JINKI 207 黒の女と果ての月明かり

「駄目だ駄目。第一、嬢ちゃんも知っているだろう? ロストライフ現象だよ、ここもじきに」

 諦めきった、あるいは憔悴の果てに結論を急いだ宿屋の男に、ユズは周囲を見渡していた。

 酒場で昼間から飲み明かしている大人たち、一日も早くこの街を離れようとして、往来を今も忙しく車が行き交う。

「……それをどうか……一晩の宿だけでもいいんですから」

「あのな……逃げ遅れればロストライフに巻き込まれるってキョムからの勧告だ。俺は命を捨てる気はないんでね。今夜中にはここを発たせてもらう。宿屋の仕事もそこまでだ。あんた……たった一人でここまで? それは随分と酔狂だな。見たところそれほど強そうにも見えないが、腕に覚えでもあるのかい?」

「あ、いや……同行人が居まして……」

「何だ、枷持ちか。それは大変……だと同情はしても、さすがに入れ込む気には成れないね。知っているだろう? キョムの実効支配領域は確実に広がっている。俺たちみたいに支配を受け入れて居住区から出ていくのなら、要らない殺しはしないって相手が言うんなら従うさ。巨人に踏み潰されてお陀仏なんて真っ平御免だ」

 男は肩を竦めてから、こちらを真っ直ぐに見据えていた。

「それにしたって、金ならある、か……。どうにも場末の台詞のように思えるのは気のせいかな。ロストライフで何もかも更地になってしまうんだ。植物の一本さえ生えない、死の土地になるって噂じゃないか。だったら相手に温情があるうちに逃げたほうがいい」

「で、でも……キョムのやり口は徹底しています。口封じに追ってくるかも……」

「何だ、嬢ちゃん随分とキョムに詳しそうじゃないか。案外、こうして別口で試してくるのかね」

 勘繰られてユズは話を押し戻す。

「その……食事とかはどうにかします。宿だけ貸してください」

「だから金なんてもらったところで、使いどころもないんだって。それにうちはボロ宿だよ? ロストライフに晒されれば、一時間も持たないだろうし、女の子一人を置いて行ったって言うのは寝覚めも悪い」

