『にしたって……山野さんたちも無茶言うよなぁ……。俺たちに、前線部隊の支援を行えなんて』
広世は《ギデオントウジャ》の飛翔能力を用いて、高空よりジャングルを突き進む自分へと指示を行う。
「……仕方ないよ。キョムの戦力にとってしてみれば、前線部隊の人たちは巻き込まれたみたいなものなんだから」
山野たち、カナイマアンヘルへと救援信号が打たれたのがつい四時間前。
既に手遅れの可能性があるとは言え、アンヘルはレジスタンスを見捨てないと言う判断で、自分たちはこうして武装を施して救援に向かっている。
『……津崎青葉。すまない、広世も……。我々がもっと強く言っていれば……』
『謝らないでくれよ、フィリプス隊長。誰だって、一手でもキョムを上回れるって言うのなら、その機会を逃したくないってのが本音だろ』
軽口で返した広世の《ギデオントウジャ》へと並び立ったのは《マサムネ》であった。
既にガンツウェポンの重装備に身を包み、フィリプスは慣れない空戦人機でレジスタンスの《ナナツーウェイ》を率いていた。
『……そうであったな。だが……レジスタンスも一枚岩ではない。私の交渉ミスだ』
青葉は通信に耳を傾けつつ、それも致し方ないのだろうと感じていた。
元々、レジスタンスだってアンヘルに属する者たちと、軍部に属する者たちとで温度差がある。
軍部――もっと言えばウリマンアンヘルに所属する人々とはさほど交流があるわけでもない。
独断専行が目立つ彼らにはフィリプスに交渉の矢面を頼んでいたのだが、それが決裂。
レジスタンスの一部隊は、こちらの制止を無視して敵の勢力圏へと猪突し、その結果としての救難信号。
『……青葉。正直なところ、思うところはあるだろうけれど、今は少しでも人命救助が優先だ』
広世の慮った声に、青葉は首肯する。
「……うん。それに、助けられる命なら……助けたいもん」
『すまないな、二人とも……。レジスタンス第一部隊! 一刻も早く前線へと赴いて……この高周波は……!』
フィリプスの《マサムネ》が機首を立てて横ロールした直後、火線が舞っていた。
「……《バーゴイル》……こんな時に……!」
《バーゴイル》の小隊編成が足止めにかかる。
どこからどう見ても、この先で待っているはずのレジスタンス部隊への補給を遮るつもりであろう。
広世の《ギデオントウジャ》が大地を踏み締め、両腕に有するブレード装備を翳す。
『青葉! こいつらは俺とフィリプス隊長でどうにかする! そっちは、できるだけ前に……!』
《モリビト雷号》の戦力の温存も考えているのだろう。
「……うん、広世……。怪我しないでね」
『……分かってるよ。フィリプス隊長!』
『ああ! まだ《マサムネ》に完全に順応したわけではないが、戦い抜かせてもらおう……!』
「皆さん! レジスタンス第一部隊は私に続いてください。少しでも……前に進みます……!」
こちらへとプレッシャーライフルを向けようとした敵機へと《マサムネ》がまずミサイルを掃射し、弾幕を張っていた。
うろたえた敵勢へと、《ギデオントウジャ》が素早く背後へと回り込み、斬撃を見舞う。
トウジャタイプの速力を活かした奇襲戦法に、《バーゴイル》の頭蓋が砕かれていた。
打ち倒した敵機を足掛かりにして、《ギデオントウジャ》が飛翔する。
背面に装備した推進装置は一時的とは言え、《シュナイガートウジャ》に匹敵する速力を実現していた。
『シュナイガーみたいに、必殺技ってのがなくったって……! 俺とトウジャならやれる!』
打ち下ろした刃が《バーゴイル》の片腕を落とし、返す刀で両断していた。
敵小隊はこちらの応戦速度を少しでも落とす目論みがあったのだろう。
少しずつ距離を取りながら、プレッシャーライフルを速射モードに設定し、牽制銃撃で遠ざかっていく。
『……おっかなびっくりの銃撃程度で! ……フィリプス隊長、無事か?』
『……空戦人機はなかなかにクセがあるな……。ランデブー地点にて合流する。津崎青葉と広世は先にそちらへと赴いてくれ。私は、少しばかりは露払いをさせてもらう』
《マサムネ》が加速して《バーゴイル》部隊へと火器を見舞っていた。
