JINKI 224 機械たちのまどろみ

『……どうして勝てないのか、って顔をしているな。彼らも俺たちと同じ力を使う。その名前は――人機』

 人機、と呼称された鋼鉄の巨人が次々と表示されていく。

『……人機……これを相手にしなければいけないのか』

『おいおい、ブルったなんて言わないでくれよ。こいつらと俺たちは、同じなんだからな』

『……同じ……。戦うのか、俺たちみたいなのが……こいつらと』

『ほとんど戦いになんてならないがな。それでも立ち向かう気概くらいは失わないでくれよ。敵前逃亡なんて許されちゃいないんだ』

『……俺もあんたも兵士……ということか』

『一単位でしかないんだよ。それに、言ってしまえば数による圧倒でもある。敵の人機のスペックも目を通しておくか?』

 首肯すると、《モリビト2号》の名を取る人機が映し出される。

『こいつとは正直なところ、真正面から打ち合わないほうがいい。パワーが段違いなんだ。ブレードを受けても、銃撃を受けても俺たちじゃひとたまりもない。次に気を付けるべきはこいつだな。鹵獲機、《バーゴイルミラージュ》』

 白銀に塗装された飛行人機には無数の火器が積載されている。

『……こいつは積極的に攻撃してくる。ほとんどの同胞はこいつに撃墜されているようなもんさ。射程圏外から攻めてくるのもあって厄介だ。そして《ブロッケントウジャ》……器用な機体だ。こいつを操る操主もそうなんだろうさ。中距離からも撃ってくるからレンジが読めん。その上……この二機のツーマンセルも警戒したほうがいい』

 次いで映し出されたのは痩躯の人機二機であった。

 他の人機とは設計思想そのものが違うように感じる。

『……装甲面では脆そうだが……』

『油断するなよ。片割れは《ナナツーマイルド》、接近戦に特化した機体であり、もう一機は《ナナツーライト》。Rフィールド増幅器を持つ機体だ。こいつにはこちらの手持ちであるプレッシャーライフルも通じないと聞く』

『聞けば聞くほどに、勝利が厳しそうに思えるな。兄貴はそんな奴らと……戦ってきたのか?』

『なに、難しく考えたって、俺たちを運用するのは八将陣の誰か。こっちで悩んだって何にも役に立ちやしない。下手な考え易きに似たりってもんだ』

 兄貴は落ち着き払っているが、自分として見ればこのような超兵器と戦うだけで及び腰になる。

『……生存率、と言う話があったな。俺たちは、生きて帰れるのか?』

『時の運、としか言いようがないな。運がよければ何度も生き永らえられるし、悪ければ出撃した瞬間にこの世からおさらばだ。そういうもんだとしか言いようがない』

『……随分な死生観だな。俺たちにとっては、そこまでのものだって言うのか』

『死生観、ってのも変な話じゃあるんだがな。俺たちが生きているのか、死んでいるのかで言えば』

 兄貴は手招き、ネットワークの向こう側へと赴く。

 その後ろに続いていると、不意に視界が開けていた。

 上下逆さまに建築物が乱立しており、さながら世界の終焉のような光景が広がる。

『……ここは……』

『シャンデリアの内部構造を模倣したネットワークシステムの一部さ』

 新入りは周囲を見渡す。

 手広い空間に出たにしては、自分たち以外の存在は居ない。

『……殺風景だな、ここは』

『ヒトなんてここにアクセスなんて滅多にしてこない。いや、そういう人種も結局のところ、物好きだって言うのかねぇ。少し前にハッキングされたこともあったが、俺たちには関係のない話さ』

 新入りは荒涼とした風景を見渡し、そうして呟く。

『……寂しいものだな』

『寂しい、か。そういう感情を含む奴は久しぶりに見た気がするな。俺たちは所詮、モノでしかないからな。ここに居たってどれだけ知ったところで、出撃してしまえばそこまでさ。何かの拍子に撃墜されて、そうして電脳に残ったデータを消去されれば、こうして物を考えている人格なんて塵芥なんだ』