「それは……どうにかなります。今は……信じてもらえませんか?」

「信じる……ねぇ」

 男は値踏みするように自分を上から下へと観察し、それから嘆息をついていた。

「……諦めるようなタマじゃないのは分かったが、その同行人は? 今はどこに居るんだい?」

「……今は……多分……戦っている、のかも、しれません」

《バーゴイル》の連携はそれほど強いものではないとは言え、それでも《モリビト1号》一機で渡り合うのには相手は戦力を揃えてきている。

「……鬱陶しい、なぁ。ビビってないですぐに撃って来られる位置でしょ? じりじりと消耗戦なんて、キョムのAIってのは賢くないと思うけれど」

 五機編成の《バーゴイル》はそれぞれ機体追従性能を発揮し、入れ代わり立ち代わりで前衛と後衛で攻めてくるようであった。

 前衛の《バーゴイル》には近接兵装が仕込まれており、大型の太刀が振るわれる。

「……っと、格闘兵装、か」

 何でもないように応じて、ブレードの一閃を叩き込むが、その一機は囮だ。

 本懐は背後へと回り込んだ二機の交差する銃撃網。

 だが――《モリビト1号》の性能はその程度の戦術を看破する。

「……使うか。ファントム」

 超加速に掻き消えた《モリビト1号》は瞬時に跳躍し、後衛の《バーゴイル》の頭部を掴み取っていた。

「まず一機」

 頭蓋をモリビトのパワーでねじり上げ、そのまま押し込める。

 後衛のもう一機が反応する前にアサルトライフルを振り返らずにトリガーを引き絞り、血塊炉を的確に撃ち抜いていた。

「練度甘過ぎ。もっとないの?」

 後衛班を潰された前衛《バーゴイル》三機は果敢にも立ち向かってくる。

 その様子に、どことなく高揚する気持ちを持て余していた。

「……いいね、いいね。勝てないと分かっていて立ち向かう、うん、とってもいいと思う。でもね、あたし――手加減とかできるほど、器用じゃないから」

 ブレードを掲げ、相手の太刀筋をぶつかり合った刹那には刃を返し、柄で機体制御系を崩す。

 一機がつんのめったのを嚆矢として、もう二機が距離を取って攻勢を見舞おうとするが、《モリビト1号》に装備されていたワイヤーシステムが先の一機を前に突き出していた。

 銃撃網を受けて痙攣したように青い血潮を撒き散らす《バーゴイル》を真正面から蹴飛ばして相手の出端を挫き、瞬時に敵影の合間に割り込む。

 その時には全てが決していた。

《バーゴイル》の装甲が爆ぜ、全滅したキョムの斥候部隊を見渡す。

「……うーん、六十点がいいところかな。それにしたって、あたし相手に手加減したって仕方ないってのに。命令系統が違うのかもしれないけど」

 そうぼやいて、《モリビト1号》のコックピットより黒の女――シバは身を晒す。

 ロストライフの黒い地平を吹き抜ける乾き切った風に長髪をなびかせ、ふむと呟く。

「これ、もしかして試金石だったり? これからロストライフにこのくらいの戦力を充てるから、一応確かめておこうって言う? どっちにしたってちょっと迂闊。アンヘルが居れば勝ててたし」

 しかし、とシバは地平線まで真っ黒に染まったロストライフ化した大地を見据えていた。

 命の息吹を奪われた黒の地平は、どこまで行っても平坦で、どこまで行っても力だけが意味を持つ単純明快さだ。

 吹き抜けた冷風に、シバは首を縮こまらせる。

「うぅ……っ、寒っ……。今日くらいは宿に泊まりたいところだけれど、ユズちゃんってば、うまく交渉できているかな? あたしの顔は……もしかしたら割れているかもしれないから、刺激を与えないようにって言っておいたけれど……」

 それにしてもキョムもみみっちい作戦を考えつくものだ。

「ロストライフ現象を少しでも進めるために、小さな寒村に対しての襲撃勧告……。何だか小物がやるみたいな手口でやだなぁ……。ああ、でも別にあたしには関係ないんだった」

 とは言え、そのリーダー格と同じ容姿、同じ思考回路を有しているのだ。

 あちら側のシバがそこまで関知しているとは想定しがたい。

 よって、キョムの中でも末端の仕業と見るのが正しいだろう。

 シバはきゅうと弱々しく腹の虫が鳴いたのを感じ取っていた。

「……ここ数日、乾パンと水だけ。さすがにそれなりの設計をされたあたしでも空腹にはなるんだなぁ……」

 ぼやくと声が耳朶を打つ。

 周囲で骸となった《バーゴイル》にうろたえつつ、ユズが合流していた。

「し、シバさん……? これってどういう……」

「どうもこうも、あたしを付け狙っているんでしょ? 少しは女々しさを自覚して欲しいところよね。ま、あっちのあたしからしてみれば目の上のたんこぶ……いや、そういう次元じゃないか」

 ユズはジープの助手席に今夜の分の食糧を乗せていた。

 それはつまり、交渉は決裂したということなのだろうか。

「成果は? どうだった?」

「それが……ロストライフ化を宣言されている以上、街のほとんどの人たちは逃げ切ろうとしています。ですが……」

「ですが?」

「……ですが、それでもこの街を守りたい、そういう人たちも居るみたいなんです。私がシバさんの話をしたら、希望を持っていいのかって結構な人が集まってきて……」

「なるほど、これは献上品ってことか」

 シバはチキンを頬張りつつ、ユズの憔悴し切った瞳に問い返す。

「……まだ何かありそうじゃない」

「その……街の人たちは人機を忌避しています。《モリビト1号》も刺激になりかねない可能性もあって……」

「人機なしでキョムの実行部隊とやれって? それはちょっと難しいかな」

「です……よね。で、でも安心してください! 今日の宿は取れそうです!」

「おっ、ナイス、ユズちゃん。そろそろ堅いコックピットじゃなくって、ベッドの上で寝たかったのよね」

「で、ですが……」

「何? また要求?」

「その……もし街が守られれば……ロストライフ化を防げるってことですよね?」

「うん? 何を今さら」

「だとすれば……みんな助かって……! 誰も故郷を捨てずに済むんじゃないですか……?」

 言わんとしていることは分かる。

 自分がキョムの戦闘部隊を叩きのめすと宣言さえすれば、死ななくっていい命も、見捨てなくっていい命もあるはずだと。

 しかし、シバは頭を振っていた。

「世の中、そう簡単な理じゃ回っていないのよ、ユズちゃん。故郷を捨てずに済む、誰も死なない、大いに結構、吼えるだけならね。けれど、実際には、血みどろになる覚悟もなしに、キョムと戦うなんてお題目を掲げるほうがどうかしている。あたしたちは慈善事業じゃないの。誰かのための剣でもなければ、誰かのための盾でもない。自分たちを守るのに必死なだけの、ただの弱者」