相手もそこまで旨味を感じていないのか、《マサムネ》を相手にしようとは思わず、後退を選んでいく。
青葉は一進一退の攻防の中で、ただひたすらに祈っていた。
「……レジスタンスに赴くのが遅れるだけで……私たちの意義は消え失せる。だから、少しでも……前へ……!」
《モリビト雷号》のメイン武装である長距離ライフルを《バーゴイル》の小隊へと突きつけていた。
威嚇でしかないが、これで相手も少しは諦めてくれるはずだろう。
撤退機動に移った相手にフィリプスが感想を述べる。
『……いい引き際だ。やはり、津崎青葉には勝てないと、さすがの黒ガラスでも分かっているのか?』
『どうだろうかな……。俺からしてみれば、どっちにしろ危うい綱渡りだけれど……。青葉、お言葉に甘えて先にランデブーポイントに向かっておこう。もうそろそろ……日も落ちる頃合いだしな』
今日中のレジスタンス部隊への補給は絶望的だろう。
そうでなくとも、夜のジャングルには無数の危険がある。
「……うん。できれば少しでも前に進みたいけれど……無理はできないし」
だが何よりも――今、何もできない自分自身が青葉にとっては歯がゆかった。
「――……落ち着いたか?」
キャンプ場を予め指定しておいたのは、キョムの強襲に備えるためであるのと同時に、要らぬ損害をもたらさないためでもある。
青葉は火に当たりながらゆっくりと頷いていた。
広世は両手にマグカップを持っており、片方を差し出す。
「飲めって。少しはあったまる」
黒々としたコーヒーの液体に視線を落とし、青葉は呟いていた。
「……ねぇ、広世。私たち、少しは強くなれたのかな……」
「何だよ、それ。青葉は最初から結構な使い手だろ? 俺は……まぁ、ギデオンに慣れるのは一日でも早くって思っているけれど、やっぱりなかなかだな。トウジャタイプを一人で動かすのは骨が折れるってもんだし」
コーヒーに口をつけて、青葉はその芳醇な香りに驚く。
「……美味しい……」
「最近、張り詰めっ放しだったろ? 少しいい豆をカナイマで掠めてきた。ちょっとでも落ち着かないと、成功する作戦だって難しくなってくるだろうから」
「……広世、けれど、間に合うのかな……。前線って言うと、やっぱり……」
「ああ。爆心地……って言うときな臭いが、カラカスの辺りは一応のところ、未開の地ってされている。噂じゃキョムの実験人機の支配地なんだとか。噂だけれどな」
あの日、全てが変わってしまった。
三年前の重力崩壊――最初のロストライフ現象。
カラカスが消滅し、その地は未だにこう呼称される。
「呪われた地」、「はじまりの場所」とも――。
「……青葉はさ。こう言うと何だけれど、前線の連中に、思い入れちゃってるんじゃないか?」
「思い入れ……か。分かんない。私、助けられるんなら、全員助けたい。けれど……フィリプスさんたちとは、敵対していた人たち、なんだよね……?」
「フィリプス隊長が交渉事に毎日のように駆り出していたのは俺も知っているからな。こっちの言葉を聞かずに前に出たツケ、と言えなくもないんだろうさ」
別段、広世が冷たいわけでもない。
ただ、青葉にしてみれば同じレジスタンス組織であるはずなのに、隔たりがあるのが悲しいだけだ。
「……私が説得すれば違ったのかな……」
「どうかな。同じだと思う。青葉を黒髪のヴァルキリーって持て囃しているのも気分が悪いって言っていた連中だし。……それに、そういう人間だって居るだろ。誰でも誤解なく分かり合えるなんて都合のいい世界でもない。それこそ、俺たちはそういう世界を否定して、今ここに居るんだからな」
誰でも誤解なく、それこそ動物のような野生だけで分かり合える――だがそれは、黒将の言っていた理想世界と何が違うと言うのか。
黒の男の目指したのは理想に糊塗されただけの、私怨に塗れた世界だ。
そこに意義だの、意味だのを持ち込んで、キョムは世界に闘争を吹っ掛けている。
打ち砕かなくてはいけない悪意であるのは明白なのに、自分たちのような存在でさえ、その呪縛からは逃れられていない。
「……時々、分かんなくなるの。あの時……私とモリビトで黒将を倒した時……世界に悪意が飛び散った。黒い波動って言うのも、ある意味では私の罪のようなものだと思っている」
