そんな中、目に留まったのは意外そのものな代物であった。
「これ……ファッション誌? 立花さんが?」
しかし、馬鹿にしたものではない。
エルニィだって女子なのだ。ならば、ファッション誌の一つや二つは持っていたっておかしくはない。
当の本人は横腹を掻いてむにゃむにゃと寝返りを打っているが、赤緒はそれとなく雑誌を捲っていた。
「へぇ……色んなのが載ってるんだなぁ。こういうの買ったことないから分かんなかったけれど。マキちゃんとか詳しいかも……」
とは言え、年中巫女服な自分にしてみればまるで別の世界の話で、赤緒はポーズを決めるモデルの様相を眺める。
「こういうの……憧れとかじゃないんだけれど、興味はあるかなぁ……。立花さんもそうなのかもしれないけれど」
ぺらぺらと雑誌を捲っていると、ふと占いコーナーに行き当たっていた。
「占い? ……血液型の恋占いなんてあるんだ……」
女性向けファッション雑誌ならば当然のコーナーだろう。
赤緒はその中で自分に該当する部分を読み解こうとして、不意に肩を掴まれていた。
「……何やってんのさ」
「ひぃっ……! た、立花さん……? 起きていたんですか……」
「なぁーんか、ごそごそとやってるなぁと思ったら。赤緒って、こういうの興味あるんだ?」
エルニィは面白がって占いコーナーを指し示す。
赤緒は羞恥半分、自分の興味半分で紅潮した顔を伏せる。
「し、仕方ないじゃないですか。占いとか、誰だって……」
「興味ある、ねぇ。こんなのバーナム効果だと思うけれど」
「ば、バームクーヘン?」
「バーナム効果。誰にでも当てはまりそうなことを書いておいて、それで当たったら当たったってことにして、外れたらそれは都合が悪かっただけって言う、そういう手法だよ。特に日本の占いってば、酷いよね。朝のさー、天気予報のついでとかに星座占いとかやってるじゃん。あんなの最たるものでさ。真面目にやるつもりなんてないんだよ」
「そ、それはその……女の子なら誰だって、占いは好きなはずですから」
「まぁ、そうなのかもねぇ」
「あの……立花さん、ファッションに興味が?」
「んー、いや、これ多分ツッキーとかが買った奴を読んでいてその最中に寝ちゃったんだろうね。ボクは今のところ、別にファッションだとかには特に興味はないかも」
「そう、ですか……」
何故なのだか安心している自分を発見した赤緒は何となく当惑していた。
「なにー? 赤緒ってば、もしかしてボクにファッションで先を越されるとか思ってる?」
胸中を言い当てられてまごついていると、エルニィは大笑いする。
「相変わらず馬鹿だなぁ、赤緒は! ボクがファッションに目覚めるとか……まぁないわけじゃないだろうけれど、今は人機のメカニックのほうに意識が向いているし、そんなに言うんなら年中巫女服のファッションを変えりゃいいじゃん。五郎さんからお金はもらってるんでしょ?」
「そ、それはその……柊神社の巫女として、それ相応には……」
「だったら、赤緒もさ。そのみょうちくりんな格好から抜け出そうとすればいいじゃん。そうじゃなくっても、赤緒ってばどこか抜けてるんだから、いいチャンスかもよ? 名付けて赤緒のファッション合戦!」
「ふ、ファッション合戦? い、いや無理ですよ、無理……! だって、そんなの、自分でまともに買い物もしたことないですし……」
「え、嘘、普段の買い出しはあれだけ率先してやってるのに? 私服とかないの?」
「し、私服ですか……。うーん、あまり興味はないかもですし……」
「まぁまぁ、ちょっと私服を持って来てみてよ。案外、センスとか分かるかもしれないし」
「そ、そうですか? ……えっと、じゃあ持ってきますね」
自室のタンスに仕舞っておいた私服の枚数はやはり、それほど多くはない。
そもそも無欲なのだろうと思う。
赤緒は自分のセンス云々に一考するものを感じつつ、何枚か揃えて階段を下りると、いつの間に帰っていたのか、エルニィと向かい合ってルイが血液型占いに興じていた。
さつきとメルJも揃っており、彼女らはファッション誌を中心にして話題を作っている。
「私はB型だから、今月は絶好調ね。自称天才、あんたにだって負けはしないわ」
「何をぅ……えっと、ボクはA型だから……うーん、今月は最下位かぁ……。けれどこんなの、誰にだって当てはまるんだから、別に大したことじゃないし」
「えっと……私はO型なので……今月の出費に注意……って書いてありますね。何かに使うつもりはないんだけれどなぁ……」
