JINKI 246 ひとひらの思い出に

 問いかけた青葉に対し、南はヤバッ、と声を発していた。

「あー、青葉? これはそのー、何でもないのよ! 全然……」

「南ってば嘘が下手だから。別に隠すことでもないんじゃないの?」

 澄ましたルイに南は後頭部を掻いて、まぁ、と小型コンテナ内に押し込めた無数の火薬へと視線を移す。

「ちょっとね……花火でもしよっかなって思っちゃって……」

 どこか濁した形なのは平時では厳戒態勢なのも影響しているのかもしれない。

 そうでなくとも、カナイマアンヘルにとっては少しの油断も命取りとなる。

 大方、山野たちにどやされるのを恐れて、の秘密行動なのだろう。

「あっ、じゃあ私もお手伝いしていいですかね? 花火、そういえばしばらく行ってないなぁ、って」

「あれ? でも日本って夏になったらみんな行くもんじゃないの?」

 その問いかけに青葉は困惑気に頬を掻く。

「いや、その……なかなか機会がなくって……」

「どうせ、ほとんど友達なんて居なかったんでしょ? あんたのことよ」

 ルイの指摘にうっ、とダメージを受けていると南が注意する。

「こら! ルイ! そういうのは言っちゃ駄目でしょうに! あ、青葉? この悪ガキの言うことなんて気にすることはないわよ」

「いえ、でも……それって本当なので」

「なぁに! こっちでたくさん思い出を作ればいいだけの話でしょ! ってわけで、青葉。ちょっと手伝ってもらえる?」

「あ、はい! 私で役立てるのなら、喜んで!」

 とは言え、どうして南たちは花火なんて集めているのだろう、その疑問が先立ったが、それを悟らせないようにして青葉は南から指示を受ける。

「よぉーし! じゃあ、青葉! ひとまず花火本体は私たちで集めていくから、その他のことの根回しを頼むわ!」

「根回し……ですか。けれど、別に花火をするのに、特別な用意なんてあります?」

「大ありよ。まずは、火薬を使っても怒られないように、訓練場のアポを取ってちょうだい。さすがにアンヘルとは言え、何の用意もなく火薬をぶっ放すわけにもいかないでしょ?」

 言われてみれば、火気厳禁な場所も多いはずだ。

 そこで青葉は理解して宿舎のほうへと駆けていく。

「まずはじゃあ先生に聞いてみますね! 多分、教室のほうに……」

 そこで鉢合わせした人影に青葉は瞠目する。

「げっ……両兵……?」

「げっとは何だ、げっととは。……まぁーたろくでもねぇことでも考えてんだろ、どうせ」

「ち、違うもん! 両兵こそ、何でうろついてるの? 今は真っ昼間だから、いつもなら寝てるでしょ?」

「……役立たずみてぇに言ってんじゃねぇ。ちょっと小腹が空いてな。何かつまめるものでもねぇもんかって、食堂に行くとこだよ」

「……結局、暇潰しじゃないの」

「何か悪いかよ。……ってか、お前も何の用事があって急いでンだ? オヤジに何か用でもあンのかよ」

「そ、それは……」

 どうするべきか、と青葉は思案する。

 ここで両兵に素直に打ち明けて、それで助力を乞うのは簡単だが、南たちの思惑としてはできるだけ穏便に進めたいのかもしれない。

 口ごもっていると両兵は勘繰る声を発する。

「どうせ、つまらんことにかけずらってんだろ? てめぇのこった。また誰かの反感でも買うんじゃねぇの?」

「り、両兵とは違うもん! つまんないことなんかじゃ……」

「本当にそう言い切れんのか? つーか、それを言い出せん時点で何かやましいことでもあるんだろ?」

 そこまで詰められてしまえば反論も難しい。

 しかし、何としても南たちが花火を実行するために、自分が邪魔をするわけにはいかない。

 とは言え、自分の性格では隠し通すことも性に合わないものがあった。

「……や、やましいことなんかないよ……。ねぇ、両兵は……花火とかしたことはある?」

「花火ぃ? ……んなもん、よく……はやってねぇな」

「あれ? アンヘルとかでもそういう習慣はないんだ?」

「アホ。火薬だって有限なんだ。一個だって無駄にはできんし、そもそもの話、アンヘルじゃでかい火器はなかなか使えんもんなんだよ。古代人機を刺激しかねん上、軍部との微妙な摩擦もあってな。そういうの、よく分かってねぇだろ、お前」

