「まぁ、やってみなって! やってみなくっちゃ分かんないでしょー!」
エルニィに促され、さつきと赤緒も同じようにピザを口へと放り込み、ポテトを齧ってからコーラを呷っていた。
確かに、脳髄を痺れさせる油と炭酸のクセになる風味が口中に広がり、多幸感に押し包まれていく。
「……うぅ……これはでも、あんまりクセになっちゃ駄目な味……ですよ」
「赤緒も一度だけならいいでしょ? いやぁ、いいよねぇ、この夜も更けた頃合いに罪って言うのも」
上機嫌でコーラを飲むエルニィへと、赤緒はそれとなく尋ねていた。
「こういう生活、立花さんはしてたんですか?」
「あー、うん、一時的にね。カラカスが核に包まれる前の少しの間、両兵と青葉がうちに居候していた頃にはよくこういう食事をしていたもんだよ」
ここでもまた青葉の名前が出てくる。
赤緒はぼんやりとポテトを食べながら、その言葉を反芻していた。
「……小河原さんと、青葉さん……」
「そっ。ブラジルのリオまでやってくるなんて酔狂なもんだとは思うけれど、そのお陰で今の《モリビト2号》があるわけなんだから、いやはや、人生何が起こるか分かんないよね」
「《モリビト2号》はそこで建造されたんですか?」
ポテトを小さい口で齧りつきながら、さつきは聞いていた。
「元々の血塊炉はカナイマのだったんだけれど、ブラジルの……まぁ、ボクのじーちゃんが開発の関係者だったんだ。モリビトのスペアパーツを地下で製造していてね」
「……じゃあ、もし小河原さんと青葉さんが、そこに来なかったら、モリビトは……」
「そもそもかな。完成しなかったのもあるし、それに……こうして東京の前線で戦うなんて思いも寄らなかったね」
そう考えれば何だか奇縁だ。
青葉と両兵、そしてエルニィの誰か一人でも欠けていれば今の戦いは成り立っていない。
「……きっと、いい出会いを経てきたんでしょうね」
「まぁ、そうかもね。……ねぇ、何だかさ。こうしてジャンクフードを囲んで改まって話すのって初めてじゃない?」
言われてみれば確かにその通り。
大事なことを話す時には決まって柊神社だったが、今は自衛隊の訓練場。しかも夜も更けてきた頃合いに、こんな食事なんて誰ともなく許さなかった空気もある。
それが実現できたのは、距離が縮まった証でもあるのだろうか。
「……ですね。普段はちゃんとした晩御飯食べたり、色々してますし……」
「五郎さんとさつきには感謝だけれど、たまにはボクはこういう食卓もいいんじゃないかなって思うんだよね。ほら、適度に力を抜くって言うの? 改まった食卓じゃ、なかなか話せないこともあるじゃんか」
ピザとコーラ、それに付け合わせのポテト。
何だか今ならば、少しだけ重要なことでもさらっと流せてしまえるような気がして驚きだ。
加えて少しだけ夏の気配をはらんだ風が吹き抜ける格納デッキの近く。
平時ならば口に出せないことでも今だけなら許せてしまうかもしれない。
「……さつきちゃんは、やっぱり今でもお兄さんを追って?」
別段、重い話をしたいわけでもないのだが、口火を切るのならば今のような気がして赤緒は尋ねる。
「あ、はい……。元々はそうだったんですよね、私も。でも、今はそうでもないのかもしれません。私、アンヘルに居場所があるのが嬉しくて……。けれど旅館で働いていた時には何だか、こうしてゆっくり考えることなんてまるでできなかったですから」
「今は、いい意味で時間はゆったりとしているって感じか。ボクもねぇ……普段はソフトウェアの開発に新型人機のコンペだとか、諸々のパワーバランスだとかを考えるところだけれど……今はいいよね。だって、ピザとコーラに合う話ってそうじゃないでしょ?」
どれだけ普段は飲み込むのが難しい事柄でも、今日はピザとコーラがある。
ならば、ちょっとばかしの弱音や懸念事項は、一緒に飲み込んでしまおう。
「……私たち、強くなれてるんですよね?」
「そりゃあ、そうだよ。何なら、この成長スピードは目を瞠るレベルだって。ボクも、だからこそ応えなくっちゃってやっているところもあるしね。操主が必死に戦っているのに後ろの整備班が全力を出さないわけにはいかないでしょ? 赤緒たちの全力には、こっちも全力でやり切らないと。それがメカニックの仕事だからね」
今は、普段ならこっ恥ずかしい台詞でも本音なのだと分かる。
「……ですね。私もモリビトの操主ですし、それならきっと……戦うことの意義も……」
「私も……! もっと強くなって、皆さんを守りたいです……っ!」
「さつきってば、場酔いしてるの? アルコールは一滴も入ってないのに」
茶化すエルニィにさつきは微笑み一つで返していた。
「だって、今日は特別な夕食ですから」
そう、特別だ。
きっと二度も三度もない、そういう夜なのだろう。
だから、何か言い置いておきたい、と言う気持ちが先行していた。
「……あの、立花さん。その……」
しかし、喉まで出かかった感謝の言葉は、上機嫌でピザを頬張るエルニィを前に霧散する。
「うん? 何、赤緒」
「……いえ、何でも。食べましょうか! ピザとコーラで、乾杯……っ!」
無粋なことを言い出すものでもない。
今は、一時の享楽であろうとも、ピザとコーラがあれば許せてしまう。
「うん、そうだね。……それにしたって、こんなの柊神社で頼んだら、ルイと南にしてやられちゃうよ。あっ、両兵もか」
「……ですね。三人だからこそ、できた夕食ですし」
さつきはピザの一切れをつまみ、領収書とお釣りへと視線を寄越す。
赤緒も残金三十円を見やっていた。
――この夕食の価値は、三千三百円でしかない。
だが、その価値以上を持つのならば、それはきっと、誰のものでもなく、三人で居たからこそ――。
「……立花さん。ピザって美味しいんですね」
「そうだよ、知らなかった? この世で一番美味しい組み合わせは、罪な味のピザとコーラを、こぉーんな夜更けに食べちゃうこと!」
「……もうっ、それは言い過ぎですよ」
とは言え、ピザの残り枚数はまるでこの時間が限られているかのように少しずつ欠けていく。
有限なのだと、何よりも分かっているのは三人ともであった。
いずれは、こんなささやかな夕食を思い出して、そして泣いてしまうのかもしれない。
けれど、今だけは。
「……涙のしょっぱさじゃない。だって、ちょっとだけ罪な味だけれど……」
世界の片隅で食べるのには、ちょうどいい。
ちょうどいい――罪な夕食だ。