「私はAB型だな。……ふむふむ、思わぬ恋愛の伏兵……? 下らん。こんなもの、いちいち相手にするのが馬鹿げていると言うんだ」
「でもメルJ、こういうの信じるタイプでしょー?」
面白がって問いかけたエルニィにメルJはナンセンスだとでも言うように肩を竦める。
「いちいち占いの結果如何で行動を決めていれば何もできまい。私が信じるのは携えた銃器だけだ」
「……まー、その辺日本人って割り切っているもんでさ。あれって何だっけ? ハッカだか、ハッカじゃないとか言うの」
「当たるも八卦、当たらぬも八卦、ですよね。私は結構、朝の星座占いも気にしちゃうかな……。えっと、今日のはどんなだったっけ……」
「さつきは乙女心の持ち主だからなぁー、ってあれ? 赤緒ってば何やってんのさ。私服、持ってきたんでしょ?」
何だかアンヘルメンバーがめいめいにファッション誌を囲っているのがあまりにも意外で、赤緒は戸惑っていたのもある。
「あ、はい。……えっと、冬服ばっかりなんですけれど……」
「夏服は? って、ニットばっかりじゃん。他にないの?」
「夏場はこの巫女服がありがたいことにありますので……冬は着込まないと駄目ですけれど」
こちらの言葉にエルニィが大仰なため息をつく。
「あのさー、赤緒。ボクに言えた義理じゃないけれど、少しは着飾るってことでもしたらどう? その巫女服だって、もし使えなくなったらどうするのさ」
「どうって……これには何枚か替えがありますので……」
「そうじゃなくって。ボクが寝ている間にちょっとは読んだんでしょ? ファッション誌。なら、いつもその格好で居るってのはちょっと違うくらいは分かっているはずじゃんか」
「そのファッション誌、立花さんが買ったんですか?」
さつきの疑問にエルニィは胸を反らしてえへんと応じる。
「そうだよー。さつきも見習ってよね。ちょっとは女子っぽいでしょ?」
「……下らん。着飾るだのそうじゃないだの。第一、その金はどこから来るんだ? いくらアンヘルでの防衛が私たちの任務だとは言え、余計なものを買っている余裕はないはずだが」
「あれー? それってメルJが言えるー? 両兵といい感じだった時、黒いドレスとか買ってもらっていたくせに」
「ば、馬鹿……それを言うな……」
うろたえて頬を染めるメルJを他所に、さつきはぼんやりとファッション誌を眺める。
「ドレス、か……私もちょっとは着飾るべきでしょうか? 割烹着を着慣れちゃっているからどうしてもこうなっちゃいますけれど」
「そうだよ、みんなその辺、無頓着過ぎ! せっかく頭数が揃ってるんだ! 今日はトーキョーアンヘル全員でファッションについて考えよう!」
「とは言ったって、自称天才。あんただって似たようなものでしょうに」
「むっ……まぁとは言え、この中でまともなカッコしてんのは確かにルイくらいだから、言い返せないなぁ……」
「そうでしょ? 今さらファッションだのどうだの言ったって、それこそ色ボケと言うものよ」
「……でもルイはその服、どうせ南に買ってもらったんでしょ?」
「……そうだけれど何か文句でも?」
エルニィは取っ掛かりを見つけたとでも言うように、ふふーんと訳知り顔になって笑う。
「いやー、だってルイももう中学生? じゃん。それなのに、まだ南に買ってもらってるんだーとか思ってねぇー。これなら自分で買っている分、赤緒のほうがマシかな?」
自分と比較されるとカチンと来るのであろう。
ルイは分かりやすくエルニィの挑発に乗っていた。
「……言うじゃないの、自称天才。じゃあいいわ。今ちょうど持ち合わせもあるし、誰が一番、アンヘルでファッションセンスがあるか、競争と行こうじゃないの」
これはいつものパターンか、とあわあわとしている自分に対し、エルニィはファッション誌を片手に外を指差す。
「じゃあ、早速行こっか! 目指せ、ファッションリーダー!」
エルニィのペースに完全に飲まれているのを感じつつ、赤緒はでも、とこれまでの私服を顧みる。
「確かに、考えて来なかったかも。誰かに見せるための、ファッションか……」
「――えー、何で? 何でボクらと赤緒たちは別行動なのさー」
不服そうに呟いたエルニィをさつきは取り成す。
「その……私たちと赤緒さんたちじゃ、サイズとかも違いますし……」
「納得いかないー! 赤緒とメルJが一緒なのはまだしも、ボクとさつきとじゃ、二十センチくらい伸長違うでしょ?」
「そ、それは……。私はまだその、ちょっとぶかぶかなので……」
