『……どうして勝てないのか、って顔をしているな。彼らも俺たちと同じ力を使う。その名前は――人機』
人機、と呼称された鋼鉄の巨人が次々と表示されていく。
『……人機……これを相手にしなければいけないのか』
『おいおい、ブルったなんて言わないでくれよ。こいつらと俺たちは、同じなんだからな』
『……同じ……。戦うのか、俺たちみたいなのが……こいつらと』
『ほとんど戦いになんてならないがな。それでも立ち向かう気概くらいは失わないでくれよ。敵前逃亡なんて許されちゃいないんだ』
『……俺もあんたも兵士……ということか』
『一単位でしかないんだよ。それに、言ってしまえば数による圧倒でもある。敵の人機のスペックも目を通しておくか?』
首肯すると、《モリビト2号》の名を取る人機が映し出される。
『こいつとは正直なところ、真正面から打ち合わないほうがいい。パワーが段違いなんだ。ブレードを受けても、銃撃を受けても俺たちじゃひとたまりもない。次に気を付けるべきはこいつだな。鹵獲機、《バーゴイルミラージュ》』
白銀に塗装された飛行人機には無数の火器が積載されている。
『……こいつは積極的に攻撃してくる。ほとんどの同胞はこいつに撃墜されているようなもんさ。射程圏外から攻めてくるのもあって厄介だ。そして《ブロッケントウジャ》……器用な機体だ。こいつを操る操主もそうなんだろうさ。中距離からも撃ってくるからレンジが読めん。その上……この二機のツーマンセルも警戒したほうがいい』
次いで映し出されたのは痩躯の人機二機であった。
他の人機とは設計思想そのものが違うように感じる。
『……装甲面では脆そうだが……』
『油断するなよ。片割れは《ナナツーマイルド》、接近戦に特化した機体であり、もう一機は《ナナツーライト》。Rフィールド増幅器を持つ機体だ。こいつにはこちらの手持ちであるプレッシャーライフルも通じないと聞く』
『聞けば聞くほどに、勝利が厳しそうに思えるな。兄貴はそんな奴らと……戦ってきたのか?』
『なに、難しく考えたって、俺たちを運用するのは八将陣の誰か。こっちで悩んだって何にも役に立ちやしない。下手な考え易きに似たりってもんだ』
兄貴は落ち着き払っているが、自分として見ればこのような超兵器と戦うだけで及び腰になる。
『……生存率、と言う話があったな。俺たちは、生きて帰れるのか?』
『時の運、としか言いようがないな。運がよければ何度も生き永らえられるし、悪ければ出撃した瞬間にこの世からおさらばだ。そういうもんだとしか言いようがない』
『……随分な死生観だな。俺たちにとっては、そこまでのものだって言うのか』
『死生観、ってのも変な話じゃあるんだがな。俺たちが生きているのか、死んでいるのかで言えば』
兄貴は手招き、ネットワークの向こう側へと赴く。
その後ろに続いていると、不意に視界が開けていた。
上下逆さまに建築物が乱立しており、さながら世界の終焉のような光景が広がる。
『……ここは……』
『シャンデリアの内部構造を模倣したネットワークシステムの一部さ』
新入りは周囲を見渡す。
手広い空間に出たにしては、自分たち以外の存在は居ない。
『……殺風景だな、ここは』
『ヒトなんてここにアクセスなんて滅多にしてこない。いや、そういう人種も結局のところ、物好きだって言うのかねぇ。少し前にハッキングされたこともあったが、俺たちには関係のない話さ』
新入りは荒涼とした風景を見渡し、そうして呟く。
『……寂しいものだな』
『寂しい、か。そういう感情を含む奴は久しぶりに見た気がするな。俺たちは所詮、モノでしかないからな。ここに居たってどれだけ知ったところで、出撃してしまえばそこまでさ。何かの拍子に撃墜されて、そうして電脳に残ったデータを消去されれば、こうして物を考えている人格なんて塵芥なんだ』
『……俺たちの元は……どこから生まれたんだ? 何から生じたんだ?』
『どこから来て、どこへ行くのか、か。随分と哲学的じゃないか。……ハッキリしたことを言えば、俺たちの人格データの大元は動物実験で生まれたものらしい。薬物で脳波を引き上げた動物に生じた自己観測データを拡大させ、それによって細分化されたものを内蔵させる……そこから先は恐らく考えられちゃいない。こうして俺とお前が話すようなことも、ましてやシャンデリアの内部を散策するような真似に出るなんて、誰も思っちゃいないだろうさ』
『……つまり……俺たちは想定されていないことをやっている……のか?』
『想定がどこまでなのかは不明瞭だが、そう言える面もある。ただ、俺は……新入り。お前のような奴と出会えて幸運だと思っている。俺たちは所詮、投げられるだけの存在だ。それまでに何を考えていようが、どこまで哲学しようが結局のところ、兵器でしかないんだからな。敵を撃ち、そして喰らい合いの果てに争うだけの、そういう単純な存在なんだ』
『でも俺もあんたも、こうして考えるものがある。これは何だ? どこから来たって言うんだ……?』
『それは俺たちの元データである動物の培養された脳が考えていた幻か、あるいはこうして無数の電算処理を行った結果、生じた一種のバグのようなものか……判然とはしないが、それもこれも、必然性があってのことだと俺は思っている』
『必然性……』
『不幸な宿縁だろうさ。青い血の流れる俺たちにとってしてみればな』
その時、ネットワークを震わせた警笛に、兄貴は残念そうに言葉尻をしぼませる。
『……問答は終わり……と言うわけか。楽しかったぜ。お互いに生きて帰れるよう、祈ろうじゃないか』
『……祈る……。俺たちは人間じゃない。何に祈るって言うんだ? 神なんて信奉するようなものじゃないだろう?』
こちらの疑問に兄貴は当然の帰結のように応えていた。
『俺たち自身の……持ち得る可能性への……これは祈りだろうな』
途端、躯体へと意識が戻され、格納デッキに収容されていた自分たちは出撃姿勢に入る。
『じゃあな、新入り。どっちが生き残っても恨みっこなしだ』
『それは……そうだが、俺はまだ知りたい。この世界がどうなっているのか、どういう仕組みで俺たちみたいなのが生まれ、こうして考えることを覚えたって言うのか……』
『その仕組みを解き明かすのは、お前かもしれないし、もっと次世代の話かもしれない。いずれにしたって、目先の戦場だ。新入り――グッドラック。健闘を祈る』
兄貴の発した言葉に、自分は暫しの間、雷に打たれたように感じ入っていたが、やがて口にする。
『……ああ、そうだな。グッドラック……いい言葉だ、これは』
地上へと放たれたシャンデリアの光へと飛び込み、そして――。
――不意に生じたばかりの意識に、認識を新たにする前に、声がかけられていた。
『よぉ、目が覚めたみたいだな』
『……ここは……』
『何だ、まだ寝ぼけているのか? しょうがない奴だ』
『……俺は……俺は何だ? この意識は……』
戸惑いがちな声に、嘆息一つで応じてみせる。
『ひとまずは、その窮屈な躯体から飛び出さないか? 出撃まで残り72時間程度だが、世界の大きさを教えることはできる』
『……あんたは……あんたは一体、何者なんだ……』
その問いかけに、かつての名前を口にしかけて、躊躇いがちに紡ぎ上げる。
『しんい……いや、今はもう、俺が兄貴の側だな。お前に、教えてやるよ――新入り。俺たちなりの、世界の歩き方を』
この僅かなまどろみの地平の中で、生きていく方法を探るのは、何も悪いことではないはずなのだから。