「だねぇ、どうしよっか? 柊神社に居るみんなは……もう食べているだろうし」
「あの……何か食べて帰るのはどうでしょう? 今から作ると時間もかかりますし」
そう提案したのは今しがた《ナナツーライト》から降りて来たさつきで、うーんと全員で呻る。
「……ですけれど、買い食いみたいになっちゃいますね……」
「別にいいんじゃないの? 赤緒もさつきも学校帰りじゃないし」
エルニィはさして気にしていないようであったが、赤緒はさつきと視線を合わせる。
「……多分、五郎さんが夕食は作っているはずなので、一報だけでも入れて」
「じゃあボクねー。あ、もしもし、五郎さーん? ボクら食べて帰るから」
携帯電話を取り出したエルニィに、赤緒は自分たちは制限されているのに、と少しだけやっかみの気持ちが湧いてくる。
「いいってさー。今日の夕飯はそうめんだったから沸かさないで済んだし、気にしないでって」
「じゃあ、その……どこかに食べに行きましょうか」
おずおずとしたさつきの言葉に、赤緒は少しだけ困惑する。
「……そう言えば、このメンバーで外食するの初めてかも……」
エルニィとルイはしょっちゅう街に繰り出しては何かを食べているのがよくあることであったが、自分とさつきを巻き込んでは恐らくなかったのではないか。
人機を擁する格納庫の電源を切ってから、エルニィは鼻歌混じりに歩み出す。
「赤緒はさ、何食べたいの?」
「えっ、奢ってくれるんですか?」
「んなわけないじゃん。ボク、お金ないよ? 赤緒がお小遣いは管理してるでしょー」
「じゃあ、その……さつきちゃんは?」
「私もその……ささやかな程度しか……」
赤緒も財布を開く。
自分一人で二人を充分に満足させるほどの手持ちはなく、千円札が二枚程度であった。
「……どうしましょう。お金、私も持ってませんよ?」
「なぁーんだ。赤緒もかー。……ってかさ、じゃあどうするの? ディナーなんて高くつくでしょ?」
「うーん……安くつくようなお店ってありましたっけ?」
思案するさつきに、赤緒は思い浮かぶ当てもなく訓練場の卓を囲む。
「えっと……じゃあ、じゃんけんで決めましょうか? それなら公平ですし」
「いいけど……ボク、今日はもう少し、こってりしたものの気分なんだよねー。ほら、頭脳労働したし」
相も変わらずぐうたらなエルニィは胡坐を掻いて注文する。
「頭脳労働……関係あります? でも……お腹は空いているかも……」
赤緒も訓練後の空腹には抗えない気分だ。
さつきへと視線を向けると、彼女は少し遠慮がちに応じていた。
「あっ、私は……そのー、どっちでも」
「さつきだって、今日はリバウンドの臨界試験やったんだし、集中力使ったでしょ? カロリーは必要だと思うけれどなぁ」
「けれど、今からこってりしたものなんて……」
「いっそのこと、焼き肉行っちゃう?」
エルニィの意見に、さつきがやんわりと返す。
「……皆さんがそうめんを食べているのに、私たちだけ焼き肉は悪いですよ……」
「それはそうだよね……。うーん、それに私の財布じゃ、三人分の焼き肉のお金なんて払えないですよ」
正直なところを言えば、今だけは焼き肉でもいいような気はしていたが、それは財布事情が許さない。
「じゃあどうするのさー。ここまで出前してもらうんだとしても、うーん……ラーメンとか?」
「確かにこってりはしていますけれど……お昼もカップ麺だったじゃないですか」
今日は朝からずっと訓練場に詰めているので、昼は簡単に済ませたのだ。
その弊害が今出ているわけなのであるが。
「うーん……ボクは毎回カップ麺でもいいけれど、二人は不満?」
「身体によくないですよ、日に二回もカップ麺なんて……お兄ちゃんじゃないんですから」
「そうですよ。小河原さんじゃないんですから」
「……二人とも、両兵が長生きできると思ってないでしょ。まぁ、同意見だけれどさ。じゃあ、何がいいの? 天丼とか? 丼ものならご飯も取れるし、どう?」
「いいですけれど……開いてます? 当てがあるんなら、それもありですけれど……」
電話帳を開いたエルニィは丼ものの店を探し始める。
「ちょーっと待ってね……。あー……ちょうど開いてないや。うーん、間が悪いなぁ……」
三人で渋面を突き合わせている間にも、開店している店は少なくなっていく一方だ。
「えっと……ここまで届けてもらえて、なおかつちょっとお腹が空いている私たちが、それなりに満腹感を得られるような食べ物で……赤緒さんの財布に優しいもの……ですよね?」
ちょうどホワイトボードが空いていたので、さつきが意見を取り纏めて記す。
それを見るなりエルニィは唇を尖らせていた。
「何かないのー? 赤緒ってば、本当にケチだなぁ」
「ケチじゃないですよ。倹約してるんですから。これでも柊神社の財政とか、一応気にかけてるんですし」
「でも、それほとんど五郎さんでしょ? それに、今必要なのは赤緒が二千円を使う勇気じゃないかなぁ?」
「……じゃあ、立花さんも財布出してくださいよ。私だけなのはフェアじゃないですし」
「失礼だなぁ、赤緒は。えーっと、財布財布……あー、ないや。そう言えばお尻のポケットに……」
