えっと、今のところ三箱分……。全然減る気配ないですよ、これ」

「こりゃ、赤緒の雷が落ちるな。調子こいて買い占めなんてするからだ」

「な、何をぅ! 後々高く売れるかもじゃん! シールは知らないかもだけれど、これって結構、あっちのマニアには高値で取引――」

 そこまで言ったところで、自分の欲望が出てしまったことを悟ったのだろう。

 口を噤んだエルニィに、さつきは詰め寄る。

「……立花さん? もしかして高額転売とか考えていたんですか?」

「わわっ……ちょっと、タンマタンマ! さつき、目が据わっているってば! 転売とかはしないよ、……うん、神に誓って。そりゃ、売れるのは本当の話だけれど、さすがにね。これを売りさばくのはちょっと罪悪感もあるし」

「自分たちの秘密が書かれたものを売りさばくってのもかなり極悪な気もするがな」

 さつきはテーブルに積まれたオマケカードを寄り集めて整理整頓していく。

「……これ、どうするんですか。赤緒さんに見つかったら、立花さんもルイさんも……多分しばらくはチョコレート禁止に……」

「そ、それは困るなぁ……。ねぇ、ルイ」

「別に私はどっちでもいいけれど……。何で私の《ナナツーマイルド》は出ないのよ」

 どうやらそっちに文句があるらしく、この場においてエルニィの味方は居なさそうであった。

「……うーん、分かった! 分かったってば! ……五箱は無理でも、今空けている分だけでも食べ切ろう! それでいいでしょ?」

 全方位の視線を受けてエルニィもようやく参ったらしい。

 さつきは嘆息をついてオマケカードを眺めていく。

「でも……こういう形でも私たちの活動の記録が残るのはいいことですよね。だって私たち、一応は秘密でやっているんですから。キョムとの戦いだって、みんなに褒められることでもないですし」

 その意見には同調のようで、シールと月子もまぁ、と納得する。

「そりゃあ、そうだな。オレらも整備班ってのはなかなかスポットライト当たらないだろうし」

「そうだね。私たちの努力の結果が、こういう平和な文化になるのなら、いいのかな?」

「私は不満よ。いつになったら私の機体は出て来るの?」

 ルイは涼しい顔をしてしゃくしゃくとウエハースを頬張っていく。

 これは少し落ち着かなくてはいけなさそうだな、とさつきは立ち上がっていた。

「……何、さつき……まさか赤緒に告げ口……」

「しませんよ。ただ……チョコレートに合うお茶請けのほうが進むでしょうし。今日はコーヒーにでもしましょうか」

「さつき、私はココアね」

「あっ、ボクもできればブラックで……」

「オレは微糖で、月子の奴はミルクありだったな」

 めいめいにオーダーされたのには辟易するも、さつきは応じてお盆を台所まで運んでいく。

 その内側には自分のオマケカードが輝いていた。

「……私がまさかお菓子のオマケになっちゃうなんて……思わなかったなぁ……」

 しかし、語られない戦いがこうして綴られるだけでも価値があるのだろう。

 本来ならば、自分たちは誰にも知られないまま、キョムを打破するはずなのだ。

 こうして――日本中の子供たちに夢と希望を与えながら戦えるなんて思いも寄らない。

「……ちょっとだけ、価値はあったのかも。最高レアじゃないけれど、私にとってはすっごく意味はあるし」

 そうして微笑んで、人数分のコーヒーを淹れていた。

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