 ユズ自身、故郷を捨てた身だ。

 何かと思うところがあるのは事実なのだろうが、今はそれに足を取られている場合でもない。

 勝てなければ失う。当然の摂理だ。

 だが、その当然さが、時に人間から思慮を奪っていく。

 他人よりも上に、他者よりも幸福に。

 当たり前の感情が、当たり前の道徳心を打ち消していく。

 ヒトはそれほど、崇高にはできてはいないくらいお互いに分かり切っていると言うのに。

「……ユズちゃん、ちょっと街まで行こうか。《バーゴイル》がここまで来ていたってことは、ロストライフの作戦実行は多分、明日の未明だと思ったほうがいい」

「……はい。あっ、でもシバさん、顔が……」

「バレたところでしらばっくれるまで。それに、その程度でパニックになるんなら、もうそこまでだろうしね」

 シバはアルファーで《モリビト1号》に待機を命じ、ユズの運転するジープで街まで到達していた。

 その頃にはそこいらかしこには住民同士で争った跡がある。

「本当に怖いのは、追い詰められた人間の心理、かもね」

 銀行強盗らしき痕跡を辿り、シバは乱雑に踏みしだかれた紙幣へと視線を落としていた。

「……シバさん、こっちに」

 ユズの警戒の強い声音にシバは街の中枢に近い噴水へと歩みを進める。

 果たして――そこにあったのは噴水広場に横たわる死骸であった。

 噴水に頭を突っ込んでカミソリで首を掻っ切って絶命している者が多く、それ以外は住民同士で殺し合った様子だ。

「……私……こんなのが見たくって交渉したわけじゃないのに……」

 震える声音にシバは淡白に応じる。

「でも、ヒトってこういうモノよ。勝手に理解して、勝手に分かった風になって、勝手に悲観して、勝手に希望を見たかと思えば、勝手な理由で死んでいく。それが大抵の人生とかでしょ」

 別段、自分も分かったわけでもない。

 生まれ落ちてまだ一年と経っていない身となれば、誰かを批難するような権利も、まして誰かの生き方に結論を付けるだけの含蓄もない。

 ただ、この身に刻まれた悪の因子とでも呼ぶものは、こう告げる。

 ――馬鹿な者たちだ。ロストライフを拒まなければ、少しは楽に死ねたものを。

 きっとこれは「シバ」としての価値観だろう。

 ロストライフ現象が首筋まで迫ってきている状態で、正気で居続けられるなどほとんど不可能。

 だと言うのに、キョムは時折、こういった戯れを行う。

 時間制限つきの延命措置。

 人間がどう争うのかを見たいのか、それとも自分たちの仕事を減らしたいのかまでは分からない。

 それでも――明瞭に一つ、分かるのはキョムは人間の暗黒面を愛しているということだろう。

 果たして、突きつけられた命題に人間はどう抵抗するのか。

 果たして、突きつけられた銃口に人間はどう抗うのか。

 その中枢に居るのが人間を知り尽くしたと豪語するセシルなのだから始末に負えない。

 シバは鮮血の広がる噴水広場を見渡した後に、ユズへと尋ねる。

「……宿は?」

「……多分、無事だと思うんですけれど……」

 そこで彼女は膝を折っていた。

 人死にに慣れていないユズにとってはショッキングな光景であっただろう。

 何度か背中をさすってやると、彼女は咽び泣いていた。

「……何で……! どうして、こんなことになっちゃうの……!」

 分かっている。答えなんてない。

 街の人々が賢明であれば、こうはならなかったわけでもない。

 かと言って愚かであったからこの結果が引き寄せられたわけでもない。

 結局のところ、人間は目の前の出来事に対して行えることなんてたかが知れているのだ。

 だと言うのに、キョムが襲ってくるからだとか、人機に踏み潰されて死ぬのは御免だからと、最適解を模索しようとする。

 その時点で術中にはまっていると言うのに。

 人間の持つ最適解など所詮、その場凌ぎの理屈でしかない。

「……何でこんなことに、か。答えを言うのは簡単だけれど、それってどうなのかしらね」

「シバさんは……! 人がこんな風に死んでいくのなんて……」

「どうとも思っちゃいない……とまで人でなしじゃないかも。分かってはいたんだけれど、街が一つなくなるって言うのは、別に物理的な意味だけじゃない。住んでいた人間同士が喰らい合う、互いを慈しむよりも弾丸のほうが簡単だから。それはでも……とても人間らしい帰結ね」