「青葉……それは違うだろ……。お前とモリビトが居なくっちゃ……それこそ世界は終わっていたんだ」
広世の物言いに青葉は首を横に振る。
「私も、同じなのかもしれない。自分たちの正義とか、一面だけの戦いを信じて……近くっても分かり合えないことだってあるのに……認めたくないんだね……」
広世は言葉少なに火へと薪をくべる。
光が照り返し、僅かに火の勢いが強まった。
「……けれど、俺は間違いなく、青葉に……世界を変えてもらったんだ。それだけは間違いじゃないだろ?」
「……広世の?」
「そうだよ。俺はあの時……黒将に操られていたって言う言い訳があるとは言え、どうしようもないことに手を染めるところだった。やっぱりさ、その時々で信じて行くしかないんだと思う。何を信じるだとか、何のために戦うだとかって言うのは。……俺は、青葉を信じる。信じることに……とっくの昔から決めてるんだ」
広世の真っ直ぐな言葉に、青葉は少しだけ救われた気分であった。
「……でも、信じて馬鹿を見るかも……」
「構うもんか。青葉を信じて馬鹿を見るっていうんなら、それで上等だ。俺は……そうなんだって、決めてるんだからさ」
「……広世……」
「分かんないけれど、さ。俺、多分頭良くないから。けれど、青葉を最後まで信じ抜くってのは、本当だから」
どこか取り繕うようにして微笑んだ広世に、青葉は遠くで鳥が鳴いて飛び立ったのを感じて空を仰ぐ。
こぼれ落ちて来そうな一面の星空に、白銀の月が中天に昇る。
あの日――命の河を目の当たりにした夜はこんな星空にしとしとと雨が降っていたなと思い返す。
「……モリビトと一緒に、信じてきた理想一つ……信じないと始まらない、か」
コーヒーを呷ってから、青葉は苦み走ったその味にそっと口を開いていた。
「……いつだって、甘い結末だけだなんて、限らないんだよね」
――ここより先は、警戒区域だと、フィリプスは広域通信で連隊にもたらしていた。
『聞いていた通り、カラカスに近いこの場所は既に爆心地と推定されている。キョムの実験機が稼働しているとの噂もある。津崎青葉も広世も、充分に注意して欲しい。……正直、私も何が起こるのかまでは分からない』
探索二日目。
前線に赴いたレジスタンスは型落ち式の《ナナツーウェイ》なのだと伝え聞いていた。
既に食糧は尽き、水もそして資材も底をついていると推測される。
青葉は少しでも早く、と急く気持ちと共に《モリビト雷号》で煤けた砂礫を踏み締める。
「フィリプスさん、それに広世も……。空戦人機のほうが見通しがつく。私の雷号は長距離戦主体……見えない場所からの敵の攻勢には弱いから……頼みます」
『承知した! レジスタンス第一部隊、津崎青葉を守り通すぞ!』
応、と了承の声が響き渡る中で広世の直通通信が接続されていた。
『青葉……どんな結末でも、後悔はしないでくれ。ここまで来たんだ。俺たちだって随分と無茶をしている。それに対して……自責の念だとかそういうのは、感じる必要はない、と俺はそう思う』
不器用ながらに広世は伝えようと知れているのは窺えた。
「……うん。私も……覚悟してるから」
その厚意に少しは甘えようと言う気持ちがあったせいか、それとも完全に虚を突いた攻勢であったせいか――。
直後の熱源警告に一拍だけ反応が遅れていた。
首裏を粟立たせる殺気に、言葉よりも速く《モリビト雷号》を飛び退らさせる。
「広世……!」
遅れた現実認識で、青葉は広世の《ギデオントウジャ》と放たれた熱波で、空間を寸断されたのを感じ取っていた。
『青葉……!』
《ギデオントウジャ》とフィリプスの《マサムネ》が上手く逃れてくれたかの自信はない。
しかし、応戦しなければ自分一人だって守れやしないと、青葉は《モリビト雷号》を駆け抜けさせていた。
地を這うように灼熱の火線が舞い、自分たちの繋がりを絶っていく。
「……これ、ジャミング……? けれどジャミング兵装にしては……!」
熱波は切り裂いた直後から炎を噴き出し、物理的にもこちらを分断していた。