エルニィはポケットを探ってくしゃくしゃになったレシートと小銭を取り出す。
「……しめて、三百円……」
とてもではないが焼き肉には手が届きそうにもない。
さつきも丁寧に紙幣を机の上に広げるも、千円程度だ。
「じゃあ、えっと……三千三百円……。これで何が食べられます?」
「無理じゃん。一人分だってなかなか怪しいよ、これ」
確かに空腹で食べ盛りの女子三人がそれなりのものを食べようと思えば、三千三百円ではギリギリのラインだ。
「……やっぱりカップ麺ですか、これじゃ……」
しゅんとしたさつきへと赤緒は取り成すように言葉を紡ぐ。
「だ、大丈夫だって、さつきちゃん! 三千円もあるんだし、一人千円なら……」
「全部使うの? でもさー、駄菓子屋とか安いお店はそろそろ閉店だし、ラーメンだってこれじゃちょっと分かんないじゃん。それにさ! こんな時間まで作業してるんだよ? せっかくなら、いいものを食べたいー!」
じたばたし始めたエルニィに、赤緒はさつきと視線を合わせて困り果てていた。
「……うーん、確かに一日中人機の訓練で疲れているのに、こんなところでケチになっても……」
「でしょー? それに、ボクはみんなの分の人機のデータフィードバックまでしてるんだよ? 本来なら、ボクにこの三千円の価値があってもいいはずじゃん!」
「立花さん、それは言い過ぎですよ……」
嗜めるさつきに、赤緒は机の上に置かれた所持金を見つめ直す。
「……どうします? 柊神社までいったん帰りましょうか?」
「やだー! もうここで食べて帰る口になってるしー!」
相変わらず我儘だけは一級品のエルニィに赤緒はため息をついていた。
「……ですけれど、確かに柊神社にはもう連絡もしましたし、今から帰って食べるって言っても迷惑ですよね……」
確かに、先ほどエルニィが連絡したので自分たちの分はもうないだろう。
仮に帰ったとしても――。
「待ってるのはそうめん、かぁ……」
何だかがっくりと来てしまい、顔を見合わせて嘆息を漏らす。
「でも……私たちはお腹空いちゃってますから、このままじゃ帰れませんよ」
「だねぇ……どうするのさ。本当に何か……それっぽいのを注文しないと時間が過ぎる一方だよ」
「あっ、こっちに自衛隊の皆さんが頼んでいたみたいなチラシがありますよ」
チラシを広げると、自衛隊の人々がよく頼む店には丸が付いている。
「こっちは町中華……こっちはファストフード……どうする?」
「予算と要相談ですよね……。あまり高いのは買えませんし……」
やはり机の上に置かれた三千三百円が現実を突き付けてくる。
――と、そこで視野に入った一覧に赤緒は注目していた。
「これ……ちょうど三千円くらいですけれど……」
「どれどれ……あー、これならボクも食べたことあるし、ブラジルじゃよく注文していたもんだよ」
「じゃあ、注文しますか? さつきちゃんもこれでいい?」
「はい。けれど私……食べるの初めてかも……」
「それなら、ちょうどいいや。あ、もしもし――」
――届いたのは扁平な箱で、赤緒が率先してゆっくりとそれを開く。
中にあったのは、円形の――。
「……ピザ、ですか」
「ボク、こっちの海鮮の奴もらうねー。いやー、懐かしい味だなぁ、これ」
「……けれどちょっと……太っちゃいそう」
「気にするのは赤緒だけだって。さつきもほら、こっちの肉のほう食べちゃいなって」
さつきはチーズとベーコンが絡まったピザへと食べようとして疑問符を浮かべる。
「お箸は……」
「使わないってば。ピザだよ?」
「……けれど私、食べたことないんですよね……。この間、小河原さんと一緒にハンバーガーを食べたのだって初めてでしたし」
「本当? さつき、ピザの背徳的美味しさを知らないなんて損してるよ? これ、こうやって寝そべりながら食べるのが一番美味しいんだってば」
エルニィは横になってピザを頬張っている。
「もうっ、立花さん、行儀が悪いですよ」
「別にいいじゃん。誰かに見せるわけでもないし」
さつきはピザをおずおずと口に含むと、チーズがとろりと伸びていた。
「ふえっ……? 食べられないです……」
「さつきはピザ初心者だなぁ。ほら、こうやってピザにはタバスコをたんまりとかけるのが一番美味しくなるんだよ」
タバスコをかけると見る見るうちにピザのひと切れが赤く染まっていく。
「あの……辛くないんですか?」
それを口いっぱいに頬張ったエルニィがんー! と歓喜の声を上げる。
「美味いっ! これこれー、ふるさとの味って言うの? これがピザのジャンキーさをより際立たせるぅー!」
どうやらエルニィにとってはこれがかねてより経験してきた味らしい。
赤緒もカロリーの爆弾であるピザを噛み締めるなり、ぱっと顔を明るくさせていた。どこかこの時間に食べるのには背徳的な味がする。
「……美味しい……けれど、これって何だかふるさとの味って言うよりも、ちょっと罪深い味かも……」
「どうせならもっと罪を重ねちゃう?」
エルニィは一緒に買ったポテトを口へと放り込んでから、その油分をコーラで一気に喉へと流し込む。
「くぅー……っ! これ、堪んないなぁ!」
「立花さん、何だかそれ、いい風には見えませんよ……」