「人間らしいだなんて……! シバさん、私……私……っ!」

 泣きじゃくるユズの肩に手を置いたところで、シバは身を潜めていた人影に気付いていた。

「……そこの。まだ生きている人よね?」

 看破されたからか、あるいは元から様子を窺っていたのか、男は両手を上げて物陰から姿を晒す。

 ユズがその立ち振る舞いに絶句していた。

「……さっきの宿の人……」

「ああ、あなたが宿屋の人? じゃあちょうどいいわ。あたしたち、一晩の宿と食糧が欲しいんだけれど、交渉はどう?」

「……交渉……? お前ら何を言って……何が起こったのか……分からないわけじゃないだろうに……!」

 敵意を剥き出しにする男にシバは肩を竦める。

「あたしたちが来なければ、こうはならなかった、と言うわけでもないでしょう? 責任の押し付け合いはみっともないわよ」

 宿屋の男はこちらの言葉に憔悴し切ったように膝を折っていた。

「……こんなはずじゃ……だってキョムは……条件さえ飲めば破壊活動に及ばないって言っていたのに……」

「それって、どういう……」

 悟ったシバは男へと糾弾する。

「……なるほどね。あなたが交渉窓口だったわけか。でも、そう安易にはいかなかった。黒い波動が集まり始めている。ヒトの負の感情を取り込んでね。人死にが多ければ、今宵にでももうこの街は住めなくなる。それが真のロストライフ化、人間が住むのには適する適さないがあるでしょうけれど、キョムが奪っていくのは何も場所を制圧するなんてものじゃない。人間の感情としてその場所に住み続けることが難しくなる」

「どうしてこんな風になってしまったんだ……! 俺はただ……他の住民の流入を減らしたかっただけなんだぞ……!」

「結果として、ロストライフに最適な環境を生んでしまった。……後悔するのも分かるけれど、あたしが言い置きたいのは一つ」

「……何だ。俺を呪うのならば呪え。もう……生きていく意味でさえも――」

「そこまでしないって。あたしたちはただ、一宿一飯が欲しいだけ。ねぇ、ユズちゃん」

 男はロストライフ化を招いたことを裁いて欲しかったのだろう。

 だが、自分はそのようなことはしない。

 誰かを裁いて、それで知った風になることは可能だが、そもそもそのような身分でもない。

「……俺を罰しないのか……」

「だーから! あたしたちは宿が欲しいって言っているだけじゃない。それと夕飯。そろそろ乾パンと水にも飽きちゃった」

 こちらの物言いに男はよろりと立ち上がり、それから手招く。

「……来いよ。多分、宿は無事だ……」

 それでもその足並みが今にも死に行く者のそれに映ったのだろう。

 ユズが声をかけようとしたのをシバは制していた。

「……で、でもあの人……このままじゃ責任を感じて……」

「ユズちゃん、あたしはね、誰でも彼でも助けるヒーローじゃないの。むしろ、逆かな。ヒトの善意だとか、悪性だとかそれもひっくるめて愛しているつもりだけれど、誰かを称賛してその生き方を矯正まではできない。あたしたちにできるのは明日の食い扶持を稼ぐことくらい」

