レイカル53 1月 レイカルと年賀状


「……まぁ、一応は小夜たちには秘密の話だったからな。私だけじゃないだろー? そっちだって、準備は整っている感じじゃないか」
「あっ、カリクムさん、こんばんは……。こんな時間に会うのはそう言えば初めてですかね?」
 ウリカルも参加し、いよいよ出揃って来たな、と思った時にはレイカルはナイトイーグルに飛び乗る。
「じゃあ、行くとするか! 遅れるなよ、カリクムもラクレスも!」
「遅れるわけがないでしょう。……とは言え、完全に秘密でどうにかするってのも肩が凝るって言うか」
 肩を叩いていると、ウリカルがそれとなくこちらにコートを着させる。
「今年の年の瀬は寒くなるそうなので……」
「ああ、ありがと、ウリカル。やっぱり、親子って言ったってレイカルとは違うわねー」
「何だとー。そんなこと言ってる場合か。すぐに行くぞー。準備はいいな?」
「無論。……とは言え、皆の者よ。迅速な任務が求められるからのう」
 そう告げたのはヒヒイロで、一様に同じ衣装に身を包んでいた。
 それは真紅の――。
「それにしたって、ヒヒイロ。あんたまでこっちの案に乗るとはねー、ちょっと意外」
「なに、面白そうなことには乗っておいて損はあるまい。それに、お主らだけでは失敗しそうなのもある。盤石の体勢をもって、作木殿たちに“もてなし”を送ろうではないか」
「もちろんだ! 行くぞ!」
 返してから、レイカルたちは飛翔していた。
「じゃあ、行くとするか。年のはじめの――」

 ――へっくし、とくしゃみをした小夜を作木はそれとなく気遣っていた。
「風邪ですか?」
「うーん、かも。この間まで撮影だったし……」
「けれど、よかったです。年末にプライベートな時間が取れて」
 その収穫のように大晦日を迎えた神社には大勢の人が集っている。
「初詣って言っても、なかなか時間が取れないこともあったからねー。小夜の撮影に、作木君はフィギュアの展覧会だっけ?」
「ああ、そっちのほうはもうすぐ納品なので……。とは言え、忙しい年の瀬が多かったのも事実ですけれど」
 後頭部を掻いて当惑していると、ナナ子が歩み出る。
「とは言え、作木君も都合がついたって言うのに、あの子たちはどうしたって言うの? カリクムを含め、用事があるとか何とか言って」
「あっ、カリクムもなんですか? レイカルも、約束していることがあるとか何とか言って……今日は珍しく留守番なんですよね……」
 無論、懸念事項がないわけではなかったが、彼女らの秘密に踏み入るのもどこか気後れして作木は問い詰められなかったのもある。
「カリクムもねー……一体何だって言う……。まぁ、とは言え、いつものうるさいのが居ないだけでもありがたいけれどね」
「強がっちゃってぇー、小夜ってば。さっき作木君と合流するまで気が気じゃなかった癖に」
「あっ、ナナ子。それは言いっこなしでしょー。……って言うか、誰に聞いても口を割らなかったのって案外、珍しいわよね。ラクレスもなんでしょ? この感じだと」
「ええ。何でも……“別に害するようなことではありません”とのことでしたけれど……何なんでしょうね……」
「サプライズなんだから、大人しく待っていろってことなのかしら? けれど、除夜の鐘だとか、大晦日の空気感だとかはあの子たち、好きだったはずなのよね。何だって、揃いも揃って……」
 ナナ子が思案する一方で、同伴した伽が声を出す。
「まぁまぁ、ナナ子とこうして会える機会もなかなかねぇんだから。レイカルたちのことは一旦は置いておこうぜ。オレも、作木の坊ちゃんと会うのは久しぶりなんだからよ」
 伽は、そう言えば高杉神社で修業の身であったはずだ。
 案外、会える機会は限られていて作木はそれとなく言いやる。
