JINKI 248 アンヘルの家事代行


 だが、その要も周りが居なければ成立しないだろう。
 自分たちは彼女にとって、それほどの意義を持てているのだろうか。
「赤緒さん。エルニィの役に立てているかだとか、そういうこと考えてる?」
「あっ……顔に出てましたかね……。立花さん、努力家なのも知っていますし、天才なのももちろん知ってるんですけれど……何だか私たちの及びもつかないことを簡単にやってのけているのを見ると、役に立てているのかなぁって」
「なぁに、赤緒の心配なんてするに及ばずだと思うぜ? エルニィは身勝手だし、ワガママだし、それでいて徹底的な完璧主義でもあるが、東京に来てからは少しだけ……そうだな、マシな顔をするようになった気がするな」
「マシな顔……」
「私たちはルエパの頃からエルニィを知っているから。何だか誰かに頼っていいような、そんな表情をするようになったなぁって。シールちゃんもきちっと見てるんだね?」
「うっせぇなぁ。別に意識しなくたって分かるだろうが」
 この二人はエルニィ相手に特段気を遣わなくとも、以心伝心なのだ。
 ならば、自分はまだそれに及ばないだろう。
 それでも――。
「……月子さん、シールさん。問題出してください。私……立花さんに呆れられるような操主には……なりたくないですから」
「おっ、やる気が出たか。教え甲斐もあるってもんだ」
「じゃあ、赤緒さん。ちゃんと勉強しよっか」
 赤緒はシャーペンを握り締め、ノートへと集中していた。

「――つっかれたー……! こんなに疲れるなんて聞いてなーい!」
 縁側で涼みながら叫んだエルニィへとさつきが食後の羊羹を運んでくる。
「お疲れ様です、立花さんにルイさん。それに、南さんにヴァネットさんも。ささやかですが」
「おっ、甘食じゃん! ラッキー!」
 すぐに口へと放り込んでその甘さが身に染み渡っていくのを感じていると、すっと横合いから湯飲みが差し出されていた。
「……夏が近づいているって言っても、まだ涼しいですねー」
「そうだね。まだ雨が降る季節もあることだし、日本って奥深いなぁ」
 湯飲みを受け取り、茶柱が立っているのを覗き込む。
「もう二度と御免よ、さつき。筋肉痛やら眼精疲労やらでどうしようもないわ。指一本動かせないわよ」
 とは言いつつ、寝そべりながらゲームに興じるルイと南を赤緒は視野に入れる。
「あっ! ルイ、それズルい! 必勝コンボじゃないの!」
「立ち回りが甘いのよ、南は」
 メルJはと言えば、ささやかながら五郎の手伝いを行っていた。
「ヴァネットさん、そこまでしていただかなくってもいいのに」
「いや、これは気持ちの問題なんだ。やらせてくれ」
「何だか、みんな、毒気が抜けたみたいな感じだなぁ」
 呟いて緑茶を啜ったエルニィへと赤緒は語りかけていた。
「……その、一応勉強しましたので……でも、大変なんですね。こんなに覚えることがあったなんて」
「そうだよー。それでいて引き継ぎだとか、整備だとかも任されているからね。手は抜けないって奴」
 赤緒はもじもじとしつつ、言葉を探っているようであった。
「そ、その……私、ちょっと軽率だったかもしれません。人機操主ではあるんですから。人機のこと、もっと知りたい……。でも、人機だけじゃないんです」
「他のこと? 何?」
「……仲間のこと、立花さんのことももっと……知ってみたいです」
 それは面食らう解答であったせいか、エルニィは一瞬何を言われたのか分からなかった。
「……ぼ、ボク? 何だってそんな――」
「だって立花さん、いつだって全力じゃないですか。それってなんて言うのかな……私たちのために、色んなこと、きっと考えてくれてるんだと思うんです。なら、報いたいのは……駄目ですか?」
「駄目ってわけじゃないけれど……何だか殊勝だなぁ。図太い赤緒はどこに行ったのさ」
「……図太くっても、たまにはいいんじゃないですか。誰かのために」
 頬を掻いて面映ゆそうにしている赤緒に、エルニィはそれとなく口にしていた。
「……赤緒たちの頑張り、今日一日だけだったけれど、ちょっとだけ、分かった気がする。それも、ある意味じゃ図太い驕りかな」
「いえ、そんなこと……。だって、立花さん。優しいじゃないですか」
「ボクが優しい? そう……かなぁ?」
「きっとそうですよ。だから……トーキョーアンヘルは回ってるんです」
「だとすれば、こっちの台詞。赤緒も優しいから、柊神社が回ってるんでしょ?」
 何だかお互いに長所を言い合って顔を見ることもできない。
 耳まで真っ赤になっていることだけは分かったので、エルニィは湯飲みを掲げる。
「乾杯しよう。赤緒のこれからと……ボクのこれからで」
「お茶ですけれどね」
「あれ? お堅い赤緒が言うねぇ。いつもは“お酒は二十歳からっ!”って口酸っぱくじゃん」
「……今日は、そういう気分って感じですかね」
 お互いの顔は見ずに、満月に向かって杯を交わす。
 コツンと音が鳴り、その証を刻んでいた。

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