「し、シバさんは……それでいいんですか」

「うん、別にあたし、高望みしてないし。ベーコンだろうがパンだろうが、少しでも瑞々しければそれでいいかな」

「そうじゃなくって……! この街は……多分終わりです。でも、終わりの形くらい……自由に描いてもいいはずじゃないですか」

「……うーん……それは夕飯の後かな。とりあえずついて行こっか」

 ユズはやはりこの街の人間たちに肩入れしているのだろう。

 ヒトである以上は仕方がない機能だ。

 しかし、自分はそうではない。

 セシルによって生み出されたヒトの真似事をするだけの人形――八将陣、シバの模倣体。

 そんな自分にとっての生き方は結局、人間らしさとは正反対の立ち位置でしかない。

「……キッチンは勝手に使ってくれ。俺は……少し休む」

 宿屋は幸いにして荒らされていなかった。

 シバはキッチンにて、まだ使えそうな食材を漁ってから調理にかかる。

「……シバさん、私……もしかしたら、この街の人たちを、一人でも多く生かせたのかも……」

「そんなことに頭使わないほうがいいわよ。もしかしたら、だとか、そうだったのかもだとか、仮定の話。人間、一個の結果に集約されるようなもんだし」

 ベーコンエッグを仕上げていきながら、シバは野菜を炒めていく。

 簡素な食事だが、ここ数日の中ではまだマシなほうだ。

 皿を並べると、ユズは目を背ける。

「……食べたくないです……」

「そう? じゃああたしは遠慮なく」

 少し硬いがまだマシなパンと貴重な食料だ。

 食べられる時に補充しなければ次はいつなのだか分からないだろう。

 そうこうしていると、やはり腹の虫が鳴いてきたユズは、パンを手に取り涙ぐみながら頬張る。

「……私、こんな資格……ないのに」

「明日か今日中には戦ってまた次の街よ。少しでもお腹を満たしておかないとね。えーっと、日にちが持ちそうな食料は、っと」

 いくつかは《モリビト1号》のコックピットに持ち帰ろうとして、シバは歩み寄ってきた宿屋の男を視界に入れていた。

 死相が出ている面持ちで、彼はキッチンを見渡す。

「……あんたら、よく平気でメシなんて食えるな」

「いけない? 食べられなければ死ぬだけよ。あたしはまだ死ぬのは御免だし、それに今夜から明日にかけてキョムの実行部隊が仕掛けてくるんなら、少しは腹を満たしておかないと、勝てるものも勝てないしね」

「……不思議な連中だな。キョムに勝とうなんて思ってるのか」

「当然。気持ちで負ければそこまでよ」

 男は椅子を引き寄せ、懺悔するように語っていた。

「……キョムに降れば、少しはマシな人生が送れるはずだって、そう言われたんだ。だから……街の人間を売ったのは俺みたいなもんさ」

「あのね……シスターでもなければ、神父でもないあたしに悔いたって何も始まらないでしょ? それより、日持ちする食材をもらえる? また数日間は旅をしなくっちゃいけなさそうだし」

「……あんたらは……キョムと戦って回っているのか?」

「結果としてキョムが仕掛ける場所に立ち寄るだけで、別に正面切って戦っているわけじゃないけれどね」

「……教えて欲しい……! 本当に……世界はロストライフ化するしかないんだろうか……。もし希望があるとすれば、それはあんたらのような……!」

「そこから先は、言わないほうがいいと思うわよ? 勝手に誰かに希望を見て、勝手に裏切られた気分に成られたんじゃね。こっちも寝覚めが悪いってものだし」

「し、シバさん! そんな言い方……!」

「でも、実際にそう。あなたたちが希望を見るのは……もうちょっとマシな連中にしておきなさい。あたしたちみたいなのは、希望とは逆方向に――っと、もう来たか」

 感じ取ったキョムの実行部隊の殺気に、シバは冷蔵庫を漁っていた手を止め、ユズへと言いやる。

「持ちそうな食材は全部持って行って、ユズちゃん。……ちょっとばかし、食後の運動ってところかしらね」

 表に出て行こうとして男が立ち上がって声を放つ。

「ま、待ってくれ! あんたは一体……!」

「あたし? あたしはシバ。何の変哲もない……ただの黒の女」

 アルファーを掲げる。

 瞬間、風圧が逆巻き漆黒の装甲を月明かりに照り輝かせた《モリビト1号》が降り立っていた。

「……これは、人機……」

「下がってください。シバさんなら……きっとやってくれます」

 ユズの声を聞き留めつつ、シバはコックピットに乗り込んでいた。

「……敵機は……ふぅん、こんな場末に《K・マ》の試作機か。向こうもあたしが居るって分かってやっているのかしらね」

《バーゴイル》の五機編成に、《K・マ》が中央に陣取って建築物を踏みしだく。

 シバは《モリビト1号》にブレードを提げさせ、機体を沈めさせた。

「ユズちゃん、短期決戦で行くから、その人……まぁどっちだっていいけれど、死なせたくないんなら、後方にやって。――ファントム」

 神速に掻き消えた漆黒の機体は直後には剣筋を《バーゴイル》の頭蓋を叩き割っていた。

 そのまま加速度に任せ、機体を一回転させる。

 突き刺さった刃を感覚し、沈黙した《バーゴイル》を投げて連携を潰していた。

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