JINKI 235 頼れる友に

「それでいい。迷えば誰かの言葉を聞ければ、その一つだけでも一歩前進だ。本当に怖いのは迷っているという自覚もなしに、漫然と戦い続けることだろう。私はそれこそ、自身を縛る状況なのだと感じている。かつての私がそうであったように、な。お前たちのお陰で、私は引き絞られた復讐の矢ではなくなった。トーキョーアンヘルの一員として、少しは胸を張れる戦いができるようになってきたんだ。なら、何でもいい。話してくれ、さつき。私に助けられることならば応えよう」

 メルJはそう言えばJハーンと言う敵を払うまではずっと孤独を深めていたのを思い返す。

 きっと彼女も何度も銃を振るうのに悩み、ある時には袋小路に迷い込んでいたのかもしれない。

 だがそういう時に、メルJを助けられたのは他でもない、自分たちの紡いできた絆だろう。

 人機で戦い続けることだけが、彼女の未来ではないのだと教えられたから、こうして穏やかな面持ちで自分の相談に乗ってくれている。

「……赤緒さんや、小河原さんに感謝……かもですね。何だか……ヴァネットさんに戦闘のことでこうして教えてもらえるなんて……思っても見ませんでしたし。あっ、別に悪い意味じゃ……」

 慌てて取り成そうとしたのを、メルJは微笑む。

「……私も、な。さつき、お前は一番にトーキョーアンヘルでは戦闘に程遠いように思っていた。いや、これもある意味では驕りのようなものか。戦闘に長けている、長けていないにかかわらず、私たちは前に進み続けるしかない。そのような時に、誰かの話を聞けるか聞けないかと言うのは重要になってくるのだろう」

 シミュレーターで銃を握るのは、恐らくこの一回きりの相談では払拭できないのだろう。

 それでも、こうしてメルJと喋ることで突破口が見つかるかもしれないのならば――それはきっと喜ばしいはずだ。

 メルJが缶コーヒーを呷ったところで、そういえば、とさつきは思い出す。

「立花さんが言ってしましたけれど、下操主を疑似再現できるかもって話らしいです。だったら私、お兄ちゃんに乗ってもらいたいなぁ……」

 そこでメルJは不意に咳き込み、何度もむせてから口元を拭う。

「……さ、さつき? それは本当か?」

「え……あ、はい。小河原さんが乗っている状態って言うののデータ自体はあるらしいので、それをちょちょいのちょいって……」

 話を聞くなりメルJは腕を組んで何やら神妙な考え事をしているようであった。

「……あの、ヴァネットさん?」

「……さつき、これは赤緒たちには教えないでおこう」

「へっ……? 何でです?」

「何でも、だ。小河原が乗っている状態を疑似再現できるって言うのならば……私たちで独占したいだろう?」

 声を潜ませて提案する彼女に、さつきは少しだけほほえましくなっていた。

 ここに来てちょっとした弱みを見せてくれるメルJはきっと、少しは自分のことを信頼してくれているのだろう。

 自分が信頼して相談したように。

 メルJにとっての自分もそうでありたい。

「……じゃあちょっとだけ、赤緒さんたちには言わないでおきましょうか?」

 何だか自分らしくない、ささやかな意地悪めいた言葉。

 それを共有できる相手は目の前に居る。

「……頼むぞ。まぁ、どうせバレるのには時間の問題なのだろうが……ちょっとの間だけなら、私たちにだってそういう権利はあっていいはずだ」

「……ですね。じゃあシミュレーター室に行きましょうか」

 立ち上がった自分に、メルJがすっと空き缶を掲げる。

「……私たちだけの秘密だぞ?」

 今はその共犯関係も悪くない気がして、さつきも缶を突き出していた。

「はい! じゃあ、行きましょう! ヴァネットさん!」

 二人で空き缶をこつんと合わせて、くずかごへと放り投げる。

 今は悩みを少しは捨てて、そして楽しみだけを胸に抱こう。

「……それにしても、ヴァネットさん、シミュレーターとかやらないんだと思ってましたけれど……」

「……物は試しだ。日本じゃそういう言い方もあるんだろう?」

 だが二人して目的は分かり切っている。

 何だか、明け透けな胸の内なのはお互いさまで、先ほどまで深刻な相談をしていたことなど忘れてしまいそうだ。

 しかし、それでいい。

 きっと、胸に宿した不安をいたずらに煽るよりも、期待だけに胸を膨らませて、それで歩んだほうがよっぽど、前向きになれるはずだ。

 それに俗っぽい目的で動くのは別に嫌いじゃない。

「いいか? あくまでも、シミュレーターとやらの完成度を見るんだからな? 勘違いするんじゃないぞ?」

 メルJが咳払いで何度か威厳を取り戻そうとするのを、さつきは微笑みかける。

「分かってますよ、ヴァネットさん。……そうですね、あくまでも、そっちが本音なんですから」

「そ、そうだ……。分かっているじゃないか……」

 心で決めると言うのならば、今はたった一つだけ。

 ――たった一つの想いだけで、人機を駆ろう。

 その先に何が待ち構えていようと、今だけは頼れる友が居るのだから――。

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