JINKI 245 アンヘルの太陽


「……何だか思いがけずにこんな話になっちゃいましたね」
「……忘れてちょうだい。自分でも詩的が過ぎるわ。あの馬鹿みたいに何も考えていないのが太陽だなんて」
 少しだけ照れているのかもしれない。
 ルイの頬が上気していたのは、少しだけ汗ばむ季節になってきたせいだけではないのだろう。
 ついにはエルニィは店員へと直談判していた。
 数分に渡る交渉の後に、エルニィは笑顔でこちらへと手を振る。
「ルイにさつきー! 二人とも、何かボクのカッパはオーダーメイドで作ってもらえるみたい!」
「……えっと、それってお高くつくんじゃ……」
「全然っ! この程度、なんてことないってば! 二人のはちゃんと買っておくねー。まぁ、今日は着て帰れないのは残念だけれど、これから梅雨になるって言うじゃん!」
「あ、そうですね。もうそろそろ、梅雨の季節が……」
「だからさ! その時に三人で並んで! カッパを着て歩こうよ! きっと楽しいからさ!」
 エルニィのその言葉振りは、まさしく太陽のように燦然と輝いて。
「……ええ、はい。じゃあ、きっとですよ。約束しましょう」
「うんっ! じゃあ、三人で!」

「――ってことがありまして」
 説明の後に、さつきはつい三日前に届いたエルニィ専用のカッパへと目配せする。
 赤緒が箱を開くと、新品同然に折り畳まれたカッパが密閉されていた。
「……じゃあ立花さんはそれを楽しみに?」
「ええ、まぁ……。けれど、今回はその……私たちもちょっと楽しみなんです。だって、三人で色揃えようなんて……なかなかないですから」
「確かに……。でも、カッパを着ようにも、この一週間は晴れの天気のはずじゃ……」
「ねぇー、赤緒ー。そろそろ雨降るかなぁ?」
 雨を待ち望んでエルニィが手でひさしを作っている。
 赤緒はさすがに、と困惑した様子であった。
「……いや、でもこの晴れ模様で雨なんて……」
 そう言いかけた、その時。
 ぽつり、ぽつりと雨音が庭先に降りしきる。
「あれ……あれれ? ……晴れなのに……?」
「天気雨だ!」
 そう断言したエルニィが階段を駆け上がると、ルイの手を引いて大急ぎで降りてくる。
「じゃあ、ルイ! さつきも!」
 封をされたカッパを開き、エルニィがそれを被って庭先へと出ていく。
「……待ちなさいよ。これだから、自称天才ってのは……」
 文句を垂れつつ、ルイも紫色の自分専用のカッパを羽織る。
「けれど……こういうこともあるんですね……。天気予報では晴れだったのに」
 さつきはと言うと、カエルの装飾が施された少し子供っぽいカッパを纏っていた。
「……狐の嫁入り、だっけ。そうじゃなくっても雨を望むなんて酔狂なことを考えているから、こう言うことも起こるのかもしれないわね」
 だが悪い気分ではないはずだ。
 ルイは襟元を整えてから、庭先で手を振る黄色いカッパのエルニィへと駆けていく。
「ほらー! 二人ともー! やっぱり降ったじゃん! ボクが望んだ通りっ!」
「……うるさいわね。とっとと行くわよ」
「お、置いてかないでくださいよ……」
 靴を履いてから、二人へとようやく追いついた自分へと、エルニィが肩を組む。
「いやはや、よかったよかった。この特注のカッパが役に立たないかと冷や冷やしちゃったよ」
「……自称天才。本当に馬鹿みたいに映るわよ、それ」
「そう? ブラジルカラーで強そうじゃん!」
 黄色いカッパは日本では幼いことの象徴のように思っていたが、案外エルニィに似合っているのは彼女が自信たっぷりだからかもしれない。
「……そ、その……雨なので滑らないようにして……」
 靴をきっちりと履き直した自分へと、エルニィが手を握り締める。
「さーつき! 遅れないでよね! 雨空を抜けて、一直線っ!」
 天気雨を最大まで楽しもうとするエルニィは、確かに、トーキョーアンヘルの太陽なのだろう。
 彼女が居れば、そこはいつでも安心地帯で最前線。
 ルイと自分の手を繋いだエルニィは、ぱぁーっと腕を上げて、それから声を上げる。
「せーのっ! 梅雨、最高ー!」
 何だかいつもは承服できない雨空も、今日ばかりは冴えているような気がして、さつきは呟く。
「……梅雨、最高、か……。うん、そう思えたら、きっといい……よね」

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