「……軍部って……やっぱり仲悪いの?」

「仲がいいとか悪いとか、言い切れるもんでもねぇんだよ。その辺の緊張関係を分かってねぇから、花火なんざ浮ついたことが言えるんだろ? ……それにしたって、何だってそんな……」

 勘繰ろうとした両兵の思考を青葉は大慌てで割り込む。

「いや、その……! そういえばよく行ったよねって、思い出して……」

「オレとお前が? ……そうだったか? ガキん頃だし、日本に居た時の話だろ? うーん、そんなこともあったか?」

「……あったよ。ほら、おばあちゃんに連れられてさ。私と両兵で、花火のよく見える堤防まで行ったことあったじゃないの」

 そこでようやく思い出したのか、両兵は中空へと視線を据える。

「……んなこともあったか。日本に居た時期って、案外短いもんでな。お前のばあさんも大変だったろ? 毎回行く度に菓子を用意してくれたのは覚えてンぜ」

「……もうっ。今も昔も食い意地ばっかり……」

「つっても、それが一番の思い出なんだから仕方ねぇだろ。当時はてめぇのことも男だと思っていたからな」

 そうなのだ。

 両兵は自分のことを男の子だと思い込んでいた前科があったのだった。

「……何だか不名誉なんだけれど……」

「とは言ったってよ……昔のてめぇはオレたちみたいな男に混じって遊んでたのは事実だろうが。持っていたのもあの頃に流行ってたロボット物のおもちゃとかだったしよ」

「それは……言わないでよ。私は今も昔もロボットが好きなんだもん」

「それが高じて人機乗りってのもまぁ、奇縁っちゃ奇縁だよな。……って、まさかそれ関係じゃねぇだろうな?」

 身を乗り出して問いただした両兵に青葉は戸惑っていた。

「それ関係って……?」

「《モリビト2号》をとりあえず動かしたいだとか、そういう話じゃねぇだろうな、って聞いてんだよ」

 ずいっと迫られて、青葉はうろたえる。

「そ、それは……」

 だが本当のところは分からず、南たちの本懐も不明なまま。

 もしかすると人機を動員しての花火なのかもしれないとは言い切れず、濁すしかない。

「ほれ、見ろ。言い切れんということはやましいことがあるってこった」

「そ、そんなことないもん! ……多分」

「何で自信なさげなんだよ。つーか、悪巧みはそこそこにしたほうがいいぜ? アンヘルで慣れたって言っても、てめぇはまだまだひよっこなんだからよ」

「そ、それくらい分かってるよ……。みんながいいようにしてくれているってことくらいは」

「本当かよ。整備班の連中には頭が上がらんのだろ? って、もしかしてそれ関連でもねぇだろうな?」

「そ、それ関連って……?」

「整備班に差し入れしたいだとかそういうことだよ。大方、ヒンシや古屋谷のデブの辺りが甘やかすからそう思うんだろうが、山野のジジィはそういうの嫌うのくらいは分かってンだろ?」