「……高火力の人機……! 間違いなく、このクラスは……キリビトタイプ相当の……!」
《モリビト雷号》は崖状になっている窪地へと機体を滑らせて火線を潜り抜け、長距離砲の弾倉を引き上げる。
「……みんなは……上手く散ってくれた? これじゃ、確認もできない……」
先ほどから砂嵐に塗れた通信網には問い返すこともできず、青葉は単独行動へと予期せずして陥れられていた。
だが、信じるしかない。
自分は彼らを信じて、なおかつ前線部隊の無事を祈って、戦い抜くほかなかった。
再び、地を這う火線が舞い遊び、砂礫の大地から灼熱の火炎が噴出する。
「……これ、空中から仕掛けているの……? 敵は……!」
直上、と判じた青葉は長距離砲を掲げていた。
果たして――その敵は遥か高空に位置している。
空を抱くように殻の武装を保持しており、甲殻類を想起させるその立ち振る舞いはまるで地上の兵器とは一線を画していた。
――キョムの実験兵器。
広世の口から放たれたその言葉が現実味を帯びてくる。
敵の実験兵器は高出力のリバウンド兵装を絞り、一点集中に絞らせた火力で大地を切り裂いていく。
敵機の火力に晒されてしまえば、モリビトの装甲であろうとも一撃で溶断されるであろう。
それほどまでの相手に、青葉は渇いた喉に唾を飲み下す。
長距離砲で一撃を叩き込むも、敵の装甲板は剥離した様子もない。
「……なんて、堅い敵……!」
甲殻の人機が下部に搭載した眼窩でこちらを睥睨していた。
その途端、雲が晴れ濃霧に塗れていた世界が露わになる。
敵機は甲殻の内側に無数の機体を項垂れさせていた。
まさか、《バーゴイル》を仕込んでいるのか、と身構えた青葉は、それを大写しにする。
「……違う。あれは……レジスタンスのナナツー……?」
敵機は捕縛した《ナナツーウェイ》の遺骸をまるでコレクションのように揃え、機体内部に格納していたのだ。
その悪意、そして晒したと言う意味に青葉は震撼する。
「……みんなを……殺した……?」
自分たちが救出するはずだったレジスタンス部隊のナナツーが完全に焼き尽くされ、その骸を曝け出している。
――大義があった。
――正義があった。
――生きたいと願っていた。
そのはずなのに。
今は、何も感じない。
死者を弄ぶ敵人機の装いに、青葉は脳髄の奥深くが弾け飛んだのを感じ取っていた。
「……やったな」
直後、地表へと熱線が放たれるのを青葉は至近距離で回避する。
装甲を溶断しかねない魔の炎熱が迫るが、青葉にとってはそれよりも――ヒトの命を愚弄した敵への尽きない憎しみが勝っていた。
「……ファントム」
《モリビト雷号》が呼応するように内蔵骨格を震わせ、吼え立てる。
敵の熱線攻撃が地表を這うのに対して、青葉は真正面からその直下へと滑り込んでいた。
機体背面にマウントした救難武装を犠牲に、青葉は敵の熱線がすぐ脇に至った瞬間にパージする。
それは一瞬の決断であった。
武装を分離させた瞬間に発生する僅かなラグ。
《モリビト雷号》はレイコンマの世界とは言え、浮き上がる。
それは誰にも計算できないほどの緻密な領域であっただろうが、青葉にはその次が明瞭に描けていた。
救難武装が光線兵装に掻っ切られる瞬間、青葉は敵人機の血塊炉付近を睨む。
照準器に捉えられた相手の急所を狙い澄まし、長距離砲撃が突き刺さっていた。
たったの二発――それが敵人機を射抜き、相手は急速にパワーダウンする。
熱線を連射することもできないのだろう。
僅かに重量を下げた《モリビト雷号》の行く先には崖が待っていた。
しかし、一瞬のうろたえさえも挟まない。
機体が地面から離れたのを感覚し、背面に装備していたフライトユニットを展開していた。
モリビトが翼を得て、空を支配する敵人機へと進撃する。
「一つ、二つ……」
いやに冴えた脳内で、青葉は敵の甲殻じみた装甲の継ぎ目を粉砕していた。
その照準は的確にコックピットを見据える。
トリガーを引きかけた、次の瞬間、熱波の光が拡散していた。
こちらが肉薄するのを予見しての行動だったのだろうが、全て――。
「……全て、遅い……!」
熱線が地面を断ち割り、大地が鳴動する。