「あっ、お久しぶりです……」
「よせよ、野郎同士で気色悪ぃ。オレは別にお前らなんかに会いたくはないんだからな! ナナ子の懇意だからってんで」
「そうは言うなよ、伽。俺も珍しいとは思ってるんだから」
 削里は出店で買った甘酒に口をつけている。
「真次郎、あんたそういえば、ヒヒイロは? 今日は一緒じゃないの?」
「たまには俺も一人ってこともあるさ。まぁ、作木君たちの話を聞くに、そちら側に面白そうなことがあって、それに乗った形かな?」
 組み合わせとしては意想外ではあったが、削里と伽、それにヒミコが一同に会する場に自分も同席するのは珍しくはあるのだろう。
「けれど、伽クン、案外会えないの、辛いわ……。ああ! 私たちはさしずめ、引き裂かれた運命のロミオとジュリエットなのね!」
 芝居じみたナナ子の言葉に小夜がぼそりと呟く。
「あーあ、やだやだ、バカップルってのは見せつけてくれちゃって」
「けれど、伽さんとこうして大晦日に一緒に初詣に来るなんて想定外でしたよ」
「あ! 言っとくが、作木の坊ちゃん! オレは別にいいモンになったとかじゃねぇぞ! あくまでナナ子のためにだな……!」
「とか言っちゃって、案外、会えるのは嬉しかったりー?」
 ヒミコが冷やかすと、伽はふんと鼻を鳴らす。
「誰がだよ……ったく」
「まぁ、お互い様って奴だな。ヒミコ、今日は酒は控えるのか?」
「……あんたたちを車で送って来たのは私でしょうが。そこんところ忘れないでよね」
「帰りも頼むぜー、ヒミコ」
「あんたはちょっとは申し訳なさを覚える!」
「痛ってて……冗談きついぜ!」
 伽の頬を引っ掴んで強気に応戦するヒミコと、それはそれとして甘酒をちびちびとすする削里の三名には、どこか自分たちでは推し量れない友情があるように映っていた。
「……ねぇ、伽さんと削里さん、それに高杉先生ってもしかして仲がいい……?」
 囁きかけた小夜に作木はどうだろうか、と首を傾げる。
「……どう……なんでしょう……。とは言え、深い仲なのは間違いないでしょうし……」
 ふむ、と困惑しているとナナ子が指差す。
「そろそろ本殿が見えてきたわねぇ。さすがに零時ピッタリに初詣は難しそうだけれど」
 除夜の鐘が鳴り響き始める。
 今年も終わりが近いのだ、という実感が胸を熱くさせていた。
「何だか、今年もお世話になりっ放しだった気もしますけれど……来年も……」
「こら、作木君。そう言うのは年を跨いでから言うものでしょ? それに、私たちの間柄じゃない。他人行儀はなしよ」
 小夜にそう言われてしまえば、自分は曖昧に微笑むしかない。
 思えば、一年間で色々あったような気がするのに、年の瀬で思い返すのは身勝手なことばかりで反省することのほうがほとんどだ。
「けれど……来年くらいは、レイカルたちをちゃんと見てあげたいですね……。何だか自分のことばっかりだった気がするので」
「まぁ、年の瀬にどうしても反省って言うか、そういう気持ちになるのは分かるけれどね。そう言えば、今年の大掃除はちゃんと終わらせた?」
 あっ、と作木はそこで思い出す。
「……まだ大丈夫って思っていたら、それも忘れていましたね……。あれ? もしかしてレイカルたち、そういうこと……?」
「レイカルたちが大掃除してくれるって? ないない。あの子たちじゃ逆に散らかしちゃうでしょうし。……でもわざわざ大晦日に示し合せて来たんなら、そういうこと?」
 ないと言いつつも、完全に否定はできず小夜も小首を傾げる。
「まぁまぁ、今は大晦日、それに初詣! レイカルたちが考えていることもきっと、いいことなんでしょう」
 ヒミコに促され、除夜の鐘の音を聴き留めつつ、人だかりを前へと進む。
 間もなく零時が訪れ、少し早い年明けを感じ取っていた。