 差し入れ、と言う線は考えないわけでもなかったが、何度かグレンや古屋谷、それに川本からそういうことは気にしなくっていいと言い含められたこともある。

 恐らくは未熟な操主が気にかけることも、ある種の侮辱になるのだろう。

 それはある程度は分かっているつもりだったが、改めて言われてしまうと委縮してしまう。

「……その、でも整備班のみんなはいつもよくしてもらっていて……」

「連中にだってプライドがあンのさ。それを分かんないんじゃ、まだまだ操主としちゃ二流がいいところだな」

「……両兵、何だか偉そうだよ」

「あ、これもバツな? あいつらにバレるとまた言われちまう」

「わ、分かってるよ……両兵みたいに口が軽くないもん」

「ホントかよ……。つーか、あれでもねぇこれでねぇってワガママな奴だな」

「だって、本当にそうじゃないし……。って、もしかして探っていたの?」

「そりゃあ、そうだろ。てめぇは要らんことに首を突っ込み過ぎるきらいがあるからな」

 呆れて物も言えないとはこのことで、青葉は心底憤慨していた。

「もうっ! 信じらんない!」

「んな、怒るなって。……ってか、じゃあ何の用事だってンだ?」

「それは……って、危ない危ない……言いかけちゃったじゃないの」

 誘導に乗りかけて青葉は口を紡ぐ。

 両兵は分かりやすく舌打ちしていた。

「ちっ、乗らんか……」

「く、口は堅いもん……両兵とは違って!」

「ってことは、誰かに言っちまうとまずい案件ってことだよな……? 何だ……?」

 首を傾げる両兵に、青葉はむぅと頬をむくれさせていた。

「……両兵、意地悪だよ……」

「んなこと言ったって、こっちも長い付き合いだからな。要らんところで心労をかけさせるわけにゃいかんだろうが」

 両兵なりの気遣いではあったのだろうが、それはそれである。

 南たちが恐らくは秘密裏に用意している以上、自分が口を割ってしまって台無しにはしたくない。

 となれば、ここから先は交渉になるだろう。

「……ねぇ、両兵。私も、秘密とか、あんまり得意じゃないし……」

「何だ、その言い草……。まぁ、聞いてやらんこともない。一応は《モリビト2号》の下操主だからな。未熟なのは相変わらずだが」

 何だかそこまで言われてしまえば、少しは心を許してもいい気がしてしまう。

「えっと……訓練場を使いたいんだけれど……」

「何でまた」

「何でって……えっと……」

 花火をするから、と打ち明ければ浮ついたことを言っているな、と怒鳴られるだろうか。

 ここは少しばかり事を慎重に進めなければいけない。

「言っておくが、妙なことに使うってんなら頷けねぇぞ」

「妙なことじゃないもん……その、ね? ちょっとしたお祭りみたいな……」

「祭りだぁ? ……青葉、それっつーのはオヤジに許可を取らなきゃいけないようなことかよ」

「……まぁ、うん」

 両兵は腕を組んで暫し考え込んだ後に、よし、と首肯する。

「……それ、乗ってやるぜ、青葉」

「えっ……いいの? 両兵にとって得かどうかも分かんないのに……」

「まぁ、得かどうかはさておくとしてよ。面白そうじゃねぇの。それってのが一番大事だろ?」

 何だかここまで疑られてから仲間になってもらえるとは思っておらず、青葉は意想外な声を出していた。

「でもその……迷惑かけちゃうかも……」

「今さら言ってんな。それによ。面白れぇことなら、迷惑だろうが何だろうが乗ってやるよ。それくらいの気概はあるつもりだぜ?」

 どうやら両兵にとっては迷惑千万云々よりも、自身の興味のほうが先らしい。

 その立ち振る舞いはかつて日本に居た頃に、自分と一緒に何事も楽しんでくれていた横顔と重なって――。

「……両兵、悪い顔してるよ」

「ちょうどいいだろ、それくれぇのほうが」

「……かもね。あのね、実は……」

「――あれ? 思ったよりもギャラリーが多いわねぇ」

 南とルイが花火を掻き集めてきた頃合いには、既に整備班の者たちは一仕事を終えていた。

「……その、南さん。ごめんなさい!」

「ええっ、急に謝んないでよ、青葉……。どうしちゃったの?」

「私、その……花火のこと、喋っちゃいまして……」

「ああ、そのこと。別にいいんだけれどね。もう最初のほうに一番秘密にしたい人間にはバレちゃってるんだし」

 その言葉の意味が分からずにいると、山野が歩み出て南へと声を飛ばす。

「随分と景気のいいこと考えてるみたいじゃねぇか」

「あれ? 山野さんにも言っちゃったの?」

「……訓練場を秘密で使うのは無理だって、両兵が……」

 南はなるほど、と少しだけ得心の行ったように両兵に目配せする。

「あんたなりに理解はあったって思っていいんでしょうかね、両」

「うっせぇな。丸分かりなんだよ、それくらい。ってか、一番ここぞのところで鈍っちいのは一人だけだろうが」

「……確かにね。じゃあ、ルイ。頼むわよー!」

『いちいち言わないで。ちゃんと分かってるってば』

《ナナツーウェイカスタム》が炸薬を詰め込んだライフルを直上へと掲げる。

 天高く、突き上げられた砲身より次の瞬間、ひゅるる、と長く高い音を立てて花火が舞い上がっていた。

 それはアンヘルの宿舎を照らし出す極彩色の天上の華だ。

「わぁ……っ! 両兵! 花火、すごいね!」

「……ここまで鈍いこともあるもんなんだな」

 何のことを言われているのだか分からずに青葉は小首を傾げていると、南が声を潜める。

「……もしかして、まだ分かってなかったの? 青葉っ! あんたがアンヘルに来て、今日でちょうど一か月じゃないの」

 想定外とはこのようなことを言うのだろう。

 完全に虚を突かれた形の青葉は、へっ? と聞き返す。

「えっと……意味が……」

「だから! あんたの一か月記念に花火でも打ち上げようって、その相談をしていたってわけ! ……まぁ、いきなりバレちゃったのは痛かったけれど、あんたが喜んでくれるんならって思って。本当に分かんなかったの?」