青葉は地獄の淵にあるような光景から飛翔していた。
敵巨大人機へと迫り、長距離砲をあえてマウントして加速する。
腰に装備されたブレードを抜刀し、大上段に振るい上げていた。
刃が食い込み、モリビトの膂力が装甲を引き裂く。
最早、この距離の自分を破壊する術は敵にはないはずだ。
推進剤を焚き、一気に直上へと躍り上がる。
分解された装甲が爆ぜ、敵人機に搭乗する操主が垣間見えた気がした。
唐竹割りで打ち下ろそうとした刹那――声が残響する。
『ころさないで』
一拍、いや、一手だろうか。
遅れが生じていた。
迷いが、確かに生まれていた。
巨大人機を手足のように動かしていた相手のあまりの小ささに、あるいはあまりの幼さに僅かながら逡巡の間が浮かぶ。
光線兵器が、こちらを狙い澄ますのには充分な時間だ。
今まで地上を狙っていた光条が、《モリビト雷号》へと据えられる。
その砲塔が、瞬く前に。
『させるかァ――ッ!』
《ギデオントウジャ》の刃が閃き、砲身を叩き割る。
『青葉!』
ハッとして、青葉は現実に引き戻されていた。
「……こう、せ……?」
目を凝らせば、敵人機はほぼ無力化されている。
メイン兵装を潰され、装甲はそこいらかしこから炎を噴き出させていた。
『こいつは……もう終わりだ。離脱するぞ……青葉……!』
《ギデオントウジャ》に抱えられ、青葉は敵の中心核が今に弾け飛びかけたのを目の当たりにしていた。
「……け、けれど……ナナツーが……。助けたい人たちが……」
『……もう、無理だ』
諦めを自らの内に刻む前に、巨大人機が内側から爆砕する。
直後の衝撃波で《ギデオントウジャ》も《モリビト雷号》も、等しく吹き飛ばされていく。
崩れ落ちた戦場で、甲殻の敵人機の部品が地上へと降り注いでいた。
それはまるで、流星にも似て。
青葉は自らの世界に沁み行く、悔恨の光を追うほかなかった。
――埋葬は、フィリプスたちが率先して行ってくれたと言う。
しばらく一人にして欲しいという我儘に、青葉は《モリビト雷号》の中で塞ぎ込んでいた。
「……誰も、助けられなかった……」
「……そうでもないんじゃないか」
コックピットへと、広世が人機の腕を伝って片手を上げる。
その両手には昨夜と同じくマグカップが握られている。
「……飲めよ。しばらくは高出力リバウンド兵装の影響で、この辺も駄目になる。……また地図が塗り替わるな。あの巨大人機、多分血塊炉を何個も積んでいたんだ。カラカスほどじゃないが、人を拒む場所になる」
青葉は広世の優しさを拒絶しようとしたが、今だけは強い言葉が喉から出てこなかった。
「……私、駄目だね……。レジスタンスの人たちが死んでもいいって思ったから……救難用具を切り離したんだし」
「……違うだろ。救難用具はあの段階で切り離さないと青葉自身が危なかった。あの物資を帯びたままじゃ、雷号は飛べなかったんだし、咄嗟の判断だ。何も間違っちゃいないよ」
「けれど……! 私、諦めないって決めたのに……諦めたんだよ? だって、あの人機に勝つのには、これしかないって……」
震え始めた声に、広世は無言でマグカップを差し出す。
今は、言葉を重ねてくれないほうがありがたかった。
コーヒーの苦みを喉へと流し込んでから、憎々しいほどの晴天が広がっているのを感じる。
目に沁みる青も、今だけだ。
もうすぐ高出力リバウンド兵装を振るった代償のように、この地区はしばらくはオゾン臭に包まれ、毒の濃霧が発達して一寸先も見えなくなる。
ヒトを拒む闇が、待っているのだ。
その現実に押し潰されそうになったのを、広世が呟く。
「……俺は、さ。最初から、割と諦めてたんだ。だから、ギデオンに乗せた救難物資は、あの巨大人機と会敵した瞬間に、もう棄てちまっていてさ」
誰ともない、懺悔のようであった。
または、自分を慰める嘘であったのかもしれない。
「……青葉はでも、最後の最後まで諦めてなかったんだろ? だったなら、浮かばれたはずだよ。俺、フィリプス隊長から伝言預かっていてさ。“津崎青葉のお陰で、彼らは悔いなく逝けたはずだ”ってさ。……重いよな、こんなのも」
確かに重い。
だが背負わなくてはいけない痛みの一つだ。