JINKI 99 巨人狩り 後編②

《モリビト2号》の背面バックパックより飛翔用推進剤が焚かれ青白い炎を灯らせてその躯体が上昇に移ろうとするが、それを阻むのは《ティターニア》の憤怒の稲光。

 全てを否定する、絶対者の電光は巨人の威容。

 巨神の人機は、可能性を棄却する。

 目に見える悪行ならば、ないほうがいい。摘める悪の芽なら摘んだほうがいい。それは正しく、ヴィオラと言う操主の生き様だろう。

 彼女がゲームを代行したのは、悪い可能性から目を背けるため。幸福だけで固められた未来を、一人でも多くに見せるためだろう。

 だが――それは無自覚なる悪意だ。

「……悪い結果が待っていても! 恐ろしい未来が待っていても! 私は前に進みたい! だって、見ないようにしたって、赴かないようにしたって、未来は明日だから! 明日のない今日の足踏みだけで、私は終わりたくない! それがたとえ善意からでも!」

『愚かな……。善行を積む! それが人間のはずだ! 悪に染まってでも、その心さえ変わらないのならば、他者の悪意に染まる前に、自身を徹底させる!』

「……言いてぇこたぁ、分かる。相手の辿る未来が暗がりだってンなら、それを救いたいってのもな。だが、てめぇのそれは偽善でも、ましてや善行でも何でもねぇ。押し付けなんだ、自分の思っている最善を相手に当てはめた、ただの自己満足だ。その自己満足に、オレたちが足を止めてる暇ぁ、ねぇんでな。柊! 相手のリバウンドの雷撃を超えて、今度こそだ! 血塊炉の息の根ぇ、止める! 迷うんじゃねぇぞ、道はオレが作ってやる! ――《モリビト2号》、出るぞー!」

『小河原両兵……暗礁の未来を是とする悪辣の芽が……ッ! どれほどに苦しいのか、男の貴方には分かるまい……。女を踏み台にするだけの、ただの男である貴方には……!』

「分かる分かんねぇじゃねぇ。オレは道を作るだけだ。託すのは想いなんだよ。アンヘルの連中にどうなって欲しいだとか、どうして欲しいじゃねぇんだ。……そうだ、想いなんて結局はどっちにしたって一方通行なのさ。オレだって馬鹿やったから分かる。だがよ……てめぇの言い分じゃ、未来を視る資格を持つのは、自分の領分を理解した賢しい人間だけってか? ……そいつぁ、随分とつまんねぇ未来だな」

『黙れ! つまらなくとも誰も泣かずに済む未来なら、それを選ぶのが人のはずだ!』

《ティターニア》から放たれるリバウンドの波は色濃くなっていく。空気が攻撃色に染まり、暗雲が直上に垂れ込めた。不安定な大気が渦を巻き、瞬く間に大雨が降り出す。

 それはまるで、巨人の慟哭だ。

《ティターニア》が低く長く咆哮し、水色のアイカメラが蠢動してこちらを睥睨する。

 ――何て殺気。何て……固い決意。

 だが、と赤緒は右手へと力を込める。

「負けない、負けたくない……負けられないんだ!」

《モリビト2号》へと押し寄せてきたリバウンドの波動を《ナナツーライトイマージュ》の緑色の電磁場が押し返していく。

『赤緒さんはやらせない! お兄ちゃんも! 二人とも大事な人だから……だから! 私は絶対に退かない! 私も操主だから!』

「さつきちゃん……」

「……さつきが気ぃ張ってんだ。気合入れろ、柊! 超能力モドキで相手の血塊炉をぶっ止める! チャンスは多分一回きりだ。さつきのサポートを逃すなよ」

 その通りだ。

《ナナツーライトイマージュ》が如何に《ティターニア》の雷を防げるとは言え、それは無限ではない。現に各所に取り付けられた《K・マ》の部品が赤く焼け爛れ、オーバーヒートを起こしつつある。

 それだけジリ貧なのだ。

《ナナツーライトイマージュ》はそれでも弱々しく膝を折ることはない。むしろ、徹底抗戦を決めたその立ち振る舞いは、絶対に折れない決意の証。

 細身の機体に全力を押し込めた、さつきの心の輝きそのものであった。

 干渉波がスパークし、《ティターニア》が大きく手を引く。薙ぎ払いの一撃と共に、リバウンドの掌底が来る――そう予見した瞬間、《ナナツーライトイマージュ》は結界を解いていた。

 押し潰さんと迫って来る斥力磁場の圧迫を、《ナナツーライトイマージュ》は六翼を展開し、スカート状の基部を淡く照り輝かせてリバウンドフィールドを練り上げる。

『赤緒さん! 道を作ります! Rフィールド、プロメテウスプレッシャー!』

 放射された赤熱光のリバウンド砲撃が《ティターニア》の機体へと突き刺さる。装甲版が裏返り、堅牢を誇っていたRフィールド装甲が震撼していた。

 その期に乗じ、《モリビト2号》は上昇に転じる。《ティターニア》の頭部と同じ高度まで一気に上がり、その機体を仰け反らせていた。

 機体循環パイプが軋みを上げ、赤緒は叫ぶ。

「ファントム!」

『空中ファントムだと……! ……これだからエクステンド機は厄介な!』

 だが、薙ぎ払われた掌底を防ぐ手立ては《ナナツーライトイマージュ》にはない。防御を捨て去った機体が雷撃の瀑布に抱かれ、翼が燃え盛り炭化していく。

「さつきちゃん!」

『……赤緒さん。行って、ください……!』

「……うん。私は、行きます。その懐に! 青い輝きの心臓部へと!」

 大写しになった《ティターニア》の心臓部は目前だ。赤緒は右手を引かせ、血塊炉を狙い澄ました。

 直後、天地を割る一条の雷撃がモリビトを打ち据える。

『局所的に落雷を再現した! そちらの血塊炉はオーバーヒートする!』

 確かに計器は全て異常値を示している。赤く染まったコックピットでは警告音が劈くように鳴り響き、モニター類は半分以上が掻き消えていた。

「それ……っ、でも……!」

 手を伸ばす。その開いた手は、人機の巨大なる命を摘む死神の腕――絶対的な死の象徴。

「ビート、ブレイ――」

 その瞬間であった。

 全くの関知の範囲外から、リバウンドの射撃がモリビトの右肩を撃ち抜く。

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