 当惑し切った青葉はこの場に集ったアンヘルメンバーは皆、ほとんど承知の上でこの花火大会を催しているのだとようやく悟っていた。

「えっ、あれ……? じゃあ私……自分のことだってよく分かんないまま……?」

「こういうの、中心人物ほど疎いんだよな。ま、オレはどっちだってよかったけれどよ。黄坂、てめぇもこういうのは裏でこっそり進めるもんだぜ」

「何よぅ、バレたんだから仕方ないでしょー。それに、青葉自身、強くなったんだって証、見せてあげたいじゃないの」

 自分の祝賀会に自分で皆を説得したとなれば、青葉は自ずと顔が紅潮するのを感じていた。

「……わ、私……」

「青葉さん。操主就任一か月、おめでとう」

 川本が代表して花束が渡される。

 何だか完全に狐につままれたような気分で青葉はその花束を受け取っていた。

 この南米ではなかなか手に入らないであろう、色とりどりの花束に涙腺が刺激される。

「あ、えっと、その……」

「小難しい言葉並べてンなよ。嬉しかったら嬉しいでいい、そうだろ?」

 もしかすると、両兵は最初から分かっていて、自分を探っていたのだろうか。

 そう思うと青葉はついつい詰問の論調になってしまう。

「……両兵、もしかして知っていて――」

「何のことだかな。オレは間抜けなアホバカが勝手に口を割ったんだと思っていたが」

 相変わらずの憎まれ口を叩くが、それでも内に生じたどこか温かなものを感じずにはいられなかった。

「……ありがとう、両兄ちゃん」

「それは恥ずかしいからやめろ。ヒンシたちにも顔向けできん呼び名だろうが」

 手を払った両兵に、青葉は整備班と、そしてアンヘルメンバーに囲まれたまま、言葉を待ってもらっているのを窺っていた。

 何か言わなければ――そう思うと逆に言葉は出ない。

 こういう時に、気の利いたことが言えれば、などという益体のない思考に支配される。

 ただ、純粋に。

 この場を作ってくれた人々に言うべきなのは――。

「……ありがとう、ございます……。あの、私きっと……立派な操主に、なりますから……! だからその――!」

「言いっこなしよ、青葉っ! さぁーて、みんな、心得ているわね?」

 南が肩を組んで号令すると、整備班が隠し持っていた酒瓶を振り、早速宴が始まっていた。

「今日くらいは酒を飲んでもいいよな。何せ、まだまだひよっことは言え、モリビトの下操主の記念だ」

 山野が度数の強い日本酒を開けると、それにあやかって整備班の人々がコップを手にする。

『南、第二射、行くわよ』

 ルイの声が拡散し、次いで放たれた弾頭が南米の夜空に弾け、赤と青の色調が入り混じる。

「やっちゃってー! ルイ!」

 もう出来上がっているのか、あるいは場酔いも含めてなのかすっかり上機嫌の南に、青葉はそっと歩み寄り、それから頭を下げていた。

「その……私、まだ全然ですけれど、でもきっと……いい操主に、なりますから……。だから今日みたいな日を、無駄にしたくない、です」

「もう、青葉ってばー! カタいことはなしだって! 今は、喜びましょう! 私たちは、カナイマアンヘルの仲間なんだしさ! それ以前に、あんたと私は女同士でしょ?」

 バンバンと肩を叩かれ、南の笑い上戸に引きずられるように、青葉も少しだけ微笑む。

「にしたって、だいぶ豪勢なことじゃねぇの。日本以来だな、花火なんてまともに見るのは」

「あれ……? あっ、両兵、それは本当だったんだ……」

「嘘つくように見えるか? 何だかよ、今日はいい日だな。古屋谷のデブも、グレンのノッポも、ヒンシも山野のジジィも上機嫌に映るぜ。それもこれも、お前なのかもな、青葉。そういう、よく分かんねぇけれど、力みたいなのがあるのかもしれねぇ」

「力……って、そこはよく分かんないって言わないでよ。喜びづらいでしょ」

 両兵は川本たちと杯を交わし、すっかり宴席ムードだ。

 いつもなら、少しだけ険悪な山野もいい酒が飲めるからか、現太と乾杯する。

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