「あっ、もう零時過ぎちゃった。作木君、今年もよろしくね」
「あ、はい……。けれど、ちょっと変な感じですね。いつもなら、家に籠っているって言うのに……」
「たまにはいいのよ、こういうのも。まぁ、風情って言うものなのかしらね」
 間もなく本殿へと辿り着き、五円玉を賽銭箱へと放り投げて参拝する。
「……さて、と、じゃあどうする? このまま一旦帰るって言うのも手だけれど」
「そうですね……。あ、僕はじゃあ、一足早く仕事に戻っていいですかね? ちょっと押しているので……」
「じゃあ、編森さん、作木君と乾さんは任せたわ。私はこの酔っ払いたちを家に帰さないといけないからね」
「削里ぃー! もっと飲めって!」
「……悪い酒だな。相変わらず酒には弱いんだな、伽」
「何だとぅ……! いいから飲めよ! めでたいんだからな!」
「……高杉神社に帰ったら水刃様にこってりと絞られるぞ。まったく……」
 とは言いつつも削里も伽を邪険にはしていないようで少し呆れているだけのようだ。
 じゃれ合っている二人を見るのは初めてだったので、少し新鮮な気持ちで作木は小夜に連れ立つ。
「……何だか意外だな。伽さんって別に、高杉先生や削里さんに嫌われているわけじゃないんだ」
「まぁー、その辺も大人の関わり合いってことなのかしらね。私はまだよく分かんないけれど。はい、ヘルメット」
 バイクを停めてあった場所まで下り、サイドカーへとナナ子が乗り込む。
 作木は後部へと跨っていた。
「けれど、レイカルたちの喧噪がないってのもちょっと物足りなくなっちゃったわねぇ。何だか静けさが身に沁みるって言うか……」
 ぼやいたナナ子に作木も同意していた。
「ですね……。いつも騒がしいのって当たり前じゃないんですよね……」
「こら、作木君。それにナナ子も。何だかしんみりとしちゃうじゃないの。どうせ、何かしらのサプライズなんだから、そんな風になることはないのよ」
「けれど、小夜だって全然、それっぽいのは聞いてないんでしょ?」
 エンジンをスタートさせ、小夜は首を傾げる。
「そうなのよねぇ……。あのカリクムが全然それっぽいことを漏らさなかっただけでも……今回は異様なのよね……」
「もしかして、本当に……まずい事態に陥っているとか……」
 どうしてもマイナス思考に陥りがちになってしまう。
 三人で渋面を突き合わせた後に、じゃあとナナ子が提案していた。
「こうするのは……どう?」

 ――人気の絶えた街並みを疾走し、レイカルはよし、と首肯する。
「これなら、多分間に合いそうだ……。遅れるなよ」
「誰が。……って言うか、本当に大丈夫なんでしょうね? ラクレス。首尾は……」
「大丈夫なはずよぉ。作木様も今日は朝方まで初詣って言っていたし。それに、どちらにしたってこの時間帯が一番なんでしょぉ?」
「それはその通りじゃろうな。年が明けてから、朝になるまでのこの数時間……一番に人間の緊張が緩むのは間違いない」
 ヒヒイロの太鼓判も得てレイカルは一路、作木の部屋へと赴いていた。
 全員分の了承を確かめ、ポストへと手を入れかけて、扉が不意に開く。
「捉えた! あんたたち何をしようって企んで……って、本当に何をしているのよ」
 玄関から作木と小夜、それにナナ子が飛び出す。
 どうやら待ち伏せされていたらしい。
 そうだと気付いた時には、既に遅く――。
「……れ、レイカル……? どうしたの、その格好……」
「そ、創主様……えっとぉー、そのぉー……」
 硬直してしまったレイカルへとナナ子が指摘する。
「何だかまるで……郵便屋さんみたいな赤い服を着ているけれど……」
 そうなのだ。
 自分たちは今宵――辰年の意匠を取り込んだ郵便屋の服装に身を包んでいる。
「えっと……何だって家に戻って……?」