「むーぅ、これだから幼児体型は……。って言うか、ルイもなんだ」
エルニィの言葉振りにルイは真っ向から敵意を返す。
「何よ。文句あるの?」
「いや、別にー。ただあれだけのたまっておいて、結局こっちの組に属す辺り、ルイってばまだまだお子ちゃまだよねー」
「……そ、その! 自分のサイズに合った服選びが重要ですのでっ!」
一触即発の空気をさつきが割って入って中和するも、ルイはぷいっとそっぽを向いていた。
「そっちこそ、いつまでも伸びもしない伸長を期待したって意味なんてないでしょ。私はこれでも毎日、牛乳を一パック飲んでいるのよ。あんたたちなんてすぐに追い越すんだから」
「むっ……ボクだってそのうち、ボンキュッボン! とかになるんだからねー! その時になったら泣くのはそっちなんだから!」
「言ってなさい。いつまでも訪れもしない未来に期待するばっかりで。……それでさつき、どんな服を選ぶの?」
「えっと、どんな、とは……?」
「私とさつきは大して体型が変わらないから、さつきが選んだのを優先してチョイスするって言ってるのよ」
「そ、そう言われましても……」
困惑するさつきの陰からエルニィが口を挟む。
「何だい。結局服選びのいろはも分かってないんじゃ、ルイにだってファッション誌なんて早かったかもねー」
「そういうあんたは分かってるって言うの?」
「馬鹿にしないでよ。こういうのは、とにかく動きやすさ重視! でしょ? サッカーやるのに破けちゃ困るからねー」
そう言ってエルニィはスポーツ用品向けのショップに入っていくのだが、その背中を眺めつつさつきはぽつりと呟く。
「えっと……それはファッション勝負とか言うものの正反対なんじゃ……」
その時、首根っこをむんずと掴まれ、さつきはルイのほうへと引きずられていた。
「……あれと同じ傾向で戦えば痛い目を見るのはこっちよ。さつき、あんたは私の味方よね?」
じとっとした視線で問い質されるものだから、さつきは反射的に頷いてしまう。
「え、えっと……はい……」
「じゃあ、服探しと行きましょう。あんたの体型よりちょっと大きめを探せばいいんだからまだ簡単よ」
「えっと、その……立花さんはいいんですかね……?」
「いいのよ。あんなの、まだ早いに決まってるわ。ファッションだの何だの言うのには、お子ちゃまなのよ」
とは言え、さつきもファッションに造詣が深いわけでもない。
ルイが辿り着いたのは子供服売り場であった。
「えっと、ルイさん? ここは……?」
「見たところ、ここの趣味ならまだ理解ができるわ。さつきもここから選ぶんでしょ?」
「え……いやでも、ここって子供服……」
「あんたの体型じゃ、ここが関の山よ」
「そう言われましても……うーん、言い返せないのが辛いんですが……」
さつきは目についた服を手に取ってみる。
子供服なので、分かりやすい色合いのものばかりで、少し落ち着いた色調が欲しい自分としては正反対のチョイスであった。
「そういえば、ルイさんの普段着、ピンクとかが多いんですけれど、あれってルイさんのセンスなんですか?」
「あれね。……南米に居た頃、南にあの色合いばっかり押し付けられたのよ。カナイマじゃ、どこで遭難してもおかしくないから目立つ服を着ていなさいって。本当、お節介なんだから」
しかし南も考えてルイの服装を選んでいたのだと分かり、さつきからしてみれば少しばかり微笑ましいエピソードでもある。
「でもそうですね……。東京なら、遭難なんてことはなり辛いですから、ちょっと落ち着いた色合いにしてもいいかもしれません」
「言っておくけれど青とか水色は嫌よ」
先に制された結果にさつきは狼狽する。
「えっと……理由を聞いても……」
「誰かさんの普段着だったから。それじゃ理由にならない?」
理由としては分かり辛いが、嫌だと言われている手前、それを加味して服装を選ばなければいけない。
「ルイさん、ミニスカートとかはどうなんですか? タイトなのとか似合うかも……」
「ミニスカート? ああ、ヒラヒラした奴ね。動きにくいし、もしもの時にスースーするからパスよ」
「で、でも普段着もスカートの形状じゃないですか。似合うんじゃ……?」
こちらが辛抱強く粘ったお陰か、ルイも自分で選ぼうと服を精査する。
「……そこまで言うんなら……」
「きっと似合いますよ。……でも、私としてみればもっと大人っぽい服が選んでみたかったかも」
「何、さつき、私と服を選ぶのが嫌なの?」
「い、いえいえっ! そういう意味では……」