『……俺たちの元は……どこから生まれたんだ? 何から生じたんだ?』

『どこから来て、どこへ行くのか、か。随分と哲学的じゃないか。……ハッキリしたことを言えば、俺たちの人格データの大元は動物実験で生まれたものらしい。薬物で脳波を引き上げた動物に生じた自己観測データを拡大させ、それによって細分化されたものを内蔵させる……そこから先は恐らく考えられちゃいない。こうして俺とお前が話すようなことも、ましてやシャンデリアの内部を散策するような真似に出るなんて、誰も思っちゃいないだろうさ』

『……つまり……俺たちは想定されていないことをやっている……のか?』

『想定がどこまでなのかは不明瞭だが、そう言える面もある。ただ、俺は……新入り。お前のような奴と出会えて幸運だと思っている。俺たちは所詮、投げられるだけの存在だ。それまでに何を考えていようが、どこまで哲学しようが結局のところ、兵器でしかないんだからな。敵を撃ち、そして喰らい合いの果てに争うだけの、そういう単純な存在なんだ』

『でも俺もあんたも、こうして考えるものがある。これは何だ? どこから来たって言うんだ……?』

『それは俺たちの元データである動物の培養された脳が考えていた幻か、あるいはこうして無数の電算処理を行った結果、生じた一種のバグのようなものか……判然とはしないが、それもこれも、必然性があってのことだと俺は思っている』

『必然性……』

『不幸な宿縁だろうさ。青い血の流れる俺たちにとってしてみればな』

 その時、ネットワークを震わせた警笛に、兄貴は残念そうに言葉尻をしぼませる。

『……問答は終わり……と言うわけか。楽しかったぜ。お互いに生きて帰れるよう、祈ろうじゃないか』

『……祈る……。俺たちは人間じゃない。何に祈るって言うんだ? 神なんて信奉するようなものじゃないだろう?』

 こちらの疑問に兄貴は当然の帰結のように応えていた。

『俺たち自身の……持ち得る可能性への……これは祈りだろうな』

 途端、躯体へと意識が戻され、格納デッキに収容されていた自分たちは出撃姿勢に入る。

『じゃあな、新入り。どっちが生き残っても恨みっこなしだ』

『それは……そうだが、俺はまだ知りたい。この世界がどうなっているのか、どういう仕組みで俺たちみたいなのが生まれ、こうして考えることを覚えたって言うのか……』

『その仕組みを解き明かすのは、お前かもしれないし、もっと次世代の話かもしれない。いずれにしたって、目先の戦場だ。新入り――グッドラック。健闘を祈る』

 兄貴の発した言葉に、自分は暫しの間、雷に打たれたように感じ入っていたが、やがて口にする。

『……ああ、そうだな。グッドラック……いい言葉だ、これは』

 地上へと放たれたシャンデリアの光へと飛び込み、そして――。

 ――不意に生じたばかりの意識に、認識を新たにする前に、声がかけられていた。

『よぉ、目が覚めたみたいだな』

『……ここは……』

『何だ、まだ寝ぼけているのか? しょうがない奴だ』

『……俺は……俺は何だ? この意識は……』

 戸惑いがちな声に、嘆息一つで応じてみせる。

『ひとまずは、その窮屈な躯体から飛び出さないか? 出撃まで残り72時間程度だが、世界の大きさを教えることはできる』

『……あんたは……あんたは一体、何者なんだ……』

 その問いかけに、かつての名前を口にしかけて、躊躇いがちに紡ぎ上げる。

『しんい……いや、今はもう、俺が兄貴の側だな。お前に、教えてやるよ――新入り。俺たちなりの、世界の歩き方を』

 この僅かなまどろみの地平の中で、生きていく方法を探るのは、何も悪いことではないはずなのだから。

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