 まずウリカルが慎重に声にしていた。
「いや……何だかあまりにも……心配だったから。だって小夜さんたちにも誰にも打ち明けられないって言うのは……訳ありなのかなって……」
 作木は頬を掻いて言い訳を取り繕うも、自分たちの珍妙な格好に驚愕しているようだ。
「バレてしまえばしょうがありません。これはレイカルの提案だったのです」
 ヒヒイロも郵便配達員の服装に身を包み、頭には辰年の龍の角を有している。
「レイカルの……?」
 怪訝そうな目を向ける作木にレイカルはすっかり縮こまっていた。
「……その、創主様。毎年……初詣の後で、朝になったら届いているじゃないですか。まるで魔法みたいに……お手紙が……」
「初詣の後の手紙って……もしかして年賀状のこと?」
 こくりと頷いたレイカルにカリクムが肩を竦める。
「年賀状を送り届ける役割を自分たちが担えたら、って……まったく面倒なことを言い出したものよ、レイカルも。お陰様で私たちは、配達員の格好をして、こうして仕込みってわけ」
「その、悪いことじゃないんですよ、全然……。ただ、レイカルさんはオリハルコンである自分はどうしたって作木さんに年賀状を送れないのはおかしいって。だから私たちで届けようってなったんです」
 ウリカルの申し立てでようやく、先ほどレイカルが郵便受けに入れようとしていたものに察しが付く。
「……年賀状を、作ってくれたの?」
「そ、創主様、何だか毎年何やかんやでもらっているじゃないですか。私も……あげたかったんです、創主様に。人間の風習はよく分かんないけれど、きっと年のはじめにもらうものだから嬉しいものなんだって思って……」
 何だかしどろもどろになってしまうのは、まさか鉢合わせになるとは思ってもみなかったのもあるが、せっかくの計画が台無しになって進むのも後ずさるのもできないせいもあった。
 どうにも、羞恥の念で頭の中がいっぱいになってしまっている。
 そんな自分へと作木は手を差し出していた。
「……創主様?」
「ありがとう、レイカル。年賀状を作ってくれたんだね」
「そう……ですけれど、本当なら、朝になってから見てもらうもので……。今じゃないって言うか……」
「水臭いわよ、レイカル! そういうことなら全然手伝ったって言うのに」
 ナナ子がサムズアップを寄越したことで、打ち明けられなかった秘密は今や、公然のものとなっていた。
「まぁねぇ……。確かに年賀状を送り届けたいのなら、万全な準備が必要だったでしょうし。そう考えるとよく秘密を洩らさなかったじゃないの、カリクム。あんた、こういうのは口が軽いって言うか、ついつい、ってタイプでしょ」
「……私のことを何だと思ってるんだろうな、小夜は。まぁ、レイカルの一世一代の頼みって言うんなら、乗らないわけにもいかないだろー」
「……素直じゃないわねぇ、あんたも。レイカルだけじゃないんでしょ? 年賀状を送るのは」
 そう小夜が言いやると、カリクムは後頭部を掻いて年賀状を差し出す。
「……まぁ、ちょっと早いけれど」
 小夜は受け取るなり、その年賀状を翳す。
「へぇ……結構凝っているじゃないの。ちゃんと今年が辰年だって分かって、デザインしたのね? これは誰の?」
「……私だよ。それぞれの創主のために、ちゃんと各々が考えてってコンセプトだったんだ。悪いか?」
 カリクムの年賀状にはきっちり今の創主である小夜とナナ子、それに以前の創主であったカグヤがクレヨンで描かれていた。
「……ううん、あんたがここまでやってくれるなんてね。ありがと」
「……別に、嬉しいとかそういうのはないからな!」
 レイカルは作木へと向かい合う。

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