JINKI 69 匿名者より

 部屋中に巻き散らかされたケーブルに、赤緒は辟易していた。

「……もうっ。立花さん。散らかしっ放しじゃないですか……」

「あー、それ? 今必要だから置いといて。データ取るのにこっちの電源だけじゃ不足していてさー。もうちょいで組み上がるから」

 エルニィは相変わらず軒先で巨大な筐体を睨んでずっとキーボードを打っている。何をしているのかは窺い知れないが、きっとアンヘルのためであろうということだけは分かる。

 だが、その散らかり具合は日に日に増していく一方で、片付けるということをしないのはやはり問題であった。

JINKI 68 アンヘルと歯医者

 ふと、目に留まった姿に赤緒は立ち止まっていた。

「あれ……ルイさん……」

 どうしてなのだか、ルイは境内の奥に縮こまり、その顔を伏せていた。

 まさかどこか悪いのだろうか。歩み寄った赤緒に、ルイがびくりと肩を震わせる。

「……その足音、赤緒ね」

「あのぉ……何かあったんですか? 南さんと喧嘩でも――」

「それはないから、放っておいて」

JINKI 67 君と前に進みたい

 ――両手をまず、真っ直ぐに伸ばして。

力まないで、ペダルを踏んだ足はぶれさせず、重心を真ん中に捉える――。

 ハンドルを掴んだ手が震える。掌が汗ばんでいるのが分かる。

 緊張しているのか、と己に問いかけても、やはりと言うべきか、相応な返事も得られないまま、漕ぎ出しかけて、赤緒は何度目か分からない、よろめきを実感していた。

「あー! また赤緒だよ。いい加減乗れるようになったら? 自転車くらい」

「あぅ……でも乗れないんですよぉ……」

JINKI 66 今ここにあるもの

「あー、赤緒さん。いいところに居てくれたわね」

 不意に呼び止められて赤緒が面食らっていると、南はそそくさとその手を引く。

「今ヒマ? ヒマよね? だったら、ちょっとだけ来てくれる?」

「えっ……あっ、ちょっと! 南さん!」

 そのまま引きずられるに任せ、赤緒は柊神社の境内に停まっていた車へと連れ込まれてしまう。

JINKI 65 雨空を抜けて

 叩きつけるようなスコールに、立ち尽くした影があった。

 白銀の髪より滴る水滴を払い、駆け抜けてきたルイは、服の裾を絞る。染みついた水の重さが素直に今の自分の引きずる悔恨の重さであった。

 禊の雨にもならないのは、南米のスコールのもたらす騒がしさと、そして熱帯雨林特有の緑の臭気であろう。

 ルイは打ち捨てられたバラック小屋の屋根を仰ぎ、そしてじっとそこで膝頭を抱えて座り込んだ。

JINKI 64 春が来るから

『えっさー、ほいさー、っと! あれ? これでいいんだっけ?』

 エルニィの疑問を引き受けた《ブロッケントウジャ》が巨大なくわを振るい上げて自問する。その様子に、さつきは愛機である《ナナツーライト》越しに応じていた。

「えっと……私も初めてなので、どうにも……」

『えーっ? 日本人って、みんな農作業が得意なんじゃないの?』

「それ偏見……。それに私、旅館の子供なので……」

 エルニィはシークレットアームに人機サイズのくわをもたれかけさせ、《ブロッケントウジャ》のコックピットより出ていた。

「ちょっと休憩にしようよー、さつきー」

レイカル 16 三月「レイカルと卒業式」

「むむっ……創主様。何だか妙です……」

 フードの奥で声にしたレイカルに作木は振り返る。

「妙って……?」

「おかしいんです。今日だけで何人も……まさか、あれは新種の武器なのでは?」

 作木は慌てて戦闘姿勢に入ろうとするが、やはりと言うべきか、レイカルの言うような武器を携えている者は見受けられない。

「……新しい創主?」

JINKI 63 私のマンガ道

 等間隔にペンを走らせる音が響く中で、赤緒は息を詰めていた。

 眼前にあるのは真っ白な漫画用紙。そこへと指定された背景を描き加えようとして、あっとその指がインクをこぼしてしまう。

「ご、ゴメンね、マキちゃん……。すぐに拭くから……」

 自分の失敗にも、マキは一顧だにしない。それほどに集中しているのだ。改めて、赤緒はマキより与えられた作業部屋を見渡す。

 木目作りの小部屋で、扇風機が部屋の隅で回っていた。

レイカル 15 二月「レイカルとうるう年」

「……創主様。今日私は……とんでもないことを知ったかもしれません……」

 青ざめたレイカルに枕もとでそう言われてしまえば、如何に微睡みの途上であっても自分は起きざるを得なかった。

 震えたレイカルは本当に、この世で最も恐ろしいものを窺い知ったかのようである。

 どこかきょろきょろして落ち着かないレイカルに、作木は正座して応じていた。

「レイカル? 何かあったの?」

JINKI 62 メカニックの誇り

『トウジャってのはさ、もっとこう……アクロバティックに動かないと。こんな両腕、ナンセンスが過ぎるよ』

 そうぼやきながら軍部の改修が入った《トウジャCX》を、まるで意のままに操るエルニィに誰もが毒気を抜かれた様子であった。

 フィリプスによって無力化されたアーケイドは縛り付けてはあるが、空きの入ったその操主候補をどうするか、と思案していた者たちにとっては、まさしく意想外だったのだろう。

「……あんな子供が……動かせるんだ……」