JINKI 207 黒の女と果ての月明かり

 敵機がプレッシャーライフルを照準した時には既に遅い。

《モリビト1号》の剛腕が銃口を逸らし、横合いから薙ぎ払う。

「……これで残り三機……!」

 直後、首筋を粟立たせた殺意の波にシバはブレードを反転させていた。

 至近距離で爆ぜたのは《K・マ》の誇るリバウンドの皮膜だ。

 反射距離があまりにも近く、リバウンドフォールの衝撃波が街を吹き飛ばしていく。

《モリビト1号》がたたらを踏んだ瞬間、直上より《バーゴイル》二機が照準する。

「……ちょっとまずいかも」

 引き絞れられた弾道に対し、シバは機体を横ロールさせて逃れるが、それでも被害は甚大だ。

 どこからか引火したのだろう、一瞬で街は炎に包まれる。

 燃え盛る業火の中、《モリビト1号》に搭乗したシバは、《K・マ》を見据えていた。

「……残っているのは《バーゴイル》二機に《K・マ》一機……とは言え、油断はできない、か」

 だが、追い込まれたからこそ見える光明もある。

《K・マ》の武装は中距離から近接戦闘向きに改良されており、下手に距離を取ればこの戦局自体が泥沼化するのは必定。

「……さぁて、どうしようかしらね。《K・マ》を墜とせば《バーゴイル》が深入りしてくるとは思えないんだけれど」

《K・マ》がリバウンドの両盾を翳す。

 噴煙が噴き上がり、リバウンドフォールの衝撃で一瞬だけ、視界を眩惑させていた。

「目晦まし……? この、ちょこざい……!」

 しかしこの一瞬で《バーゴイル》二機が挟み撃ちの姿勢に入っているのは感覚できる。

 エース機と思われていた《K・マ》は場を掻き乱す格好の撹乱機であったわけだ。

 銃剣を跳ね上げさせ、格闘戦を仕掛けようとした《バーゴイル》に、シバは応戦の太刀を閃かせるも、戦場を優位に運んでいるのは相手のほうである。

「……こんの……!」

 モリビトのパワーで押し返すが、その時には《K・マ》が接近している。

 ――押し出される、と関知したその時、声が弾けていた。

『……シバさん! 後ろです!』

 習い性の感覚か、あるいは直感的なものか。

 アルファーを通して脳内に直接伝導されたユズの声に太刀筋を一閃させる。

 背後を狙っていた《バーゴイル》の武装が弾け飛び、《モリビト1号》へと後退機動をかけさせていた。

「……ユズちゃん?」

『アルファーを使えれば……その……通信ができるって前にシバさんが……!』

「でもそれを使えるってことは……あなたも血続――」

 全て言い切る前に《K・マ》の猛攻が迫る。

 ブレードで叩きのめしてから、シバはコックピットブロックを開いてマニピュレーターを伸ばす。

「……シバさん……?」

「下操主、少しは勉強したんでしょ? 地面に居られると踏み潰しちゃうかもだから」

「……はいっ!」

 導かれたように下操主席へと座り込み、シートベルトを締めたユズの背中に、シバは何かを感じ取っていた。

「……ユズちゃん、どう見る?」

「どうって……敵ですか。すごく強そうですけれど……大丈夫、です。シバさんと一緒なら……」

「……何だかな。あたしが誰かの希望に成るつもりなんてなかったんだけれど」

 そう言っている間にも《バーゴイル》が仕掛けてくる。

 恐れを宿した様子のユズにシバは声を放っていた。

「怖がらないで。恐れは全部、あたしは吸い込む。あなたは前だけを見て、集中して」

「……はい。前、だけを……」

 何故なのだろうか。

 この時――《モリビト1号》の脈動が聞こえたような気がしたのは。

《バーゴイル》の至近距離の銃撃を回避し、その顎へと拳を見舞う。

 揺らいだ敵の重心へともう一方の腕を差し込み、直後には《バーゴイル》の鋼鉄の躯体を引き裂いていた。

「……モリビト……あたしが乗るよりも、力が……?」

 真紅の眼光に命の灯火を宿らせ、《モリビト1号》が吼える。

《K・マ》が格納していた銃座を現出させ、牽制銃撃を放って来るのに対し、《モリビト1号》は盾を構えていた。

「行くわよ! その行いが善であれ悪であれ――弾き返すまで!」

「はいっ! リバウンド――っ!」

「「――フォール!」」

 跳ね返した火線が何倍にも膨れ上がり、《K・マ》の誇る守りを打ち崩す。

 ぐずぐずに融けた《K・マ》の血塊炉へと引火し、青い血潮を撒き散らして爆ぜていた。

《モリビト1号》はその力の真髄を手にしたように、残った《バーゴイル》を睨む。

 敵影はしかし、光の柱に包まれて消え失せていた。

「シバさん……! 私たち、勝って……!」

「あ、うん……そうみたい、ね」

「シバさん?」

 アルファーを使えた意味、そして、《モリビト1号》が呼応した理由――。

 それをまだ知らぬユズにしかし、シバは前を向いていた。

 燃え盛る街の火の粉を背に、旅立とうとして、ユズの操縦に足を止める。

「あ、待って……。宿屋のご主人に……お礼だけでも」

「……まぁ、いいけれど。多分、真っ当な言葉なんて来ないわよ?」

「それでも、いいんです……」

 ユズは《モリビト1号》の腕を伝って降りるなり、茫然とする宿屋の男に何やら告げてから、こちらへと戻ろうとして、一言だけ何か言われたようであった。

 下操主席に戻った彼女へと、シバは問う。

「何だって?」

「……えっと、気を悪くするかもですけれど、“お前も魔女なのか?”ですって。……何だか、変な気分です」

「そりゃ、ユズちゃんからしてみれば、あたしと同類に見られるなんて不服でしょ」

「いえ、そうではなく……。ちょっと、嬉しいんです。ようやくシバさんの役に立てたなって」

 残酷な現実に微笑む少女は、この先の運命で、何を掴むと言うのだろうか。

 ――まだ、その答えも知らぬまま、黒の女と人機は、月明かりを歩むのであった。

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